5.魔族のデリカシーには個体差がある

後者の感情を存分に内包したため息が響き渡り、細い指がちょいちょいと払われる。


「ミミック、水浸しになる前にわたしたちの荷物を避難させてちょうだいな」

「ああ、うん……って、僕は君の召し使いじゃないよ!」

「待ってくださいテンタクル、移動なら台車を持ってくるから、」


足のないテンタクルが進むには廊下を這うしかない。

床に貼り付いた触手からにじみ出る粘液が一面を汚す様を予見して振り返ったが、マッピーは移動手段の提案を喉から吐き出す前に呑み込んだ。


ミミックが、テンタクルを小脇に抱えていた。

湿り気を帯びてぼたぼたと粘液を垂らす触手が力なく抱えられている様は、どことなく漁業の競りを思い出した。うら若き乙女の、すんと光のなくなった目と死んだ魚のそれが重なる。

魔族の年齢はマッピーには分からぬものの、材質は違えどしっかりと筋肉のついたミミックと柔らかそうなテンタクルは、人間の目線から見させてもらえばどちらも妙齢の男女に見えた。

それが荷物のごとき小脇抱えとは。


「どうしたの? 掃除の邪魔だろうしぼくらは帰るよ?」

「いや、うん……」


きっと彼は、自力で歩けぬテンタクルを完全なる親切心で連れていこうとしてくれている。

問題点があるかさえ分かっていないミミックのポカンとした振り向き顔の下で、後ろ向きで持ち上げられたテンタクルの眉間にどんどんシワが寄っていく。


マッピーが静かに耳をふさいだ二秒後、繊細な乙女心をいたく傷つけられたテンタクルの触手が唸る音と、あまりに理不尽な制裁を食らう羽目になったミミックの悲鳴が廊下中に響いたのだった。

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