第14話 春麗・2

 

「それで、今更話って何?」


 ズーポックスのフィールド内、周りを崖に囲まれた地帯にウラとハルはいた。

 ウラからの呼び出しというのもあったのだろう。比較的早くハルはやって来た。真剣な趣のウラとは対照的にハルの表情はどことなく澄ましていて。夕焼けになりかけた青とオレンジのコントラストがお互いの顔を照らす。


「…ハルってさ、何かあたしに隠してる事ない?」


 意を決して口を開くウラ。言い方は遠回しだが当事者なら通じる内容だ。


「いきなり何を言い出すかと思えば…他に言う事あるでしょ?」


 当然とぼけるハル。それでも突き詰めなければならない。緊張で固まりそうになるが、無理矢理にでも聞き出さなければならない。


「例の事件でさ、ストとレイジが警察の事情聴取を受けてるんだけどあの人達彼女いるらしいんだよね。その彼女が事件に関わってるっぽいんだけど、何か知らない?」

「…さあ。もし知っててもあんたに言うと思う?謝る気がないなら帰るから」

「それは困るな」


 ログアウトしようとしたハルをリュウの声が呼び止める。光の粒子と共に本人も現れた。隣にユズキも携えている。

 それを見たハルは一瞬驚く素振りを見せるが、その表情はすぐ怒りに変わりウラの方を向いた。


「何のつもり?私をハメようとでもしてんの?」

「違う!ただあたしは…」


 リュウはウラの方に腕を伸ばし発言を止めた。首を軽く振り静止の動作。


「これ以上は無駄だ。こうなった以上後は俺達でやるよ」


 自分から真相を聞きたかったのだろう。悔しそうに唇を噛み締めるウラの表情にそれが表れている。


「なんなんですかあなた達?これ以上嫌がらせするなら警察を呼びますよ?」

「悪いが警察のお世話になるのは君だ。君にはチームJOEのメンバー殺害に対する容疑で嫌疑がかかっている」

「はぁ!?付き合ってらんないわ」


 あくまでシラを切るハル。ディスプレイを操作しログアウトを試みるが、コマンドを押しても反応せず。今までの高飛車な態度が一変、焦りを見せながら何度も画面を押し続ける。


「ちょ、どうなってんのこれ!バグ!?」

「違いますよ。下手に逃げられないようにログイン状態のままロックさせてもらいました」


 ユズキはそう言ってノートパソコンを取り出し画面を見せる。そこにはハルのアバター情報と共に英文字でROCKEDと書かれた表示が。もちろんハルは目を見開きながら画面を凝視。ちょうど注目してくれているのでユズキはそのままキーボードを叩き更なる情報を見せた。

 ストとレイジが狙撃された時のログアウト状況、ネットにアップされたウラとリュウ達が一緒にいる画像のアップ元…事細かな情報にハルの本名や住所が添えられていた。もちろんそれを見たハルは一気に青ざめる。


「このぐらい朝飯前ってやつです。俺らの事ナメすぎましたね」

「悪いけど俺達は怪しい者じゃなくてれっきとした“その道のプロ”だ。判断を誤らなければバレるのはもうちょい先になったかもしれないのにな」


 ユズキとリュウが言い終わり、ハルは唖然としたまま硬直する。リュウ達の事を荒らしや悪徳業者辺りだと高を括っていたのだろう。事の重大さにようやく気付いた頃には遅い。

 逃げ場もない。こうなった人間の取る行動はある程度絞られるが、彼女の場合は…


「あはっ、あはははははっ!!!」


 笑いだした。今までの焦りから綺麗に反転し開き直る。ウラは何も言えなかった。黙って見るしかできなかった。


「そうよ。あいつらを撃ったのは私。あいつらと付き合ってるのも私よ。これで満足?」

「あいつら?もしかして両方と付き合ってたのか?」


 ストとレイジのどちらかではなく両方と付き合っていたとは。さすがにこれは予想外だったのかリュウも驚く。だがハルは更なる事実を明かしてきた。


「最初はたまに一緒にミッションをこなすくらいの仲だった。ちょっとおいしい報酬がもらえたりするしね」


 左右にふらつきながら歩き、ハルは自白を重ねていく。


「そんな時チームの奴らが賭けだしてね。勝ったら私に告るとか言う内容らしくて。そん時はストの奴が勝ったんだけど、面白いのはそっからだった。他の奴らもあたしと付き合いたいとか言い出すのよ」


 リュウとユズキは黙って聞いていたが、ウラは明らかに動揺を見せていた。それに気付いたのかハルは嘲笑うかのように声のトーンを高める。


「オタサーの姫ってやつ?確かにあいつらとは仲良くしてたし、リアルでもたまに会ったりしてたけどまさかマジ惚れされるなんてね~。ちょっと付き合いよくしてただけなのに、ホント童貞オタクは単純で笑えるわ~。で、とりあえず付き合ってみたわけ。あいつらゲームの腕は確かだし嫌になったら別れればいいからね」

「おいおいその言い方…まさか全員と付き合ってたのか!?」


 リュウの問いに笑うハル。答えを言っているようなものだった。


「全員フった事にしてこっそりね。もちろんそれぞれと付き合ってた事はあいつらお互いに知らないし、付き合ってるのも隠すようにしてた。でも楽しかったわ~。こっちがちょっと優しくすればあいつら限定アイテムとかくれたりすんの!マジでちょろくて笑いが止まらなかったよ」


 本当に楽しそうに話すハルに開いた口が塞がらない一同。とんでもない内容にドン引きと言わざるを得ない。そんな驚愕を浴びながらハルは真顔になり、声のトーンを今度は下げる。


「でも何か月か経った時かな。チームの一人に全員と付き合ってるのがバレちゃって。キレられるかなって思ったんだけど、そいつまさかの行動に出たのよ。なんだと思う?」


 誰も答えない。答えたくない。だがそれもお構いなしなのだろう。ハルの発言は止まらない。


「頭下げだしてさ~。他の奴とは別れてくれ、って。俺は本気だから絶対幸せにするからってさ。超マジなわけ!最初はスルーしてたんだけど、しつこくてさ。家まで来るとかあり得なくない!?さすがにウザすぎてさ。キレちゃったんだよね私」

「まさか…」


 そのまさかだった。ウラの問いにハルはうなずいた。


「殺しちゃった。感情的になっちゃった私も悪いけどさ、向こうもしつこかったんだよ?ゲームしてる時はあんなに嬉しそうに私の事囲ってたんだからさ、現実リアルでも同じようにすればよかったのにね。なんで独占したがるんだか」

「何、言ってるの…ねぇ何言ってるのハル!自分が何やったか、分かってるの!?!?」

「もちろん分かってるよ。あんただってしつこい奴がいたらキルするでしょ?」

「ゲームじゃないんだよ!そんな、人殺しって…」


 その場に座り込むウラ。うつ向いていたため顔はよく見えなかったが、どんな表情をしているかなんて火を見るより明らかだろう。


「…ホントイラつく。誰のせいでこうなったと思ってんだ!!!」


 そんなウラを見てハルは突然キレだした。物凄い勢いで地面を踏みつけ、怒号を飛ばす。


「あんたが勝手にチームの方針を決めるのが嫌だった。バイトの事だってそう。嫌だって言ってんのにこっちまで誘う必要ある?あんたいつもそうだよね!こっちの事はお構いなしでさ。いい加減うんざりなんだよ!それでもあんたがしつこく絡むから仕方なく相手してやってたの!」


 始めて触れた相方の本心。それはあまりにも黒く怒りに満ちたもので。ウラは黙って聞くしかできなかった。自分の頬を涙が伝っているのも気付かずに。


「それでもあいつらがチヤホヤしてくれるからまだストレスは発散できた。なのに本気で付き合いたいって何だよ。どいつもこいつも…なんでゲームみたいに上手くいかないんだよ!ゲームでしか繋がってなかった仲なのに、なんでリアルを持ち込もうとするんだよ!このバカがあああああ!!!」


 怒りのままに叫び上げるハル。悲しみのままに座り込むウラ。事の真相は明らかになった。なったからこそ、動かねばならない。


「…仮心症だな」

「え…」


 リュウから放たれた聞き慣れない言葉。ウラが涙ながらに見上げる中ユズキが捕捉する。


「仮想心理混濁症(かそうしんりこんだくしょう)。通称仮心症(かしんしょう)。よく言うでしょ?“現実とゲームの区別が付いてない”って。要はそれの酷くなった版です」

「主な症状としては仮想世界バーチャルでの成功や快感が現実リアルでも続くと思ってしまうせいで現実でもゲームのような行動をしてしまう。例えばゲームの中では許されてる犯罪行為を現実でも犯す、ゲームの中の性格や言動が現実にも反映されてしまい奇怪な行動を起こしてしまうとかがあるな」


 ユズキの説明をリュウが捕捉。ハルの場合も仮心症に当てはまるというのか。


仮想世界バーチャルがあまりにも現実リアルに近づき過ぎたせいで、主にフルダイブ型のゲームに没頭する人ほどかかりやすいって言われてる。今回はゲームでお姫様な扱いを受け過ぎたせいで自分がモテると思い込み過ぎたのが主な要因かな」

「じゃ、じゃあハルがああなったのは病気のせいなんですね!?」

「そうとも限らない」

「え…」


 自分で言っておいて結論を否定するのか。少しだけ希望を見出したウラの表情はすぐに覆る。


「確かに仮心症の症状は見られるけど、ああなるまでには原因がある。あの娘自身が自分で話しただろ?」


 そう、たった今ハルは話した。ストレスの根本にあるものを。


「もちろん君のせいじゃない。実際に犯罪を犯したのはあの娘だ。でも人が凶行に及ぶにはそれなりの理由があるって事。自分に自覚がなくてもちょっとした事が人を変えちまうって事だ。ネットが拡大した仮想世界バーチャルという世界なら尚更な」

「へぇ、おっさん分かってんじゃん」


 感心しているハルだが、かばった訳ではない。リュウの厳しい視線がそれを物語っていた。


「悪いけど俺の立場はあくまで客観的なものだ。君の事はかわいそうとは思ってないし、今からとる行動も一つだよ」


 そう言って腰のホルスターに手をかけるリュウ。何をするかは分かりきっていた。分かりきっていたからこそ、ハルも行動を起こした。


「どうせ捕まるんだ。お前らだけでもぶっ殺してやるよ」


 上着の裾から何かを取り出すハル。それが閃光弾だと気付く頃には、リュウが武器を向ける頃には辺りを強い光が包んでいた。

 バーチャルなので目が潰れる事はないが、視界を少しの間眩ませるには十分だった。目の前がクリアになる頃にはハルの姿は消えていた。


『リュウ、柚樹!』


 セイラからの通信。声色は強まっており、同時に自分達の視界の端にサブディスプレイが現れる。それを見て理解した。セイラがすぐに対応してくれた事に。

 簡易マップに映っていたのは自分達を指し示すポイントと赤い点滅。点滅している方がかなり遠くの位置にあり、それが崖の上であるを示している。つまりハルがこの位置にいると言う訳だ。


 目くらましの間に何らかのワープ手段で移動したのだろう。しかも自分達を安全に見下ろせる崖の上だ。彼女が何のために移動したのかは明白だった。

 瞬時に理解しリュウはウラを抱えながら、ユズキは身一つでそばにある大岩に身を隠す。その瞬間、彼らのいた辺りで何かが弾けた。

 狙撃による地面の抉れ。思えば初めて会った時にハルはスナイパーライフルを背負っていた。元々このゲームでは狙撃手をメインとしているのだろう。


「サンキュー聖羅」

『ううん。それよりどうするの?向こうはヤル気みたいだけど』

「こうなった以上力づくだろ。いつも通りにやるだけだよ」


 ハルの射線を切れる岩の影でリュウ達は腰かけていた。ウラは泣き止みこそしたものの、表情は暗いまま。あまりにも大きすぎた事実だったのだから当然ではあるが。


「…ハル、どうなっちゃんうんですか」


 消え入りそうな声で問うウラ。リュウは一呼吸置いた後に答えた。


「まあやらかした事が事だから普通に刑事事件として起訴されるだろうな。未成年だっていうのを考慮して施設送りってとこだろ」


 人を殺したのだから当然だろう。理屈では分かっているが、気持ちは整理が付かない。ウラは体育座りのまま顔をうずめた。


「あたしのせいだ…あたしがハルを追い詰めたから…」


 再び泣き出しそうな声、無理もない。ユズキは気まずそうに黙っていたがリュウはあえて口を開いた。


「ウラちゃんさ。前にヒーローになりたいからこの仕事をしたいって言ってたよな。でも実際ヒーローって創作の中だからこそ成り立つ部分があると思うんだよな」

「え…」


 思わずリュウを見上げるウラ。案の定目には涙が浮かんでいた。


「この仕事をしてると悪い奴を嫌という程見る。今回は稀だけど、それでも犯罪じみた事をやらかす奴は後を絶たないんだ。そんな奴らを相手する毎日。ヒーローはその内エンディングを迎えるから大団円になるけど、この仕事は終わりがないからさ。結構疲れるんだぜ?」

「何が言いたいんですか?」


 まるで関係なさそうな内容。今の状況も相まってウラの口調が強まる。それでもリュウは続けた。


「この仕事に関わるのは大変だって事だよ。もちろん楽しい瞬間はあったりするけど、それ以上に辛いものを見たりする。ヒーローになりたいんならさ、わざわざこの仕事を選ばなくても確実に見えてるハッピーエンドを狙った方がウラちゃんのためにもなるんじゃないかな」


 そう言ってリュウはウラの頭を軽くなでる。その下にある涙じみた顔とは対照的な笑顔で。


「自分のせいだってふさぎ込むよりは、この後のハルちゃんをどう助けてあげられるか。その方がヒーローっぽくてカッコイイぞ」

「リュウさん、っ…」


 溜めていたものが溢れ出し、ウラの身体が震える。頭をなで終えたリュウは一層強い笑みを見せた。


「俺達は仕事としてあの娘と対峙しなきゃならない。君があの娘の事をまだ大切だと思ってるなら、君には君の“仕事”があると思うよ」

「うっ、はいっ、ありがとうございますっ…」

「別に礼を言われる事じゃねぇよ。さて、俺には俺のやる事があるから今の内にいっぱい泣いとけ~?」

「ううっ、はいっ…」


 遠慮なく泣きじゃくるウラを見守りつつリュウは立ち上がる。自分の仕事をするために。

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