女の子の魔法

天野蒼空

女の子の魔法

あたし、好きな人にかわいいって思われたいの。もしこの世界がアニメなら、そのなかの声もつかないモブキャラみたいに平凡な、なんの特徴もないあたしだけど、かわいくなりたいの。

恋する乙女は美しいって言われているけれど、そんな不確かなものじゃ足りないの。しっかりかわいくなるの。

今日はずっと前から約束していたデート。洋服は、勿論お気に入りのとびきり可愛いもの。髪の毛も普段より気合を入れてセットした。

さあ、最後はとびきりの魔法でかわいいを完成させるの。

机の上にを順に並べる。

ライト付きの鏡を机の上に置くと、ありふれた顔のあたしがそこに映った。顔の大きさも平均的、目の大きさも平均的、鼻の形も悪い方ではないと思うがいい方であるとも言いにくいようなそんな形。顔のバランスがひどく崩れているわけでも、とびきり整っているわけでもない。

言い方を変えるなら、印象の薄い顔、だ。

他人からは「きれいね」なんて言われるけれど、所々にそばかすが薄っすらと浮かんでいる頬や、印象の薄い目元はあたしにとってはコンプレックスだったりする。

でも、魔法をかけてそんなあたしから変身するの。

魔法をかけるのは簡単じゃない。勿論費用だって安くない。

でも、可愛くなりたいから。


「さて、化粧まほうを始めなくちゃね」


家を出る予定時間まであと1時間半。そろそろ始めないと遅刻してしまう。

まず手にとったのはシンプルな白い容器。蓋を開けて、中から透明なシャバシャバとした透明の化粧水と呼ばれている液体を手のひらの上に出す。少しだけ手のひらの上でその化粧水を温めてから、手のひらを使いながら顔に押し付けていく。すると、化粧水は顔の皮膚に吸い込まれるように染みていった。

完全に化粧水が顔に馴染むまで少し待ってから、次は化粧水の容器にそっくりなシンプルな白い容器を手に取った。蓋を開けて手のひらに出したのは白い液体。少しとろみのあるこの液体は乳液。化粧水の潤いを逃さないようにまた顔にしっかりと押し付けていく。


ここまでは準備体操みたいなもの。


次に薄ピンクの手のひらサイズの容器から、ベージュ色のサラッとした液体、化粧下地を取り出す。これは魔法が勝手に解けちゃわないように使うもの。顔の中心から外側へ向けて塗り込んでいく。鼻筋や額といった魔法の溶けやすい場所、つまりは油分が多くて化粧崩れが起きやすい場所は特に重点的につけていく。

十分に肌に馴染んだら、手のひらサイズの黒い蓋のコンパクトを開ける。最近はやっているクッションファンデーションだ。パウダーファンデーションよりもカバー力が強く、リキッドファンデーションよりも扱いやすく、なによりみずみずしさ溢れるトレンドのツヤ感のある肌に仕上げてくれるのが特徴なのだ。

パフを取り出し、中のクッションにひたひたに染みている明るい肌色の液体をそのパフの半分くらいにつける。それを顔に当てると、ひんやりとした冷たさが気持ちいい。でも、あまりつけ過ぎると体の他の部分と色が違うことがわかりやすくなってしまうので、つけるときは軽くつけることを心がける。

トントン、トントン、と、擦らないように肌に乗せていくイメージでパフを顔に当てていく。色味にムラが出ないようにしっかり鏡でチェックする。段々と、私の顔が変わっていくのがわかる。明るくてみずみずしさ溢れる肌というのは、それだけで十分に顔の印象を変えていくのだ。

でも、これだけではそばかすや目元のくまは隠れない。

だからコンシーラーを使う。

最近のお気に入りはリキッドコンシーラー。ファンデーションの上から使ったときに色浮きがあまりなく、そばかすをしっかり隠してくれるから。隠したい部分に数滴乗せて、それを指でトントントンと、叩くようになじませていく。

それから少し大きめのリップクリームのようなスティック型のシェーディングクリームを額のキワや顎下、頬骨の出っぱった横の部分に塗り、ゴリゴリと見た目の顔の大きさを削っていく。

そして、ベースメイクと言われる肌を作っていく過程の仕上げに、フェイスパウダーをふんわりとかける。


鏡の中のあたしは少しだけ私に近づいて、こちらを見ている。

大丈夫、今日もあたしは私になれる。

次はアイシャドウだ。1番私に近づけるアイテムだと思う。

今日使うのは、くすみピンクをメインカラーにしたパレットだ。可愛らしさがあり、優しい雰囲気になれる、女の子らしいその色は私のお気に入りだ。

まずはアイホール全体にパレットのいちばん薄い色を指で塗る。今日は薄いベージュ。まぶた全体が少し明るくなる。こうすることであとから乗せる色の発色が良くなるのだ。

次に二重幅に少し濃い色をチップで乗せる。今日はくすみピンクだ。ふんわりしている女の子らしい色なのに派手すぎないところが気に入っている。

そして締め色と言われるいちばん濃い色を目尻と涙袋の間の三角ゾーンに塗る。今日はピンクがかった茶色だ。これを塗ると陰影がつき少し目が大きく見える。

涙袋には大きめのラメが入ったアイシャドウをチップで置くように塗り、ダブルライナーを使って涙袋の影をつける。ぷっくらとした涙袋は可愛くて大きな目には必要なのだ。

アイライナーを使って目尻にスっと線を入れる。最近リキッドタイプに変えたらとっても引きやすくなった。目の印象が少し強くなったが、元々印象の無い目をハッキリ見せるにはこれくらいが丁度いい。

アイメイクの仕上げはまつ毛だ。

ビューラーを使って数回に分けてまつ毛を上向きに持ち上げる。マスカラはジグザグと動かすことを意識して真ん中、目尻、目頭を分けて塗ると上手く塗れる。塗れたらコームで整えて完成だ。

おっと、眉毛を忘れていた。

眉尻は鼻の頭と目じりを繋いだ延長線上になるように描く。足りない部分を描き足して、ブラシでぼかす。

眉毛は角度で印象が変わってしまう。だから描く時は慎重になる。


ふうっと息を吐く。鏡の中にはかわいい女の子がいる。あたしじゃない私がいる。

ふふふ、と自然と笑みがこぼれてしまう。ここまで来れば魔法もあと少しだ。


きゅっと口角を上げて、大きめのブラシを手に取る。ブラシにコーラルカラーのチークを取り、頬の盛り上がった部分にふわふわふわ、と乗せていく。指先に少しだけチークを取り、鼻の頭と顎の先にも乗せて顔全体が統一感のあるようにする。

最後にリップを手に取る。

このリップはケースがとても可愛くてお気に入り。シルバーのケースだが、蓋の部分には花があしらわれていて、拡大鏡もついている。いかにも女の子らしい、ドレスのようなデザインのケースを開けると、中には大人びたダークチェリーのようなピンク色のリップ。唇にそっとあてて、形に沿ってなぞる。


「できた」


あたしは私になった。

とびきり可愛い鏡の中の私に向かって笑う。


「可愛いじゃん、私」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

女の子の魔法 天野蒼空 @soranoiro-777

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ