12.触手姫のお引っ越し
「あなたを見ていると影のぼうやを思い浮かべてしまうわ」
「影のぼうや?」
「さっきも滑稽な悲鳴を上げていたでしょ」
付けたされたヒントで、テンタクルの出した話題がミミックのことだとようやく思い至る。
引っ越し先の部屋は全面タイル張りだ。
家具は他の部屋と同じようにカメラとスピーカー、そして骨組みだけのベッドが一つ。
錆びにくい素材でできているらしいそこに、担いで来た新たなマットレスとシーツを敷く。
更に毛布とクッションを設置してテンタクルを入れれば、ギリギリ及第点ね、と言わんばかりの小さな息と共に安い台車で運ばれた魔族は自発的にベッドへ乗り上げた。
「次からは部屋の準備ができてからわたしを運んでちょうだい。
台車の上で待ってるのは苦痛なのよ」
「以後気を付けます」
本当に考えなしね。
ちょっとだけきつめの口調に心がちくりとつつかれ、しかし正論なので文句も言えずにイエスマンと化す。
「さっきの、私がミミックに似ているっていうのはどういう意味ですか?」
このまま黙っているとお小言が続く気配を察知し、マッピーは先手を打って先ほどのテンタクルの台詞に言及する。
必殺、話題のすり替えである。
「中途半端に素直なお人好し、って意味よ。
ちゃんとやる気を出せば考えられる頭は持っているくせに、なんやかんやと理由をつけて現実を直視しようとしない馬鹿な子達」
「いやひどいな! そこまで言われるようなことしましたっけ!」
小言の方がまだましな言われようだ。
ちくりどころかズタボロボンボンにどつかれたマッピーは、これはさすがに言い返すべきだ、とシワの寄ったくしゃくしゃの顔をあげる。
そこにあったのは静かな眼差しだ。
無機質な四角の空間で鎮座まします豊満な上半身は、腹から腰にかけてくっきりとくびれを見せつけることでただの肥満ではないことを証明している。
それを引き立てるドレスは、テンタクルが身につけることで男を惑わす蠱惑的な華を咲かせていた。
頬紅要らずの柔らかな林檎色のほっぺと小さな顎の丸みを帯びた輪郭はかわいらしい。
上半身だけ見れば、そこにいるのは思わず手を差しのべてしまいそうな、華奢な女だ。
その手が守るものか手折るものかは、関係ない。
隠し持った狩りの爪代わりである触手をうぞりと蠢かすテンタクルにとっては、どちらも獲物であることに違いなどないのだから。
しかし、マッピーが感じたのは人間には理解できないような、脅威的な他生物からの威嚇による恐怖ではなかった。
「あなたやぼうやは、まだここに来て日が浅いから勘違いしているのでしょうね」
こぼれてしまいそうなほどに大きな瞳は、凪いでいた。
感情を隠しているわけではない。
そこにはテンタクルの全てが映りこんでいた。
かつて高らかに歌い上げた激情を、放ちたくてたまらなかった想いを、胸の奥底に秘めた熱を。
その全てを晒され引きずり出されて、粉々になるまで挽き潰された人工的な凪。
「希望なんてないわ」
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