10.咄嗟に出た言葉の刃

「いや、無理でしょ」

「うぇっ」


一言の元にばっさりと両断され、ミミックは動揺して抱えていた紙束を取り落とす。

空中で掴もうと何度も腕を空振る間抜けなおどりを眺めながら、マッピーは言葉を重ねた。


「一応貴方、ミミック族の代表として人間と戦争を起こさないようここに連れられてきたんですよ?

会館から出してもらえるわけないでしょ」

「ふぐ」


部屋に唯一ある窓は、外側ではなく隣室に空気穴のようについているだけ。

そのすぐ横に設置された目的が丸分かりなカメラとスピーカーが、更なる閉塞感をいやましに増していた。

部屋から出れたとしてもそこはあくまで会館の敷地内。


逃がさないという気概をありありと感じる部屋の構成が、かろうじて呑み込んだ『人質』という言葉を裏付けているようだ。


「ここへの輸送ルートも隠されて運ばれただろうし、生まれてずっと洞窟暮らしで地理のちの字も知らないミミック族が一瞬見えた景色だけでたどり着けるとは思えないし」

「こ、こんな景色だったもん! 写真がどこで撮れたか調べていけば、きっと」

「その写真を撮った場所と貴方が見た場所が同じとは限らないでしょ」


大の男が語尾にもんをつけるんじゃない。

精一杯の抵抗で突きつけた写真は、ため息と共にマッピーによって上から重ねられた紙束の下敷きになって埋もれてしまう。


「だ、だって、だって……」


二つ浮かぶ眼球に涙の膜が張り、潤みはじめた。

あまりにも弱すぎる魔族の主張に、しかしマッピーはトドメを刺す勢いで正論を振りかざす。


「そもそも。

共通スペースに出て会話する勇気もない貴方が、外に出て目的地までまともに旅ができるとは思えません」

「……」


とうとうミミックはうつむいて無言になってしまった。

肩を落とし、丸まった背中が、思い切りつま先立ちしなければ目すら合わなかった体躯を小さく見せる。

かろうじて涙は流していないものの、両目の角度からわかるしかめっ面が、矢継ぎ早に繰り出された言葉によって打ちのめされたのは確実であった。


マッピーの胸中に広がるのはわずかばかりの罪悪感と、それを遥かに上回る『見当違いの言葉を吐く口を黙らせてやった』という達成感だった。


難を上げるとするならば、その達成感は後味が悪かった。

居心地の悪さにわざと顔をしかめて、自分が持っていた紙束を、ミミックがもう一度拾い直した上へ重ねた。

乱暴に置いたというのに、マッピーの言葉で老人のごとく丸まっていた背中は、紙束の重量ではかすかにも揺れなかった。


「掃除しますから。

もう話しかけないでくださいね」


焦げたパンの苦いところを舌に乗せてしまったような、嫌な感覚だ。

ミミックと話しているとそれがずっと続きそうな気がして、マッピーは先手を打って会話を切り上げる。


背中すら向けて本格的にモップを動かしていると、のそりと気配は移動した。

ついで蝶番の軋む音と、紙の擦れる音。

どうやら普段背負っている箱に集めた写真や資料をしまいこんでいるようだ。


諦めの悪い奴。

目を眇めたマッピーは、時折聞こえる鼻をすする音に、聞こえないふりをした。

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