第13話 春麗・1
放課後。授業の日程が終了し、生徒が各々の夕方を過ごす。そのまま帰路に着く者、部活に向かう者、友達同士ふざけあう者。行動は様々だが皆安堵や喜びの表情を浮かべている。授業という名の拘束から解放されればそうなるのだろうが、ウラは違う。廊下で冷たい視線を浴びればうつ向きたくもなる。
もちろん全員が軽蔑している訳ではない。事情を知らない者はウラに興味すら向けていないが、この学校という閉鎖的なコミュニティ…一旦知れ渡ればその人の見る目は変わる。ネットやSNSであっという間に広まったのだろう、彼女を見ている者の一部はスマホを見ながら照らし合わせている。中には“ネットで会った人と援交したって本当なのかな?”と尾びれが付いてしまった事を話している輩まで出る始末だ。
「だから言ったのよ」
下駄箱から外靴を取り出そうとしたウラを呼び止めたのはハルだった。壁に寄りかかりながら腕を組んでいる。
「違うんだって!確かにあの画像に間違いはないけど、あの人達はストとレイジがやらかしたから仕事として
「ホントにそうなの?あたし言ったよね!?あの人達ホントに大丈夫なのか、って。そもそもあんたが一人で突っ走らなきゃこんな事にはならなかったんじゃないの?」
弁解を遮るようにハルが畳みかける。落ち込んでいるウラにお構いなしに足早と近づきながら。
「あんた昔からそうじゃん。チーム名決める時もハルとウラだからハルウララにしよう、って勝手に決めて。こっちの意見も聞かずに申請までしたからこっちは反対する余地すらなかった」
「そ、それは他に案がないからそれにしたんじゃん!反対するつもりなら言ってよ!」
「しようとしたよ!でもあんたは待ってくれなかった!勝手に突っ走るのは本当に悪いクセだよ。だからこうやってバチが当たんの」
「そ、そんなの今は関係ないじゃん!」
「あるよ。あんたのその性格のせいでこうなってるって言ってんの」
お互い少し感情的になりつつも、あくまで冷静にハルは続けた。目に涙を浮かべるウラとは対照的に。
「あんた、一人で帰る事はめったになかったじゃん。いつも一緒に帰ってる娘達からも距離を置かれたんでしょ」
図星であるため何も言えなかった。一緒に帰宅するメンツだけではない、クラスの友達もあれからウラに近寄ろうとはしない。一度付いた悪いイメージを払拭するのは難しい。イジメというのはこうして起こる物なのか、とウラ自身痛感している所だったのだ。
「もちろん私も今日はあんたとは帰らない。このままいくとあんたとチーム組んでるのが知れ渡るのも時間の問題だしね」
「ちょ、ちょっと待ってよ!まさか解散するなんて言わないよね!?」
「さあ?それはあんた次第じゃない?とにかくこれ以上この問題に首を突っ込むのはやめた方がいいと思うけどね」
返答しようとしたウラを尻目にハルはさっさと歩き去っていってしまった。それがトドメになったのか、ウラは下駄箱に手を叩きつけながら涙を流した。
「おかえりー。今日は早いのね。寄り道してこなかったの?」
「う、うん。ちょっとね」
一般的なマンションの一室…キッチンで夕飯の準備をしていたウラの母親が声をかける。帰宅したウラは腫れた目元がバレないように、返答もそこそこに自室に一直線。部屋のドアを閉め、ベッドに倒れ込む。オタクであるウラの部屋は可愛らしい雑貨等はありつつも大半がアニメや特撮のグッズやポスターで埋め尽くされていた。
だがそれらに目を配る余裕も気持ちもない。ベッドの柔らかさに顔をうずめる。大きなため息と共に。
(なんでこんな事になっちゃったの…あたしはただあの人達と一緒ならやっていけそうって、憧れを叶えられるって思っただけなのに…)
情報の漏洩、学校での孤立…ウラの感情はごちゃごちゃになっていた。何もする気力が湧かず、ただうずくまる。
しばしの静寂が続くが、それはドアのノック音で打ち破られた。
「あんたどうしたの?夕飯もうちょっとで出来るから起きてきなさい」
「うん…」
ドアを開けた母親は声をかけたらすぐに戻るつもりだったのだろう。ノブに手をかけていたが、ウラがあからさまに落ち込んでいたため部屋に入ってくる。
「どうしたの?学校でなんかあった?」
「いや、その…」
言葉に詰まるウラ。こういった場合すぐに相談出来る程気持ちの整理はつかない物で。母親もそれをくみ取ったのか軽くため息。
「言えないならいいんだけど、困ったらちゃんと言いなさいよ?お母さんに何が出来るか分からないけど、話さないと何をすればいいかも分からないんだから」
「うん…」
「バイトだって始めるんでしょ?お母さん応援してるから頑張んなさいよ」
ウラは黙ってうつ向き、会話が途切れる。母親は少し様子を見つつも部屋を跡にした。
「ご飯出来たらまた呼ぶからね~」
ドアの向こうから母親の声が響く。ウラは答える事なくスマホに手を伸ばした。
バイトだ…リュウ達に協力した途端この事態が起きた。思いあたる節はないが、ウラの指は半ば自然に動いていた。電話の発信先はもちろん…
「お疲れ様です。あの、リュウさんのお電話ってこっちで合ってますか?」
『はいはいリュウさんですよ。お疲れ。どうした?面接の結果なら
「お話したい事があります」
リュウの言葉を遮るように要件を伝えるウラ。一瞬の沈黙の後に落ち着いた口調で返ってきた。
『分かった。こっちも聞きたい事があるんだ』
後日ウラはリュウ達の仕事場であるマンションの一室を訪れる。あれから噂が収まる事はなく、クラスメイトの視線も冷たいまま学校での孤立が続き今に至る。その事情は知る由もないが、ウラ自身初対面とはうって変わった雰囲気になっていたのはリュウ達にも見て取れた。
「それで、話したい事ってのは?」
リビングのテーブルを囲むように一同が座る。ウラとリュウが向かい合い、セイラもウラにお茶を出した後にリュウの隣に腰かけた。
だがお茶が喉を通る気分でもないのだろう。ウラは一切手を付けず事の顛末を話し出した。
「なるほど。そういう事か」
「え…」
先日の騒動から情報が洩れウラが学校で孤立している事に対して驚く事なく、むしろ納得したように腕を組むリュウ。当然ウラはキョトンとしており察したリュウが続けた。
「こうなった以上君も無関係じゃなくなったからな。順を追って話すと、実はあれからあの二人に改めて彼女の件を聞こうとしたんだ」
あの二人というのはストとレイジの事だろう。ウラは黙って耳を傾ける。
「すぐに聞きだすつもりだったが、あいつらまただんまりを決め込んじまってな。多分誰かに口止めされたんだろ」
「誰かって、もしかして狙撃した人ですか?」
ウラの問いにリュウが頷く。
「警察の事情聴取にすらノーコメントでな。よっぽどその狙撃手が怖いのか、もしくはそいつをかばってるのか」
「かばう?共犯って事ですか?」
「どうかな。さて、ここからが本題だ」
リュウが組んでた腕をほどきテーブルの上に乗せた。
「今の
含みのある言い方。ウラは自分の中である仮説が浮かんだのを感じた。だがまさかそんな…その仮説は自身の身体を動悸させ、自分の顔を強張らせた。
「ちょっと待って下さい!ハルがやったって言うんですか!?その根拠は!」
体に力が入り立ち上がりそうになる。信じたくない気持ちが湧き出るが、現実が押し寄せてくる。隣の部屋のドアが開きユズキがやって来た。
「ログが残ってるんだよ。あんたの相方があいつらを狙撃した事も、撃った後すぐログアウトした事もね」
ハル自身リュウ達の事を軽く見ていたのだろう。データはしっかりと残っているらしい。ウラは腰を落とし唖然とした。
「このタイミングで君の身バレが起こった事から考えるにほぼ黒なんだよ。多分向こうは俺達を利用して君を破滅させたつもりなんだろうけど」
「証拠はバッチリ残ってますしね。俺らをナメ過ぎたんすよ」
リュウに続きドヤ顔で言うユズキだが、今はそういう空気ではない。セイラが横目で流すが、ウラにそんなやり取りを感じ取る余裕はなかった。
「例の彼女もハルだって言うんですか!?まさか殺されたメンバーの事も…」
何故ハルが。どうしてそんな事を。ウラの動揺が震えという形で声に混ざる。
「それは本人に会って確かめてみなきゃだな。今ハルちゃんがどうしてるか分かるか?」
「いえ、あれからケンカみたいになっちゃって。あたしもログインしてないですし」
「そうか。んじゃ、呼び出してみるしかないな。自宅に押し入るかダイブしてる時にコンタクトを取るか…」
算段を付けようとしていたリュウだが、ウラが拳を握り顔を挙げる。決意に満ちた表情で。
「あたしが呼び出します」
「いやでも…」
「お願いします!あたしが呼び出した方が早いでしょうし、それに…」
まだ体は震えているし、気持ちも混乱している。だがそれでも…
「あたしがやらなきゃいけない気がするんです」
それだけは譲ってはいけない。そんな決意がウラの瞳に宿っていた。それを聞いて、それを見てリュウは反対しようとした口を閉じたのだった。
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