4.既にやらかしていた勇者の末裔

「もういいでしょう、私はこれから仕事なので」


廊下の隅に置かれているロッカーを開け、モップやバケツを取り出す。

今日の仕事はこの区画の掃除だ。

汚れの原因は主にテンタクルの粘液なので、それに含まれる媚毒に負けない耐毒体質のマッピーにうってつけの仕事である。


備え付けの手荒い場にバケツを置いて水を貯めていると、ふと視線に気付く。

振り向くと、じっとこちらを見つめる魔族が二匹。


「……なんですか」

「えっと、大丈夫?」

「だからなにが」

「あなたの掃除の腕が」


半目になった二対の視線の大部分に混ざるのは、懐疑的なものだ。

心当たりはある。

うぐ、と喉の奥辺りから呻き声が上がった。


「またぼくらの部屋、水浸しにしないでね……?」

「部屋だけじゃないわ、あの時は廊下まで水が溢れて区画ごと緊急避難になったじゃない」


テンタクルの丁寧ながら歯に衣着せない物言いに、今度はぐうの音も出ない。

なぜなら全て事実だからである。


悪気はなかった。

ただちょっと、自分に大した害がないのは対毒体質であるがゆえのことを忘れ、全部洗い流せばいいやとホースでぶちまけちゃったのである。

案の定、下水管へ流れ込んだ水はテンタクルの粘液に汚染されて全職員を巻き込んだ大規模な浄化作業に発展。

この事件後、ひとまずの対策としてマッピーにはホース持ち出し禁止令が発令された。


「大丈夫です、今回はマニュアルも持ってきているので」


懐から取り出した冊子に、ミミックの口元がひきつったし、テンタクルはますます目を細めた。

それは『お仕事する前に予習しとくものでは』という不安でもあり『それ、現場に持ってきちゃダメなやつじゃないの』という呆れであった。

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