4話 基本が大事
結局自分の家に着くまで必死に食らいついてその場に座り込んでぜいぜいと荒い息を吐き出しているアニスをちらっと視界に入れてから、バスケットを家に入れて野菜を藁で包んで保存。ついでに稼いだ金も貯金している瓶にちゃりんと入れ、早速湯を沸かしていく。
「今の内に体力戻して置きな」
「は、はい……」
窓越しからの私の対応からもてなすことも無いし、家に入れないぞと言うのを理解しているのか、自分の水筒を取り出してごくごくと飲み、一息入れて呼吸を整え、体力を戻すのを務めている。言う事は素直に聞く当たり、まだ真面目だ。
ケトルから沸かした湯を茶葉を入れたティーポットに入れて、抽出されるのを軽く待ってから、お気に入りのティーカップに入れ、それを持ちつつまた外に出る。
「ま、約束したからね、剣技見せてみ」
「おぉ……分かりました!」
息を整えて剣を抜く、一般的に売っている鉄製の剣が昼過ぎの日光を反射させる辺り、手入れはしっかりしているようだ。剣を覚えるって言う点での事前条件としては合格だな。自分の命を預ける武具の手入れすら出来ていないならこの時点で帰ってもらう気だったってのに。
そうして剣を構え、上中下段、縦横、袈裟、一通りの振りを薪として割っている丸太の上に座り紅茶を啜りながら一つずつ見ていく。
しっかり腰を落としているし、振り切った後にぴたりと止めれるので、剣に振られていると言う事も無い、何だったらきっちりとした基本が出来ており、変に偏った所や癖が見当たらない。いうなればお手本と言われても構わないくらいのちゃんとした動きだ。親の教育がしっかりしているんだろう、これで剣を習ってこいってのは何か問題があるからこそか。
「今更その太刀筋見て必要な事はあるのかね」
「それが分からないんですよ、自分は十分戦えると」
確かにしっかり動けているのだが、ダメな所は何となく分かる。しっかりした太刀筋、足運び、丁寧な動作。動かない相手か、ちゃんとした対人相手の綺麗な動きってのが問題なんだろう。魔物相手の経験がないって所か。
「そのまま私が良いという間で素振り」
「急ですねっ」
どうにかこうにか付いてきたプライドもあるのか、言われた通りに素振りを始めるので、ぶんぶんと風切り音を聞きながら紅茶を啜る。きっとおいしい紅茶の入れ方ってのがあるんだろうけど、私が満足していればそれで良し。
歳と言うのもあって、ティーカップ一杯の紅茶を啜るのにも結構な時間を掛けて楽しむことができる。昼過ぎの少し強めの陽気と、剣が振るわれる風切り音、細かい息遣い等を耳に残しつつ、暫く堪能。
「あの、いつまで振れば……!」
「良いというまで」
どんどんと冷めていく紅茶も、これはこれで味わい深い。ちびちびと飲むのから減って冷めてきた紅茶を大きく飲み、一息。空になったティーカップを持ち、家に入りおかわりを入れている間もしっかり素振りは続けている。本当に真面目、どちらかと言うと意固地かね、ああいうタイプは習い始めて壁にぶつかると一気に伸び悩むタイプだ。
そうして暫く、時間にして1時間もないぐらいだろうか、汗を垂らし荒い息を吐きながら剣を振るっている所を止める。
「体力がないねえ……よくそれで冒険者になろうと思ったね」
「こんなに、振るい続ける事、ないので……!」
鞘に剣を仕舞い、尻もちをついて荒い息を登って来たときと同じように整えながら水を飲んでいる。確かにあれだけ動き続ければそうなるが。
「あんたが冒険者になろうが、騎士になろうが、これくらいでへばってちゃ習ってこいって言われるねぇ」
「それは、体力がないって、事ですか……」
「そう言う事だよ、冒険者だろうが騎士だろうが体力が無かったらやっていけないだろう?」
「そんなに、ふう、大事ですか……」
「様々な状況で体力は大事に決まってるじゃない、移動に戦闘、調査に探索……神経使ったまま戦うと今よりもっと疲れる」
座ったままで息を整えている所、杖でぴっと指して説教。
何か反論してくると思ったのだが、息を整えるので精一杯なのか黙って人の話を聞きつつ、少しだけ俯いている。
「剣もお手本として十分見れるけど、実戦でどこまで使った事あるんだい」
「殆ど、ないです」
「だろうね、見てて分かったよ……それで、どこまで本気で習いたいんだい」
「此処まで付いてきて、言われた通りの事をした、自分の気概で、判断してもらえますか」
足を放り出して座っていたのを居直り、正座をして此方を真っすぐに見つめてくる。確かに生半可な根性なら此処まで付いてこないし、言われた通りの事もしないな。
「しょうがないね……ただし、言った事は全部やってもらうよ」
「覚悟の上です」
「良い覚悟だね」
此処まで本気ならやはり付き合ってやるのが年長者の務めってものか。
こうなったら最後まで仕上げてみるのがいいな。
「とりあえずあんたの寝床はないから自分で寝床を作りな、枕くらいは出してやる」
「いきなり野宿させるんですか」
「薪はそこ、明日になったら本格的にしごいてやるからしっかり休みな」
「ここにあるものは使って良いですか」
「好きにしな」
分かりました、と返事を言うやいなや、虚空に手を突っ込んでテント道具一式を取り出し始める。
おっと、アイテムボックス持ちなんて珍しい、ああいう技能があればいちいちバスケットを持って下山しなくてもいい、なんとも羨ましい限りだ。
「それにしても、厄介なのを抱え込んじまったもんだね」
てきぱきと設営を始めるのを眺めつつ、少し大きめにため息を吐き出す。
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