2話 仕留める時は確実に
「悪いね、いつも頼っちまって」
「若い連中はこういうのやらないからねぇ……」
依頼主でもある農家への聞き込み。こういうのはしっかりと足元を固めていって、確実に依頼をこなすのが成功の秘訣になる。とは言え、平和な今の世の中じゃ、こういった細かい街の小さな悩みなんてものは無視されがち……いや、無視されるのが常だね。
「何が荒らしてるって分かってるかい?」
「足跡を見る限りは獣の魔物かな、森の方から着てるのは分かってるけどそれ以上は」
「ふむ……この辺のだと兎あたりかね……まだ足跡はあるかい?」
「ああ、こっちだよ」
街は塀に囲まれていたが、畑の周りは簡易的な柵で囲まれている。当たり前だが、こういった害獣対策に張っている物なのでそこまで堅牢な物でもない。一応害獣対策としての音が鳴る仕掛けや、魔物避けの細工もしてはいるはずなのだが、それが作用していない?何かしらの問題が起きたか、直せない状態になってるか。
とりあえず案内された所にはしっかりと獣の足跡が付いており、人型の魔物ではないのが確定。足跡を辿れば野菜畑で、荒らされている所はすっかり綺麗にしている。
(さて……何か痕跡は……)
野菜畑の特定作物だけ食べられたと言う訳ではないので、雑食。四足歩行の獣型魔物で間違いないだろう。虫系の魔物ならこのまま畑に巣をつくる場合が多いのだが特にそう言った痕跡はない。ここに野菜畑、餌があるというのを理解した魔物がやってきて荒らして帰る、と言う事か。
「他に何か気が付いた事はないかい?」
「そうだなあ……被害が起きるのは夜、種や苗もほじくって食うって位かな……」
「ふむ、今日は泊まりだね、こりゃ」
その話を聞きながら、畑から柵の方を確認し始める。
「被害はこの辺だけ?」
「を、中心に」
「魔物避けが機能していないってのは」
「被害があった時に機能してなかったみたいだけど、今は大丈夫」
なるほど、たまたま魔物避けが切れていた時に入りこんだのが、味をしめて何度も来るようになったって事か。強力な魔物避け程、高価かつ複雑な物になるのでこういった柵に使う物ではない。どういう原理で魔物が嫌うかは知らないが、その嫌うのよりも食欲が勝ったと言う事か。
「こういう地道な事こそ、しっかりやってほしいってのに、最近の新人はダメだね」
「額が少ないから仕方ないさ、不作と被害で収入も少ないのに依頼料まで出すとなるとね……」
「金で幸せは買えないって言うけどありゃ妄言ってのよくわかるね」
とりあえず大まかな魔物の種類と生態、どんな状況かと言うのは把握できたので、後は夜を待って獲物が来るのを待ち、追跡して退治……か。
「くず野菜ってあるかい?」
「間引いた奴や虫食いでよければ」
「魔物にゃ上等だね……夕方にもう一度来るからその時に貰うわ」
それにしても、久々にこんながっつり調査からの討伐依頼をするとは……人手と時間があるならもう少し確信をもって動きたいが、人手も無ければさっさと紅茶を買って帰りたい。なのである程度の所で切り上げて実行に移すわけだが、夕方~夜になるまでに宿と道具を揃えてくるかね。
「いらっしゃい」
「いつもの部屋、一泊5銅貨だったね」
「泊りがけの仕事なんて珍しい」
「相手が夜行性だからしょうがないんだよ、余計な出費がかさんでしょうがない」
「ディナーとモーニングくらいはサービスしとくよ」
礼を言い、部屋の鍵を貰って予め冒険者ギルドで預けていた荷物を借りた部屋に仕舞い、一息。中はシンプルでシングルベッド、机に椅子が一つずつ置いてある。やはりこう言った簡素な部屋が落ち着く。ベッドに腰かけ、杖を突いて両手で柄の部分を掴みながらもう一度大きく一息。やはり歳には勝てない、年々体力がなくなっていくのを実感する。
週1で山を下りて、手持ちが少ない時にはこうやって軽く依頼をこなして必要最低限の稼ぎを出していたが、ちょっと動いて調査しただけでこんなに疲れるとは……そんな事を考えていたら軽く意識が飛んでいたみたいで、1時間ほどうとうとしていたようだ。
「おっと、道具屋にもいかないとねぇ……」
気が付けばすぐに眠ってしまうこの体質、まあ歳のせいなんだろうけど、そのうちこれのせいで痛い目も見そうだ。そんな事を考えながら部屋を出て一旦鍵を預けてから、宿を後にして道具屋に向かう。
今は冒険者の街になっているだけあって、宿から少し歩けばすぐに道具屋に辿り着ける。なんだったら冒険者ギルドも歩いて数分の位置にある。今やこの世界で経済を回しているのは冒険者だから集中すると言う事だろう。
「おや、珍しいお客だ」
「相変わらず儲けてるね、あんたのとこは」
「おかげ様でね……何がいるんだ」
「確か追跡用の魔石粉があったね、それ」
「俺もいい歳だが、婆さんもいい歳なんだから無茶するもんじゃないよ……これだね」
握り拳一つ分の大きさの皮の袋を受け取り、銀貨を1枚出して取引成立。冒険者用の道具はどうしても高額になりがちなのが痛いところだ。
「紅茶を切らしたのが運の尽きだったよ」
「ああー、こっちじゃ嗜好品は高いからな……そういえば義手の新作も出たけどどうする?」
「いらんよ、老い先短い婆が使うにはもったいないさ」
「そうか……怪我しないようにな」
わかってるよ、返事をして購入した物を懐にしまう。とりあえずの準備はできたし、あとは宿に戻って仮眠をしてから行動開始か。宿に戻り店主に夕方に起きてこなかったら起こしてくれと頼んでからベッドで横になる。目を瞑り、深く深呼吸を二度三度するとすぐに意識を手放す。
「婆さん、起きてるかい?」
「ああ、今起きたよ」
扉の向こう側から声とノックが聞こえる前にベッドから起き上がり、支度を整えて農家の所へと向かう。農家の所へ付いてからすぐに頼んでいたくず野菜を受けとり、荒らされた畑の柵の外、と言ってもそこまで遠くない最初に荒らされた柵手前にくず野菜を置いてから隠れて夜を待つ。
昔は厳しかったが、歳を取ったおかげでじっとしている事や、息を潜める事が得意になったのは利点ではあるね。問題としては咄嗟に動けなくなってきたという点だろうか。
柵の内側に戻り、仕掛けた罠を視界に捉えつつ、沈んでいく夕日をじっくりと眺めながら日が暮れていくのを肌と目で感じながら息を潜めておく。
そうしてあっという間に夜になり、虫の鳴き声が響く時間になると、平原のほうから影が近づいてくる。
(やっぱり獣型か……巣穴を潰さなきゃいけないかどうかが問題だね)
地べたに座ったまま、じっと餌に食いついてくるのを観察。わざわざ用意してくれた餌だし、しっかり食いついて欲しい……と、思っていたのだが、がっつり食いついてくれた。
籠に頭を突っ込んでもしゃもしゃと食っているのをゆっくりと動いて確認し、先程道具屋で購入した魔石粉を食いついている魔物に投げ付け、ぶつかると共にばふっと粉が舞う。勿論ぶつけられたというので驚き、粉をまき散らしつつ森の方へと戻っていく。
(後は巣穴を潰して、魔石を回収しようかね)
先程ぶつけた魔石粉、ちょっとした冒険者ならだれでも使える魔力を流すという行為で淡く光る中々便利な代物になる。流し方は簡単で指先に意識を集中、そしてそのまま粉を触る事でよっぽど途切れていない限り、魔力が伝達して接触点から粉が続いている方へとゆっくり光り続けていく。用途は今の様に追跡したいものにぶつけて粉を落とさせる、目印を付けておくと、色々使い道のあるものだ。ついでに言えばこの魔石粉は魔物の体内で作られる魔石を原料としている。
魔物から生成されたもので魔物を追い詰めるとは何とも皮肉な事だ。
そうして暫くぽつぽつと落ちている光を辿り、森の深部……と、行かないが、入ってすぐぐらいの所で穴倉を見つける。光もその先に落ちていくので、此処が巣穴だな。とりあえず巣穴の位置を覚えて、周辺にある枝や葉を巣穴の前に置いて、魔法で火を付けて巣穴の方へと煙を流し込む。
このまま何も出てこないならそれで良し、他の所に入口があるならそこから煙が出るはずなので、そこを潰して、入口を一つにする。そして出てきたら出てきたで。
「こう、と」
穴から兎型の魔物が飛び出してくるので杖の柄を捻りながら一気に振り抜いて一閃。飛びかかってきたのはそのまま着地してよろよろと歩くとその場に伏せる。やはり雑食で小動物の様な物でも命の危機があればこうやって反撃してくるし、魔物なのは変わらない。
「ふー……もう少し様子を見るかね」
暫くの間ぱたぱたと煙を巣穴に流すが、最初の一匹から後は出てこない。仕込みの刃を納刀し、切り伏せた魔物を二度三度突いて死亡を確認。その後、煙を出させていた焚火の中に放り込んで死体を焼いていて処分。暫く焼いておいた煙も流すが、やはり追加は来ないのでこれ一匹のようだ。
すっかり焼き切り、灰の中を探ると握り拳一つない大きさの黒い石が出てくるのでこれを回収してから街に戻る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます