異世界転移者が多過ぎる世界で武官にはなりたくない

山灯

おのれ……ソゴウ!!!

 ワッチは精神的な意味で成長速度が他人よりも速かった。


 常人よりも遙かに速かった。


 何故かと言われると、たぶん前世の記憶があったからだろう。


 生まれてしばらくしてから思い出し始め、三歳を越えた頃にはほとんどの記憶を思い出していた。


 だが思い出した記憶のせいで、行動が子供っぽくなかったらしい。


 そのため周りに比べて成長速度が速く見えたらしく、天才だとか不気味だとか言われたが、幼年学校に通うように成ってからは天才と周りの認識は固定されていった。


 断じて変人とは思われていない。




 今世は前世に比べると大分生活環境がいい。


 前世は娼婦の母親から産まれ、捨てられ、武人だった養父に拾われ、将軍にまで出世したが、養父と共に戦場で死んだ。


 それに比べて今世は、この周辺の国では一番豊かな異世界からの転生者によって作られた国の貴族に産まれ、前世のような傭兵国家で武術なければ生き残れないといった感じでもない。


 だから武人ではなく文官になって戦場に行かず、前世ではいなかった嫁が欲しい。


 大事なことなのでもう一度言う、可愛くて優しくて胸がデカイ嫁が欲しい。




 前世の記憶と貴族の身分は、前世で惨めな最後を遂げたことを不憫に思った神によって与えられた奇跡とやらの一種であるとワッチは勝手に思っている。


 なので前世ではたいして信仰をしていなかった神とやらにも、ちゃんと心を込めて感謝の祈りを捧げている。


 前世の仲間の間で信仰しているヤツが多かった、愛なんチャラとか言う異世界から伝わった戦の神に適当にだ。




 神えの感謝を忘れず、前世と同様に今世も義理堅く生きるのだ。






 *****






「――お坊ちゃま、どこにお隠れですか?」


「――お坊ちゃま」


「――レンお坊ちゃま」




 侍女や乳母の呼ぶ声が聞こえる。


 流石にもう十二歳に成り、幼年学校を卒業して、この国最高峰であり、上級貴族と下級貴族や平民の成績優秀者しか入れない帝国第一学園に入るのに、お坊ちゃま呼びは止めて欲しい。


 正直言って恥ずかしい。




 ワッチはそんなことを思いながら、乳母達の声を無視して、伯爵である父親に用意された、伯爵邸の敷地のはじっこにある小さな屋敷を脱出する。


 脱出したワッチは慣れた足取りで少し離れたとある屋敷に向かう。


 足取りは軽い。


 最近は屋敷を飛び出してそのとある屋敷に行くのが唯一の楽しみである。


 そのとある屋敷は、貴族街の外れにひっそりとある。


 そのとある屋敷は、とある公爵が愛人のために用意したものであるのだが、その愛人は娘を産んですぐ死んだため、娘のフタバのものとなっている。


 一応ちょくちょく父親である公爵は顔を出していたらしいが、数年前に死んで以来、ワッチ以外はほとんど誰もその公爵令嬢邸を訪れていない。


 その父親である公爵の後を継いだ正室の子である息子は、その愛人の娘であるフタバを花街に売り飛ばそうとしたらしいが、その公爵令嬢邸にいる数少ない人間の一人でかつてこの国で最強とも言われた騎士であるソゴウに猛反対されて、半ば脅しのような形で今までどおりの生活を保障させられたらしい。




 ワッチがこの屋敷に通うのもソゴウに用があるのが理由である。


 ソゴウの父親とは、前世で一悶着あった。


 それがワッチの前世での惨めな死の原因の一つであったことも、ソゴウの元に通う理由の一つであるが、実際の所それは、対して重要ではない。


 では何が一番の理由であるかというと、ソゴウは父親譲りの優れた剣術を持っていることだ。


 ワッチは、中の上くらいの体つきだが、前世の経験値があるので、本気を出せば同年代でも最強クラスの実力があると自負している。


 だが今世では文官として生きる予定なので、目立って軍人になるように強要されたくないというのもあり、優秀な部類にギリギリ入る程度に力を抑えている。


 ……のだが、この二つの理由から、不覚にもソゴウのことを聞いた瞬間武人の血が騒いでしまったのだ。


 そのために、わざわざ毎日のようにこっそりとこの屋敷を訪れては、ソゴウに剣を挑んでいるのだ。


 今のワッチにとって、武人の血とは持病みたいなものなのだ。




 幸いにもソゴウはワッチのことを公爵令嬢のフタバや一部の信頼できる使用人以外に話していない。


 フタバも誰にも話していない。


 というよりも、フタバが雑談をするような相手がソゴウとワッチぐらいしかいない。


 ワッチがこの屋敷に通っていることをこの屋敷の人間が誰かしらに漏れる可能性は極めて低いといえるだろう。




 ………まあ、通っているところを見つかったら終わりだが。








 *****








「――チェスト」




 俺は叫び声を上げながら、少し角度を付けて木の剣を振り下ろす。


 ――が、右に木の剣で受け流される。


 そして、ソゴウは素早く木の剣をワッチの首筋に当てた。




「――稽古が終わったみたいですね」




 明るめの茶髪が多い公爵家で、唯一の黒髪を持つフタバが笑顔で話しかけてくる。




「稽古でなく試合だ 。


 ワッチはこの男を本気で叩きのめそうとしているだけだ」


「フフフ……、ご冗談を。


 あなたがソゴウの相手になる訳ありませんわ。


 だってソゴウは世界一強い私の騎士ですもの。


 さてさてあなたの冗談は置いといて、お腹……減ってないかしら」




 フタバはそう言っておにぎりの入ったかごを差し出す。


 ワッチはおにぎりを受け取っていつものようにかぶりつく。




「うまい」


「でしょ」


「いつもどうりとてもおいしいです、お嬢様」


「でしょ、握ってきた甲斐があったわ」




 フタバはコロコロと笑ってワッチ達の食べている姿を見ている。




 初めて会った頃、フタバが笑っているところを見るどころかその想像をすることすら出来なかった。


 それが今ではよく笑っているところを見る。


 それにフタバの笑顔を見ていると、疲れが吹き飛ぶ気がする。


 不思議な娘だ。


 こんなことを感じたことは、前世でもない。




「いつも悪いな」


「おにぎり代は借り1でいいですわ。


 いつか返してもらうのでお構い無く」


「そのときはお手柔らかに頼むぞ」




 そう言うと再びフタバは笑うのであった。








 *****








 ソゴウに言われて、面倒くさいと思いながら水浴びをして家に帰ると、突然父親にワッチは呼び出された。


 普段三男であるためほとんど気にかけられず、才能はあるものの兄達も優秀なため目立つこともないワッチが父に呼ばれることは珍しい。


 何の話だろうか?


 なんとなくだが、ろくな話ではない気がする。




 ワッチが侍女に案内され部屋に入ると、少し顔を赤くして怒りを露わにしている父がいた。




「――レン、お前こっそり屋敷を抜け出して何をしていたか答えろ?」


「…………」


「もう一度聞く。


 ――こっそり神戸カンベ公爵令嬢の屋敷に忍び込んで何をしていたか答えろ?」


「…………」


「何故公爵令嬢に手を出したか答えろ?」


「…………」


「いいから答えろ」




 父は顔を真っ赤にして怒っている。


 ワッチはなんとなくだが状況を理解した。




「――ソゴウが言っておったぞ。


 お前が毎日のように公爵令嬢の屋敷を訪れ、口説き、遂には交わったと。


 そして、その責任を取って公爵令嬢をお前の妻にするように言ってきたぞ。


 どうするつもりだ」




 おそらくだがソゴウは、これを狙ってワッチとの武芸の勝負に付き合っていたのだろう。


 悔しいが完敗だ。


 武芸以外も完敗だ。


 ワッチは悔しさに顔を歪めながら、心の中で何故か生まれた感情や怒りを表に出さないように隠して答えた。




「責任を取って神戸公爵令嬢のフタバを妻にします」


「――責任を取って妻にするだと?


 お前はいったい何様のつもりだ。


 相手は庶子であり、公爵家の中でも浮いてる存在とはいえ、公爵令嬢だぞ。


 伯爵家の三男であるお前ごときが、妻にできるような身分ではないわ。


 ソゴウがお前をわざと屋敷に入れたとしても、既成事実を作るとは何事だ。


 本当にヤったかヤっていないかはどうでもいい。


 何故ヤったと言われるような状況を作った?


 そのせいでお前の養子の話もなくなったんだぞ。


 ――今すぐにでもお前の首を引きちぎりたいが、ソゴウの顔に免じて許してやる。


 大人しく部屋で謹慎してろ。


 しばらく顔を見せるな」




 父の話は、特に最後の方は頭に血が上っていて、入ってこなかった。




 俺は怒りで赤面しながら、父に頭を下げてから部屋を出ると、すぐフタバ公爵令嬢邸に向かって駆け出した。


 途中、俺を止めようとする伯爵家に使える騎士を投げ飛ばし、衛兵や執事をかわして棒を使って塀を飛び越え、馬車より速いスピードで公爵令嬢邸を目指す。


 全力で走れば五分もかからないだろう。




『…………詫・び・ろ、……詫びろ、――詫びろ、詫びろ、詫びろ詫びろ詫びろ詫びろ、詫びろソゴウ〰️〰️!!!』




 ワッチは心の中で最近王都で流行りの劇の名台詞を叫ぶ。




 そして公爵令嬢邸に着いたとき、門の前でニヤニヤしながらワッチが戻ってくるのを待っていたソゴウを見つけた。




「――ソゴウ!!!」


「見つかっちゃた」




 そう言ってわざとらしく舌を出してから、門の内側に逃げ込んだ。


 いい年したおっさんが何言ってやがる。


 余りのわざとらしさに罠だと頭は警告を鳴らすが体は止まらない。


 罠があるなら、ソゴウといっしょに罠もぶっ飛ばせばいい。


 そう思いながら門をこじ開け、庭を駆け抜け、屋敷の中へわざとらしくワッチを誘うように逃げていくソゴウをワッチは追う。


 追う。




 だが、二階に上がって突き当たりを右に曲がったときソゴウを見失った。


 窓のない廊下の先に一つ部屋がある。


 その部屋の扉以外に人が通れそうな場所がない。


 俺は扉を開いて部屋に侵入する。


 部屋の真ん中にカーテンで囲まれた場所がある。


 カーテンの先に人がいる気配がある。


 ワッチはカーテンを勢いよく開いた。


 きらびやかなカーテン、そのカーテンの中にはキングサイズのベッドがあり、ベッドサイドの小テーブルの上では香が炊かれている。


 その上に、一紙纏わぬ姿のフタバがいた。


 顔を真っ赤にして、色白の肢体を純白のシーツの上にさらしている。




 ワッチはすぐには状況を理解することが出来ず、固まっていた。


 そして状況を理解した瞬間、ワッチは再び顔を赤くする。


 その様子を見たフタバは声を震わしながらワッチにトドメを刺した。




「――お慕いしておりますわ。

 …………ダ、ダーリン」


「っ………………、チェ、チェスト!!!」




 その日、ワッチはフタバと既成事実を作ってしまった。






 *****






 もしかしたらあなたは、今初めて私を女と認識しているのかも知れませんね。


 ですが私は、あなたが初めてソゴウに挑みにきたときからお慕いしていましたの。


 多少強引な手を使いましたが、あなたが私を受け入れたからには、絶対に逃しませんわ。


絶対に……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界転移者が多過ぎる世界で武官にはなりたくない 山灯 @mountaintorch

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ