第15話 春麗・3
岩陰から姿を表すリュウ。スコープ越しに覗くハルの視界にも当然映っており、無防備なその行動に思わずスコープから目を離す。
「なんなのあいつ…どうせ捕まえるから舐めプでもしようってわけ?」
ふつふつと怒りがこみ上げ、スナイパーライフルを握る手に力がこもる。再びスコープで標準を合わせ狙うはリュウの脳天。引き金をひき発砲するが…
銃弾が彼を捉える事はなかった。半透明な水色のシールドが手前で弾いたのだ。それを出現させたのはユズキ。ノートパソコンを操作し、銃弾が当たる直前に自動で発生させるようにしていた。
「あいつらマジでなんなの!?くそっ、くそっ!」
ほぼヤケになった状態で発砲を繰り返すが、何度撃っても銃弾がリュウを貫く事はない。そんな跳弾を見据えながらリュウはディスプレイを操作し赤青緑黄に光る画面…フォームチェンジのコマンドを出現させ緑色に合わせた。
0と1で象られた緑に光る円形の陣がリュウを包み、彼をまた違った姿へと変えさせる。服の裾などの赤かった部分は緑色に変わり、インナーも明るい色合いの緑のワイシャツになる。最後に瞳が緑色に発光し完了。その手にはまた違った武器…大きな弓が握られていた。
利き手の左には弓本体があるが矢が見当たらない。しかもその弓はファンタジーなどでよくみる形状とは異なっており、全体的に太めに作られている感じはむしろアーチェリーに近い。更にリムの外側に刃が沿っており接近戦もこなせそうで。異質な感じにウラとハルは目を丸くさせる。
奇怪な視線を浴びながらリュウは弓を構え弦を引く。すると現れた、引っ張り切った事で緑に輝く光の矢が。物理的な矢はなく弓を引く事で自動生成される様はまさにバーチャルと言った所か。
(姿が変わったのは驚いたけど、なんでわざわざ弓なのよ…銃のまんまの方がよくなかった?)
ハルがそう思うのも無理はない。射程距離や精密性を鑑みても銃の方がいいに決まっている。
だがあくまでここはバーチャル。あえてこの色に変わったという事は遠距離射撃ならこの形態の方が向いているという事。呆気に取られているハルは気付くよしもない。リュウの視界がスコープで覗く様なものに変化しており、拡大された照準が自身の頭を狙っている事など。
弦から指を離し、光の矢が真っすぐ飛ぶ。気づいた頃にはもう遅い。重力で落ちる事のないその軌道は一直線に崖を越えハルの脳天を貫いた。
「な、っ…」
驚くのもつかの間貫かれた部分から光が漏れヒビが広がる。それが全身に回ると同時にハルの身体は爆散。遠くで爆ぜるのを見たリュウは“ふぅ”と軽く息を吐き構えを解いた。
「終わったんですか?」
「ああ」
立ち上がりながらリュウを見るウラの表情は安堵と悲しみが混ざったような複雑なもので。沈みかけた夕日が深く影を落とすのだった。
「あ、あの!」
とある日の光景。廊下には様々な男女がおり皆ブレザー型の制服を着用している。だが仲良さそうに絡んでいる者は少なく、むしろそわそわしている者までいる始末。ある者は一人で教室に入って行き、またある者は“入学おめでとう!”と盛大に書かれた黒板の文字を見ていたりした。
そんな光景を尻目にウラは声をかけた。緊張した趣でハルのショルダーバッグを指さしている。
「そ、それズーポックスの武器ガチャですよね!?」
「え、はい。そうですけど…」
バッグというよりそれにぶら下がっていた武器のミニチュアを指さしていたらしい。小さめのスケールに押さえられたそれは可愛らしさすら感じられる。それを見てウラは声をかけたのだろう。同類とみなした者が話題ふりの時によく使う手法だ。
初対面なためハルは少し距離を置いている。ウラも同じだがめげずにバッグのキーホルダーを見せた。同じミニチュアシリーズだがハルの物とはまた違う種類。
「あ、あたしゲームの方もやってて…そ、それでそのつい声をかけちゃって。それで…」
緊張からか言葉に詰まるウラ。煮え切らなくなりハルの方から痺れを切らした。
「私もやってますよ」
それを聞いて明らかにテンションの上がるウラ。緊張はどこへ行ったのかどびきりの笑顔を見せる。
「よ、よかったら連絡先交換しません?あたしこの学校では知り合いいなくて、同じ趣味の人がいたらいいなって思ってて!」
「そうなんですか。実は私もで」
「じゃ、じゃあよかったらなんですけど!」
食い気味にスマホを出すウラ。物凄く嬉しそうだったが、ハルも同じ感情になっているのを感じた。ウラ程ではないが笑みを浮かべながらスマホを取り出した。
ハルが逮捕された件はその筋の方面でニュースになった。もちろん未成年なので実名は公表されなかったが、ある程度の情報から特定が進んでしまい、ズーポックスをメインでプレイしている木谷晴子(きたにはるこ)ではないかと言う噂が広まってしまう。
こうなってくると拡散はあっという間で。ウラのいた学校でも話題をかっさらった。まあそれ以前に自分の学校の生徒から殺人者が出たため、教員達は対応に追われており学校は極度の混乱状態に陥っていたのだが。
ウラ自身も関係者だったため元からの噂もより事実に近い形で伝聞しており、生徒達は時に不安し時に煽りながら話す。こうなったらウラはもうこの学校にはいられない。こんな状態で日常を過ごせるのは強靭かつ狂人な者くらいだろう。
そう、ウラは学校にはいなかった。更生施設の一室にてハルと向かい合っていた。もちろんそういった施設なので彼女達の間は透明な板で隔てられており、それぞれのそばには職員が立っている。部屋自体も質素な造りでまるで刑事ドラマのワンシーンのようだ。
「…今更何しにきたの」
死んだような目でウラを見るハル。この数日で一気にやつれたようにも見える。この施設に送られてからどんな日々を過ごしているのか、想像すら及ばない。
施設から支給された服だろうか。シャツにズボンと質素な恰好だ。対するウラも薄手のニットにスカートと、シンプルながらも年相応と言った格好で。プライベートなので流石に私服だ。
すっかり落ちぶれたハルを見て泣きそうになるが、来て早々くじけてはいられない。ウラはグッとこらえて話し出した。
「…あれから大変でさ。警察の人から色々聞かされるわで。ストとレイジも厳重注意を受けたし、ズーポックスも今大荒れで。今もメンテ中だけど再開は未定。あたしももう多分やらないかな。身バレしちゃったしね」
無理矢理笑うウラの心情は計り知れない。ハル自身も聞いてるんだかいないんだか明後日の方向を見ている。
「学校も転校することになった。GCSOの人達が情報の拡散を防いでくれてるけど、転校先にも知られてたらキツイなぁって。お母さんとお父さんにも迷惑かけちゃったし、これからどうなっちゃうのか正直不安なんだ」
「それが何?私にそんな話して意味あるの?」
「うーん、意味はないかな」
「はぁ!?」
聞いといてなんだが予想外の答えにうろたえるハル。それでもウラは笑みを絶やさなかった。
「正直あたし自身これからどうすればいいか分からないんだ。でも裏を返せばさ、分からないって事は何でもできるんじゃないかなって思ってるんだよね」
「あんたね…そうやって突っ走るとまたやらかすんじゃないの?」
呆れてウラを見るハル。今まで逸らしていた視線を向ける。
「やっとこっち見てくれた」
そう、逸らしていた視線を向けていた。まんまと向けていた。視線の先には笑顔があって。ハルはやられたと言わんばかりにまた逸らしてしまうが。
「多分また間違えるかもしれない。でもその度に学んで進んでいきたいなって思ってる。ハルが戻って来た時に笑って迎えられるように」
視線を逸らされても、涙が流れそうになってもウラはじっと前を向いていた。せめて自分自身は笑っていられるように。
「だから社会勉強をしっかりしてきたいなって思ってる。転校先も定時制にしたからさ。これなら時間できるしね」
「!、あんたまさか…」
事情を知るハルならすぐに理解した。今の含みのある言い方に。思わず向き直すが、その先には笑顔が待っていた。
「また来るね」
ウラは返答も聞かず立ち上がりその場を跡にした。ハルも職員に付き添われ立ち上がる。
「そういう前向きな所は変わんないのね」
そう言ったハルの表情が少しだけ穏やかになっていたのをウラは知る由もなかった。
「やっぱり来ませんよねあの娘」
仕事場でもあるマンションの一室にて、リビングのテーブルを囲むようにリュウ達はいた。ユズキがため息交じりに話し出す。向かいにリュウ、隣にセイラがおり全員目の前にコーヒーがある。ブレイクタイムというやつだ。
「そんなに残念がるなんて。ウラちゃんに一目ぼれでもしたか?」
「ち、違いますって!せっかくバイト応募してくれたのにあんな事になっちゃったじゃないですか。やっぱキツイかなって」
コーヒーを飲みながらからかうリュウに焦るユズキ。
最終的にリュウはウラにバイトをおすすめしない発言をした。当然このような事になってなければ今頃は心地よく迎い入れただろうが、女子高校には重すぎる事態だっただけに無理強いは出来なかった。
「バイトって気分になれないだろ。ま、気長にまた探すよ」
「そうかな?」
すっかり諦める流れになっていたかに見えたが、セイラは違った。コーヒーカップを両指で包み温めながら軽い笑みを浮かべる。
「私は来ると思う。て言うか来て欲しいかな」
「どうした。思う所でもあるのか?」
「そういう訳じゃないんだけど。うーん、女のカンってやつ?」
セイラがはぐらかした後にインターホンが鳴る。どうやらカンとやらは当たったようで、応対したセイラは笑顔で“いらっしゃい”の一声と共にボタンを押した。
やって来たウラに対する反応はそれぞれ。リュウとユズキは驚いていたがセイラは嬉しそうで。そんな一行に見られながらウラは頭を下げた。
「やっぱりここで働かせてください!お願いします!」
「いや前に言ったけど、やっぱり…」
「お願いします!大変なのはよく分かりました!でもだからこそなんです!」
戸惑うリュウにウラは頭を上げて続ける。その瞳には力強い意思が宿っていて。
「大変ならなおさら手伝いたいです!あたし、こんなだから何が出来るかわからないですけど、でも最初に持った憧れだけは忘れたくないっていうか…すみません上手く言えないんですけど、でもあたし!」
あれだけの事があったのにそれでも来てくれた。自分達の事を手伝いたいと、彼女なりに覚悟を決めて来てくれた。ならば答えは一つ。
「分かったよ。ここまで言われて断るほど俺は薄情じゃない。覚悟しろよ~?」
「は、はい!よろしくお願いします!」
腕を組み嬉しそうに笑うリュウ。皆似たような表情になっており、ウラもまた笑顔でお辞儀をした。
「改めてこのチームでお世話に…えっと、チーム名はなんていうんですか?」
ウラなりのあいさつをしたかったのだろうが、そういえばこのチームの名前を知らない。素朴かつ簡単な質問だったはずなのだが会話が止まる。リュウ達はお互いに顔を見合わせた。
「そういやチーム名を決めてなかったな」
「え、そうなんですか!?てっきりそういうのあるもんだと思ってました」
驚くウラだがリュウ自身は特にこだわりはないのだろう。
全国に展開している仮定員の規模は様々だ。ソロでやっている所もあれば徒党を組んでチームプレイをしている所もある。あえて名前を決める必要性はないが、決める事でモチベーションに繋がる事もあるかもしれない。
例えば有名になったスポーツのチームもよく名前を付けられる事がある。その方がそのチームのイメージが付きやすいし、何より知名度を上げるには手っ取り早い手段でもある。
「せっかくだしここで決めちゃえば?待望の後輩も出来たんだし」
「うーん、そうだな。よし任せた柚樹」
「え、いきなりフります?」
セイラの提案にリュウがユズキにぶん投げ。無茶ぶりではあるが全員の視線を浴びた手前もある。戸惑いつつもユズキは一考し…
「チームドラゴン、なんてどうですか?リュウさんが実質リーダーなんだし」
リュウの本名に龍が入っているからドラゴンか。その発言に全員が固まる。場の空気が冷えたというやつだろう、察したユズキはふてくされて目を逸らす。
「はいはい安直でしたよー。だいたい急に言われて
「いやいいんじゃない?」
セイラの発言は同意だった。どうやら時間が止まったのは呆れからきたものではないようで。
「一周回って王道かもな。オメーにしてはセンスあるじゃねぇの」
リュウの感触もまんざらではなさそうで。思いのほか好評だったのでユズキの表情は一気に喜びに変わる。
「という訳でチームドラゴンにようこそ。よろしくな、浦!」
今までちゃん付けだった名前が呼び捨てになる。それはリュウから自分に対する距離感の変化の表れ。気づいたウラの顔も自然と笑顔になっていた。
「はい、よろしくお願いします!」
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