20.触手姫は夕暮れに思い耽る

日が沈む。

部屋に開いているのは隣室に繋がる鉄格子入りの窓と、廊下へ出る扉に開いたスリットのみ。

空を仰ぎ見るための隙間などなかったが、洞窟の暗闇で潜むテンタクルは、わずかばかりの光の変化でさえ微細に感じとる。

闇は濃度を増している、並び立つ部屋に収容された同僚たちが活発になる頃だ。


要領の悪いあの新入りはちゃんと仕事を終わらせて帰れただろうか、と伏せた瞼へなんとなしに思考を絡め、ベッドへ横たわる内に訪れる微睡みに身を委ねようとする。


『聞こえていますか、テンタクル族代表』

「……聞いているわ」


しかし、それも片隅のスピーカーから音割れの混じる声が呼び掛けるまでだった。

テンタクルは抱き締めたクッションに顔を埋めてくぐもった返事を返す。

不機嫌さを隠そうともしない声色は、いっそ潔いくらいだ。


数時間ごとのカメラとマイクスピーカーの起動。

無機質な機械の向こうで誰が自分を観察しているのか、顔どころか性別すら知らない。

唯一知っている内容はいつも似たり寄ったりなので、テンタクルは心の中でこっそりと『お説教タイム』と呼んでいる。


『先日も申し上げた通り、部屋から出る時は連絡を入れてもらわねば粘液の対策がたてられません』


機械音声でつらつらと述べられていることを要約すれば、ミミックを驚かせるために部屋の外へ出て廊下を汚したことを注意しているのだ。

最近収容されてきたミミックは、この区画の魔族にしては珍しく素直で新鮮だった。

大仰にも思える反応(特に怖がっている時)が面白くて、ついやりすぎた。


テンタクルの分泌する粘液は人間に有害。

だからテンタクルは人間を害さないよう、気を付けなければいけない。


聞きすぎて触手にタコのできそうな言葉の尖りは、大した鋭さもないくせに不躾に潜り込む。

居心地の悪さにスカートの中がぐねりと蠢いた。


スピーカーから反らした視界の裏で光景が浮かぶ。

湿り気を帯びた岩壁、雨垂れを吸いながら這い回る同種族達。

ピンクの肉塊にも、完全な人形にもなれぬ自分は地面からその様を見上げるだけ。

天井から、忌々しげな視線が降り注ぐ。

不躾なトゲで掘り起こされたのは、もっと過去に同じく散々聞かされた文句だった。


『おまえがいると迷惑だ』


息を呑み、とっさにクッションへ強く顔を押し付ける。

鼓膜から大袈裟に響く鼓動が熱をもってドクドクとやかましくがなりたてた。


「あなたが後片付けをしたわけでもないのに、文句だけ言うお仕事は楽そうでいいわね」


喉を震わせたのはなんでもいいから音を出して相殺したかったからだ。

ちなみに後片付けをしたマッピー本人に謝罪する気は欠片もない。

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