第12話 ヒーローになりたい・7

 

 フィールド上に表示された巨大モニターを凝視する一行。よくあるレースゲームのようなレイアウトだろうか、リュウとストそれぞれを第三者視点で映した画面の端に簡易な小さい地図があり点で場所を示している。ちなみに現実リアルでセイラが操作しているパソコンのディスプレイ

上にも似たような映像が出力されており、様子を見守っている。

 そこに荒野の中を爆走するストの姿が映っており、余裕綽々と言った様子で笑っていた。


「はっ、楽勝だな。やっぱ素人…!」


 だがその笑みはすぐ消える事になる。後方からバイクにまたがるリュウの姿が見えたからだ。砂煙を巻き上げ、物凄いスピードで追い上げてくる。


「よお。道ってこっちであってる?」


 ついに横に並ぶリュウ。そのまま両名は広々とした荒野を進むが、拮抗を崩したのはストの方だった。腰のホルスターから銃を抜き、リュウに向かって発砲してきたのだ。

 走行音の中に発砲音が混ざる。安定しない状態だったためか弾丸はリュウの横を通り過ぎただけだが、牽制の意思を示すには充分だった。


(そういや妨害行為は禁止されてなかったな。直接戦闘もアリって事か)


 ウラからある程度のルールを教わっていたため、趣旨はすぐに理解できた。そうと決まれば話は早い。リュウも銃を取り出し発砲。銃撃戦を繰り広げながら二台のバイクが突き進む。

 走行しながらの不安定な状態ではなかなか攻撃は当たらない。業を煮やしたストが距離を詰めてくるが、リュウはこれ見よがしに武器を剣モードに変形。横への薙ぎ払いを行うが、剣先はストの頬をかすめた程度。


「危ねぇ!なんだあの武器!」


 ストはバイクのハンドルを切り一気に距離を取る。リュウもまた武器をしまいアクセルを回し直した。

 仮定員はV gazerの恩恵があるので一般の者よりは高い性能で動けるが、何でもかんでも思い通りになる訳ではない。さすがに揺れに揺れる状況では攻撃もそう当たらない。


『リュウ。このまま進めばオブジェクト地帯みたい』


 通信でセイラの声。アシストしてくれてるようでこの先のエリアの情報を流してくれた。サブディスプレイに小さな倉庫地帯が映し出される。


「了解。ここでしかける」


 何かを思いついたかのようにリュウは速度を上げた。向かう方向は同じなため、ストも真っすぐ進む。

 早い速度で走り抜いているため倉庫地帯に着くまでそうはかからなかった。お互い距離を保ったまま建物の間や架け橋の下を抜ける。


 倉庫の間の広い通路で両者が合流し並走する。乱雑に積まれた備品や鉄骨などが散乱しているため、障害物を避けながら武器を構える二人。

 お互いに銃弾を放つ。やはりリュウの方に分があるのか、スト側から数回火花が散る。


「くっ、野郎!」


 逆転しようとストが次の手に出る。ディスプレイを操作し取り出したのは小型のグレネード。数個起動しリュウの方に放り投げる。それに気付いたのかリュウは車体を傾かせ右に移動。瞬時に近くで爆発が起こるが当然当たらず。次発も左にかわし無傷。

 爆風の中を抜けリュウが進むは積まれた鉄板。資材に立てかけられていたため上り坂になっており、速度があるため登り切る頃にはリュウは高く飛び上がっていた。


「な…!」


 ストが驚くのもつかの間、リュウは飛び上がった反動で空中で大きく翻っておりそのまま上下回転。その間ほんの数秒…ディスプレイを操作し'Shooting blast'の必殺技コマンドをタッチするのは容易だった。

 銃口に炎をまとわせ狙うはもちろんスト。空中で反転しながら右手でしっかりハンドルを握り、左手の銃剣から火球を発射。荒れた道よりは安定するのか火球のほとんどが命中し、ストはバイクごと火だるまになる。


「ぐあああああっ!!!」


 巨大な火の玉と化したストはそのまま近くの倉庫に突っ込み爆発。倉庫自体も巻き込まれそのまま爆散した。リュウは爆発を眺めながら着地し、そのままゴールへと向かって行った。






「…という訳で俺の勝ちって事でいいんだよな?」


 その後フラグはリュウが手に入れゲームセット。スタート地点に戻ったリュウを尻目に黒焦げになったストがひざを付いていた。髪型もデカいアフロになっておりギャグマンガのような燃え跡になっている。


「か、かっけーーー!!!なんすかあれ!政府に入ったらあんな事できるようになるんすか!?」

「正式にウチに入って頑張ればワンチャンあるかもな」


 喜びを爆発させるウラ。リュウを見る瞳もキラキラと輝いており、これが羨望の眼差しを向けるというやつか。


「くそっ、こんな素人に…」


 対照的なのはストとレイジ。二人そろって悔しそうに突っ伏している。


「さて、それじゃ約束通り“交友関係”について聞かせてもらおうか」


 そんな二人を気にも留めずリュウが歩み寄る。含みのある言い方をしたが、もちろん知りたいのは二人の内のどちらかに彼女がいるのかどうかだ。


「…」


 両名黙秘。素直に従わないだろうとは思っていたが、それでもリュウはため息を吐かずにはいられない。もちろん呆れによるものだ。


「あのなぁ、言質は取ってるし黙っててもそっちの分が悪くなるだけだぞ?別にお前らの彼女に危害を加える訳じゃないんだ。さくっと話してくれればこうやって粘着する事もなくなるんだからさ」


 半ば説得のようにもなってきた発言に折れたのかストは視線を上げ、ゆっくりと口を開く。


「実は…」


 ようやく放たれた言葉だが、そこから続く事はなかった。

 バアァァァンという発砲音と共にストの頭を銃弾が貫いた。ヘッドショットによるクリティカルヒット。ストはその場に倒れこみ、そのまま強制的にログアウトされた。


「狙撃!?どこから!?」


 ユズキが驚きながら辺りを見回す。この場にいる誰かが発砲した訳ではない。しかもストが口を割ろうとしたこのタイミング…どういった意図で撃ったかは明白だ。


「柚樹!」


 リュウがユズキにアイコンタクトを送る。最初は動揺していたユズキであったが、ハッと我に返りウラの近くに寄る。携えていたノートパソコンを開き身構える。一連の流れは迅速かつ洗練されており、有事の際に対し打ち合わせでもしていたのだろう。ウラは流れに身を任せていたが…


「な、なんだ一体!いきなり誰が


 一方レイジは突然の出来事にうろたえまくり。慌てて辺りを見回すがこちらも行動は続かなかった。彼の頭もまた狙撃され、強制ログアウトをされたからだ。リュウは左手側のみから銃剣を取り出し、ユズキもノートパソコンを操作。

 明らかに口封じであろう狙撃に一行は警戒するが、その後は静寂が続いた。どうやら自分達まで狙う強欲さは持ち合わせていなかったようで、リュウは警戒を解き軽く一息。


「ふぅ。聖羅、柚樹」

『うん、分かってる』

「こっちも今追ってます」


 リュウの呼びかけにユズキとインカム越しにセイラから応答。

 現実リアルなら口封じという行動が成立したかもしれないが、あくまでここは仮想世界バーチャル。誰が犯人かは調べればすぐ分かる。ユズキがノートパソコン叩き追跡を進め、リアルでもセイラが同じ事をしてくれているだろう。


「どうだ?かかりそうか?」

「いえ、多分そうかからないです。向こうは撃ったらすぐログアウトしたみたいですけど、こんなの履歴から追って…!」


 ノートパソコンを操作していたユズキの手が止まり、何かに驚いたかのような表情になる。それから少し静止するがノートパソコンを閉じると共にリュウの方を向いた。


「…すいません。やっぱりかかりそうです。俺らもログアウトしません?」

「分かった。このまま立ち話もなんだしな」


 何かに気付いたユズキを察したのか、リュウも特に何も言及せず。一行は光の粒子に包まれながらその場から消えた。





「なんか悪いな。見学にすらならなかっただろ」

「い、いえ!むしろ色々見れて勉強になったというか…てか大丈夫ですか?最後だいぶごちゃりましたけど…」



 現実世界に戻ったリュウの一言目はウラへの謝罪。だがウラ自身特に気にはしておらず、むしろ気を遣ってくれている。ご丁寧に装着していたV abysserを元の場所に戻してくれたくらいだ。


「大丈夫大丈夫。このぐらいトラブルの内に入らねぇよ。それに大事なゲストを遅くまで連れ回す訳にもいかないしな」


 そう言ってリュウは時計に注意を向けさせる。針は夕方前を指しており、それなりに時間が経っていた事を示していた。それを見たウラも“あっ”と思わず声を漏らす。


「ヤバもう帰らないと!そ、その、今日はホントにありがとうございました!」

「おう。バイトの件はまあ前向きに考えておいてくれ。後日連絡するからよ」

「は、はい!では失礼します!」


 少し慌てつつも一礼し去るウラ。セイラは笑顔で手を振り、ユズキは無意識に視線を逸らし、リュウは軽く手を挙げる。それぞれの性格が出たようなアクションをしつつ部屋を跡にしたウラを見送った。


「…さて。何を掴んだんだ柚樹?」


 ウラが居なくなったのを確認したリュウがユズキの方を向く。ストとレイジを狙撃した人物を追跡していた時に何かに気付いた彼の反応をもちろん見落とすはずもなく。だからこそリュウも調子を合わせたのだから。

 セイラも実態にたどり着けなかったようで、同じくユズキを見ている。視線を浴びたユズキは一呼吸置いた後に口を開いた。


「実はあいつらを狙撃した人なんですけど…」






 後日、学校の校舎内を歩くウラ。窓から差し込む朝日を浴びながら軽快な足取りで進む。隣ではハルが一緒に歩いており、両名ブレザー型の制服を着用している。

 二人が歩く廊下では同じようなブレザータイプの制服に身を包んだ様々な若者がおり、壁に寄りかかって談笑する女子やふざけあっている男子などがいる。そんな朝の登校風景を尻目にウラは上機嫌で喋っていた。


「…でさ~、そのリュウさんって人のバイクさばきが凄くて!ハルも見にくれば良かったのに~!」

「いや、あたしは最初から断ってたし。つかホントにそこでバイトすんの?」

「あたぼーよ!ねぇねぇハルもやっぱりこようよ~!絶対いい職場だって!」


 先日の体験を楽しそうに話すウラだが、ハルの表情は真逆と言えるくらいに暗い。ウラがリュウ達の下でバイトする事にいい気がしていないのが見て取れた。


「あたしはいいよ。やっぱり怪しいし、ウラだってどうなるか分かんないんだよ?」

「どうにもならないって!なんならハルの分も応募してあげようか?二人でやったら絶対楽しいよ。チームで組んでる時のコンビネーションを見せてやろうぜ!」


 完全に有頂天というやつか。ウラは笑いながらハルの前に出て親指を立てたが、ハルは浮かれないまま視線を逸らし小声でつぶやいた。


「…ホントにそういう所だって」


 本当に聞こえないくらいの小声だったため当然ウラには届いていない。今の含みのある言い方に気づく事はない。


「?、なんか言った?」

「別に。それよりあんたのクラスはそこでしょ」


 そうこうしているうちにウラのクラス前に着いたようで、ハルがドアを指さす。ウラ自身も“おう!”と元気のいい返事。リュウ達の下で働けるのがよほど嬉しいのかとにかくテンションが高い。


「じゃまたあとで!」


 ハルの返答も聞かずウラは教室のドアを勢いよく開ける。すでに教室にいたクラスメイトの視線を浴びながら席に着く。

 …そう、クラス中の視線を全方向から浴びながら。


「…?」


 ウラ自身もそれに気付いたのかバッグを下ろしながら周りを見る。何故かクラスの視線が自分に向いている。その表情は明るいものではなく、ひそひそと何かを話し合う者まで現れる始末。これはまるで…


「ねぇ野中さん」


 始めに声をかけたのは近くにいた女子のコンビだ。ウラは椅子に腰かけていたため見下す形になる。そう、見下す形。まるであり得ないものを見る時に向けるようなさげずんだ視線。


「野中さんってネットで会った気に入らないやつを業者?使って潰したってホント?」

「え!?」


 とんでもない発言に驚くウラ。声をかけた女子はスマホを操作しある場面を見せた。そこに映っていたのは先日のリュウ達といた場面。画像自体は間違いなくウラ達がスト達と対峙していた時だ。

 だがそれが何故業者を使って潰した、なんて噂になるのか。しかもウラの素性が割れてしまっている。

 どうしてバレた?なんでこんな形の噂になっているのか?ウラの脳内を一瞬にして様々な情報が駆けめぐる。それは混乱という形でウラの表情にも表れ、その顔は青ざめていた。クラスの者から軽蔑という視線を向けられながら。半開きのドアの隙間からハルが見ているのにも気づかないまま。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る