2.3-A区画の住人二匹

区画3-A、洞窟などの閉塞的なダンジョンを住み処とする魔族達が暮らす場所だ。

少しばかりサイズの余った革手袋の指先を調節しなおして、マッピーは眼前の光景をどうしたものかと見つめていた。


「うぐぉおおお、っお、めっぢゃこわかっだぁあ」


幅の広い布を巨躯に巻き付けた青年が号泣している。

肌の色は人間には有り得ない漆黒。

ぐにょり、時折彼の感情に合わせるように輪郭が霞むように歪んだ。

洞窟の暗がりに潜めば、身体の形を自在に形成できる彼を見つけるのは困難だろう。

種族はミミック。空箱に隠れ、宝箱と勘違いして近づく人間を襲う歴とした元敵対種族だ。


「いつ気づくかと思ってずぅっと引っ付いていたのだけれど、あなたってば指摘されるまで本当に振り返らないんだもの」


まぬけね、と泣く男に追い討ちをかける女は整った顔に手を寄せてほうと息をはいた。

フリルをふんだんにあしらったドレスに、大胆に開いた襟ぐりから覗く豊満な二つの果実、上半身だけみれば魅力的な女性だ。

ただし、スカートの裾から生えるのは人間の足ではなく、粘液を纏わせながらうぞりうぞりと蠢く幾本もの触手だ。

光沢のある肉色がより一層気持ち悪さを引き立てている。

種族はテンタクル、同じく洞窟に潜んで人間を襲い、……少々公にできぬ方法で繁殖に利用する。

こちらも戦争が終結するまでは敵対種族であった。


「すいません、これはノッとかないといけないかな、とつい遊び心が」

「その遊び心に抉られた心もあるんでずよっ!!」


そして二人の前で頭をかくのが我らが主人公、マッピーだ。

ミミックの切実な叫びにそうは言っても、とまるで響かぬ顔で言葉を返す。


「どういう状況なのかまるで分からないんですが。

なにがあったんですか?」


必死で訴えていたミミックの涙目と、自立のできない脚であるがゆえに廊下にぺたりと座り込むテンタクルの流し目が、示しあわせたように交差する。


「ぼくがテンタクルの部屋にお邪魔してお話してたんだけど」

「話の途中で『日光浴してみたい』って勝手に部屋から出ようとしたから腹が立っておどろかせてやったのよ」

「部屋に上がり込むほど仲良しなんかい!」


互いを指差すタイミングも完璧である。

思わず業務用の敬語も外して叫んでしまった。

あのホラー映画の犠牲者のような必死の形相はなんだったというのか。

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