8.棺桶サイズの用途は様々

床には本や羊皮紙が散乱している。

テーブルの上にはそれに加え、蓋の開いたインク壺とペンが無造作に放り出されていた。

片付けてたんじゃないんかい、としばらく部屋の前で待たされたマッピーは乱雑さに目を細める。

当の本人は急に明るくなった視界に目が眩んだのか、きゅっと顔をしかめていた。白目が目蓋に覆われ、口をすぼめて歯も見えなくなると、いよいよ影かと錯覚するほどの黒一色ぶりだ。

突然降り注いだ光に、ヒトの形を保っていたはずの輪郭がまたぐにゃりと歪みだす。


「箱に戻るか、共有スペースに行くかした方がよいのでは」

「だいじょぶ……暗いとこから急に光に当たると、ちょっと動けなくなるだけ、だから……」

「それは大丈夫っていうんですか」


しかしミミックの大丈夫という言葉通り、数秒して硬直は解けたらしい。

手を伸ばし、意味を成さぬものとなったランタンを消すミミックの姿が輪郭を取り戻し、改めてはっきりと見えるようになった。


先ほど目撃したばかりだが、その大きさにマッピーは一瞬怯んでしまう。

なにせ天井付近にあるカメラとマイクスピーカーに、ちょっとジャンプするくらいで手が届いてしまいそうなのだ。

そりゃあ潜む箱も棺桶サイズになるよな、とミミックの後ろに置かれた箱の大きさを目測してしまう。

半端に開いた蓋の隙間からは床に散らばったものと同じような紙がはみ出していた。

もしや寝床ではなく小物入れとして使っているのでは。


「さっきも言いましたけど、掃除中は会館内の共通スペースに行ってくれてもいいんですよ?

照明のないエリアもあるでしょう、あそこ」


談話目的で作られたそこは、他区画の魔族と交流のできる数少ない場所だ。

どんな魔族も滞在できるよう、人間達が集めた生態の知識を結集させて設営された。

内容は人間の倫理に触れない物だけだが飲食のできるコーナーもあり、掃除中の避難所目的以外でも常に賑わっている。

散乱した本や写真を拾いながら促すと、ミミックは視線をさ迷わせた後、へらりと笑った。

故意に顔のパーツを動かすのは下手くそなようで、むき出しにした歯と目で構成された表情は、叱られているのを誤魔化す幼児のようなひきつり笑いだった。


「あそこ、あんまり行きたくないんだ。広いし、知らないヒトとお話するの怖いし……」


本日何度も繰り返し提案し、何度も同じ答えが返ってきているマッピーは、否定に憤ることもなく、だろうなと頷いた。

五十数名の魔族が入っても余裕のある広いスペースは、洞窟暮らしの面々には苦痛に感じるらしい。


本人にはっきりとした意志があるため無理強いはできず、今回も部屋の主ありきの掃除が始まる。

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