3話 人違い

 深夜になる前に街に戻り、取っておいた宿に。

 自分の家に行かないと風呂が入れないというのが非常に不愉快だからしょうがない。そもそも風呂と言う文化はこの国じゃ一般的ではないので、お湯で体を拭くか、我慢して水浴びするしかない。勿論この宿も後者の物なので、お湯と布を貰って体を拭いていく。

 魔法で湯を沸かす事は簡単だが、大量の水を沸かすとなるとそれなりに大変で、場所も必要で排水をどうするかって問題も更に出てくるのでしょうがない。

 いつもならゆっくり風呂に入って、湯上りに水を飲み、寝る前に紅茶を楽しんでから就寝するのだが、そう言うのは帰ってからの楽しみにしよう。

 ……それにしても良く寝る体になったものだ、ベッドに横になって目を瞑るとすぐに意識を手放すとは。



 翌朝、部屋の鍵を返してすぐに冒険者ギルドに向かい、受付に預けておいたバスケットから依頼書の控えを取り出した上で回収した魔石を提出する。


「畑に来たのははぐれ個体だろうね、巣穴は潰したけど被害が続くならもっと大体的にやるしかないよ」

「いつもありがとうございます……ええっと、個体はラビ、でしたか?」

「そうだね、死体はいつも通り焼いたよ」


 魔石の確認をされ、依頼書とその控えを照らし合わせ、確認が終わったら報酬金が差し出される。

 それにしても昔に比べて今はしっかり確認されるようになったものだ。よくトラブルになっていたのは一つの依頼に対して何人も受けて、そのうち誰かが達成した後、確認不足により二重支払いが起きたり、依頼終了済みだと言うのに、未達成扱いになって冒険者としてランクが落ちたり、名前が不当に悪くなったりしたのが原因になる。

 なので受ける物は1人1つにつき、依頼1つに対しても1グループのみ、原則的に依頼を受けてから1週間以内に報告しなければキャンセル扱い。長引くようならしっかり事前に申請しておかないといけなく、結構厳密化している。


「そういえば、お婆さんの名前って確か、えっと……リュミル・L・フォーゼですよね?」

「……そうだけど、藪から棒に何だい」

「会いたいって冒険者の方が見えていまして」


 そう言うと受付の少し横にいた冒険者に受付の子が声を掛けて呼びつける。

 その呼びつけられた冒険者が此方に来るわけだが、見た目は軽めの金属鎧、しっかり目のロングソードと盾、金髪の短い髪が特徴か。


「おお、貴女がリュミルさんですね……かつて勇者の一人として魔王を倒したと言われている伝説の……!」

「人違いだよ、大体魔王が倒されたのはもう50年も前だし、全員寿命で死んだよ」

「いいや、名前が一致してる上にその特徴……隻腕で老人と言うのも一致してるじゃないですか」


 こっちの片腕を指さして得意げな顔をするのをため息を吐き出しつつ否定する。そもそもその勇者を探して何をしたいんだという話になるので、そこを聞かないといけない。


「そもそも、何を持ってその勇者を探しているんだい……」

「はい、私に剣を教えて欲しいのです」

「私が勇者だとしても、教える物は無いよ」


 預けていたバスケットを持ち、貰った報酬金、今回はそこまで多い訳じゃないので銀貨3枚を懐にいれた上でさっさと無視し、冒険者ギルドを後にする。

 

「ああ、ちょっと待ってください!」


 まったく、どこからやってきて、話のを聞いたのやら。

 とりあえずこれで目的の紅茶を購入する事が出来るので、道具屋の裏手、住民向けの商店の方にやってくる。勿論後ろには金髪の奴が付いてきている。


「いらっしゃい、いつものかい?」

「あれしか置いてないだろう」

「まあ、輸入品だからね……銀貨2枚だよ」


 皮袋に入った茶葉を確認して口を閉じてから銀貨を手渡す。勿論その様子も後ろで見られるわけだが。


「茶葉なんて珍しい物置いてあるんですね」

「彼氏連れなんて婆さんもまだまだ若いね」

「うるさいよ」


 笑い声を聞きながら結果的に一緒になって商店を抜け、そのまま門も抜けて自宅に戻る道へと進んで行く。

 当たり前だが、諦める様子は何一つない訳で、ずっと少し後ろに付いて付いてくる。

 うん、こいつはこのまま私の家まで付いてくる。


「しょうがないね……あんた、名前は」

「はい、自分の名前はアニスと言います」

「あんたは年寄りに荷物を持たせるのかい」


 すいませんと、謝りながら私が持っていた野菜が満載のバスケットを代わりに持とうとする。そしてバスケットを受け渡した瞬間に、予想外の重さだったのかほんの少しだけよろける。最近の若い子は足腰がなっちゃいないな。

 それにしても荷物持ちが一人いるだけでかなり楽になるのはいい、結構野菜たんまり入れてるとバスケットも中々の重量になるからね。


「付いてこれるなら、まあ話くらいはきいてやってもいいね」

「はい、頑張ります」


 この調子でいくのなら昼すぎ、夕方前くらいには家に着けるだろう。その間休憩もせずにほぼ歩きっぱなしで先に進むわけだが、若いんだから付いてこれるかね。

 とりあえず街道に関しては特に問題も無く、夏間近の春の陽気を感じつつ、杖をこつこつと突きながら先に進んで行く。その間、会話もすることなく、ただただ私の後ろを野菜満載のバスケットを持って大人しく付いてくる根性はなかなかだ。


「まだ山道があんだよ、気張りな」

「ふう、ふう……はい、付いて行きます」


 いくら軽めの金属鎧だとしても剣と盾もあるし、ずた袋を持って旅をするとなるともっと軽量化するか、盾を持たない方に金属鎧を集中してある程度装甲を削る方法もある。

 いくらいい装備を揃えても長旅には不向きだったりするので、その装備をずっと使い続けるという気概がなければ無理だろう。逆を言えば街に腰を据えて活動するというのなら正解でもある。

 こうして山道を進んで行くとなると、体力の消耗は重量に比例するから死ぬほどきついだろう、だからといって歩幅を合わせて気を使って進むことはしない。

 ただ、1週間分の野菜を持っている訳で、はぐれてどっかに行かれるとそれはそれで問題なので、たまに後ろを確認する。


「若いのにだらしないねぇ……冒険者なんだろう?」

「厳密に言えば『まだ』です、父上から冒険者を習って来いと」

「それで、元勇者ってのを探した訳かい」

「ふう、ふう……それで、各地の冒険者ギルドで名前を聞いて回りました」

「父親に言われてそこまで出来るのは素直に凄いわ」


 冒険者ギルドで依頼をこなすには冒険者になり、ギルドに登録をするのだが、別に依頼をこなさずに旅をして、魔物を倒してその素材で生計を立てる物もいる。簡単に言えば公認されているか非公認かの違いだが。各地の冒険者ギルドを回っていたって事だから後者で生計を立てていたって事だろう。

 

「だから、ここで名前を聞いた時に、ようやくと思ったんです」

「期待に沿えるかはわからんと言っているだろう」


 大体勇者なんて大層な物を付いてるが、それは歴史的な事実の後に担ぎ上げるために付けたもので、その時の話なんて本人たちにしか分からない。そういう偉人としての扱いなんて、結局後からどうこうできるものだというのに。

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