21.やってくる足音、帰ってくる足音

『……次のカメラ起動は二時間後です。

それまでになにかあればマイクを使って呼んでください』


言うことを言って気が済んだのか、それとも端から聞く気のないテンタクルに痺れを切らしたか。

天井から降り注いでいた声は唐突に途切れた。

他者の気配がなくなり、ようやく一人きりになった部屋にふっと肩の力が抜ける。


抱きかかえたクッションを中心に、テンタクルは横向きになって丸まった。

ありったけの力を込めて鯖折られて変形しても、自分を受け止めてくれるたった一つの同居相手に向かって、今日も思いの丈を吐き出す。


「こんな気持ちになったのも、影のぼうやと掃除の新入りのせいだわ」


とんだ八つ当たりであった。

ミミックとマッピーがいたら全力で反論していたところだろうが、生憎ここにはテンタクルの言うことを全て受け止めてくれる男前なクッションしかいない。


次会ったらどういじめてくれよう、とじっとりと復讐計画を練るテンタクルであったが、今度ばかりはとんだ八つ当たりだと指摘する者がいてもテンタクルは止まらなかったであろう。

なぜなら、テンタクルにとってはちゃんと因果関係に筋が通っているからだ。




ミミックがここへ収容された期間は、マッピーが就職した時とさして変わらない。

おどおどびくびくと周囲を警戒する様子は洞窟に隠れ棲む魔族にとっては見慣れた光景だが、新入りの無駄に大きな身体が頻繁に廊下を横切る姿は物珍しくて、暇潰し代わりに声を掛けた。

ミミックが話す外の世界とやらも、話し半分で聞いていたのだが、どうやらミミックの周りには話し半分にも聞いてくれる者はいなかったらしい。

散々驚かしたりいじめたりしているのに、部屋に上がり込むほど懐かれてしまった。


そのかわいらしい風貌には似合わない剣を吊り下げた、間抜けな新入り職員だってそうだ。

耐毒体質だか知らないが、あれだけ要領の悪い人間が防護服も警戒もなく近づいてきたことに、テンタクルは内心で驚愕を覚えていた。


きっといつか、と夢と期待で輝かせるブサイクな目が。

トゲのある注意を次は気を付ける、と素直に聞き入れる態度が。


同種とは無理でも、人間となら仲良くなれるのではないか。

まだ現実を知らず無責任な希望を抱く昔の自分を見ているようで、テンタクルは腹が立って、心をかき乱されて、仕方なかったのだ。


「……あら」


と、噂をすれば影と言うべきか。

ドアが開き、パタパタと軽快な足音が聞こえてきた。

いつもこの時間帯に外の景色の話を聞かせられるテンタクルは、足音の主が高い確率でミミックだと見当をつける。

そもそも足音を立てるほど元気に駆ける者は、この区画にはミミックしかいない。


飛んで火に入る夏の虫。

起き上がったテンタクルは両手とついでに触手を使って手ぐすね引いて待ち構えていた。


そして足音が段々大きくなり、とうとう予想通りにぷしゅう、と機械の駆動音と共に部屋の扉が開かれる。

現れたのは、息せききって走ってきたミミックだ。

そこまではよかった。


「……! ……? ……」


ぷしゅん、次の瞬間扉が閉まる。

テンタクルの前にミミックの姿はない。

パタパタと再び聞こえた足跡は、今度は遠ざかっていく。


「……は?」


テンタクルは意味が分からず、声をもらした。

普段ならねえ聞いてよ、とさしてかわいくもない巨体を部屋に飛び込ませて勝手に話し始めるというのに、今はどうだ。

扉が開いた瞬間、ミミックは顔を歪ませていた。

昔、同種達にいじめられていたことを話した時とそっくり同じ顔をしていたので、今回も泣きつきにきたのだろうと予想していた。

ところが、目があった瞬間にその表情が変わったのだ。

ぱちくり、と三白眼を丸くしたそれはなにかに驚いたようだった。

そして間髪開けずに、ミミックは扉を閉めて去っていった。


後に残されたのは準備していた両手と触手の使いどころを失ったテンタクルだけである。

行動の変化の理由すら分からず、謎だけ押し付けられたテンタクルだけである。

そも、レディの部屋を勝手に開けておいて挨拶もなく出ていくというのは失礼きわまりないのではないだろうか。


「はぁ?」


現状を理解したテンタクルは、今度こそ感情のこもった一音を吐き出した。

地獄の底から響いたような低音だった。

ミミックとは違って表情を作るのもうまかったため、整った眉の間にはくっきりと怒りのシワが刻まれている。


テンタクルはこれからミミックをいじめる予定だったのだ。

それをミミックごときの行動で勝手に変更されるとは、許されざることである。

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