第11話 ヒーローになりたい・6


 たどり着いた広場ではストとレイジがマップを開きながら何やら話し込んでいた。一行は遠慮なしに目の前に立ったため、当然二人の視界に入る。


「げ、お前は」


 リュウを見るからに明らかに嫌そうな表情をするストとレイジ。失礼極まりないが、リュウは気にせず続けた。


「お疲れさん。ちょっとお二人に聞きたい事があってな。今時間いいかな?」

「悪いが今取り込み中だ。後に…げ、お前は!」


 ついさっき吐いた台詞を繰り返すスト。だがその言葉はリュウに向けられたものではなく、ウラの方を向いていた。どうやら彼らは面識があるようで。


「あれ?知り合いなん?」


 当然リュウはウラに問い、ウラは首を縦に軽く振る。


「ええまあ。大会で何回か当たりましたし」

「なんでお前がそいつらと一緒にいるんだよ。てか相方はどうした?」

「今日はちょっと別件で…この人達の手伝いをしてるんだ」


 それなりの付き合いがあるのか、リュウ達そっちのけで会話をするウラ達。さすがに状況を把握したいのでリュウが割って入った。


「大会で当たっただけな割には仲良さそうじゃん」

「別に仲良くはねぇよ。てかそいつもこっちの界隈じゃそこそこ有名だからな。やりこんでる奴は名前くらいは知ってるだろ」

「え、そうなん!?」


 まさかウラも名の知れたプレイヤーだったとは。リュウの驚きに答えるように彼女自身が話してくれた。


「って言っても県大会ベスト4までしか行った事ないすけどね」

「よく言うぜ。全国ランク50位のコンビ、ハルウララの片割れのくせしてよ」

「ハルウララ?」


 結構な腕前だったウラの実態に驚きを隠せないが、どちらかと言うとコンビ名の方に対する疑問が勝ったリュウ。つい口に出たが、すぐウラが答えてくれた。


「あたしのアバター名がウララ。で、こないだの子がコンビのハルだから二人合わせてハルウララです。ま、ぶっちゃけウマ娘のハルウララちゃんが推しだからこの名前にしたのもあるんですけどね」


 先程自分がオタクである事を語っていたウラだが、成程かなり出来上がっているらしい。少し恥ずかしそうにしているが好きな事を語れている喜びの方が大きいようだ。


「なるほどね。ちなみに俺の推しはセイウンスカイなんでよろしく」

「え!?もしかしてリュウさんも“そっち系”ですか?」

「いや~どうかなぁ。にゃはは!」


 腕を頭の後ろで組み、何かのキャラのものまねをするリュウ。オタクというのは同類が相手だと距離を縮めやすくなるものらしいが、ウラも例外ではなく。明らかにリュウに対する見方が変わっていた。


「いや絶対知ってるじゃないですか!あ、後でフレ登録してくれませんか!」

「ゲームやってるとは言ってねぇけどな。ディープインパクトが実装されるまで石貯めまくってるだけで」

「いややってるじゃないすか!でも実際ディープ実装は厳しそうすよね~。まあ実装されたら天井までブッパしますけどねもちろん!」

「「もしも~し」」


 オタク特有のテンションのブチ上がりと早口を発揮するウラ。話の脱線具合に流石にストとレイジからツッコミが入る。


「おお悪い悪い。じゃ本題に入ろうか」


 リュウの一言で話を戻す。ウラもはしゃぎ過ぎた事に今更気付いたのか、恥ずかしそうにうつ向いた。


「とある筋から情報をもらってな。お二人さんのどっちかって、彼女とかいたりしない?」


 瞬間、その場の空気が変わる。ストとレイジの視線が険しい物に変わり、明らかにバツの悪そうな感じになった。まるでウラから聞いたのを察したかのように彼女の方をにらみ付ける。ウラ自身も地雷を踏んだと察したのか、視線を逸らした。


「答える必要あるか?仮にいたとしてもあんたらに教える義理はねぇだろ」

「今はないが警察に聞かれたら答えるしかなくなるぞ。捜査はまだ続いてるんだ。仮に黙ってたのがバレたらどうなるかなぁ。取り調べに対して虚偽の報告をしたらどうなるんだっけ。えーと、公務執行妨害か?いや虚偽申告罪だったっけ?それにこのネット社会、隠してるのがバレたら超絶バッシングされるだろうな~。ま、彼女がいないならいいんだけど」


 わざとらしいリュウの態度に苛立ちを隠せないのか、ストは口調を強めて答える。


「脅してるつもりか?大体あんたらは警察じゃないだろ」

「ああ。ただ警察に協力を仰いで情報共有する事は出来る。そういう機関に所属しているもので」


 そう言ってほほ笑むリュウだが目は笑っていない。明らかに脅しなのは見て取れる。

 しばしの沈黙。重苦しい空気が続きウラは不安そうにリュウの方を見るが、ため息と共にレイジが口を開いた。


「ならこういうのはどうだ?せっかくゲームの中にいるんだ。勝負で決めるって言うのは」

「お、いいね。そういうの嫌いじゃないぜ。やっぱ撃ち合いで勝敗を競う感じ?」


 ゲーマーらしい提案に乗り気のリュウ。ストは何かを言おうとしたが、レイジは手を添えて止める。


「いや。ズーポックスの醍醐味はシューティングだけじゃない。あんたこのゲームはやった事ないっぽいし、ここはフラッグゲッターで勝負しないか?」

「フラッグゲッター?」


 当然ズーポックスをやった事のないリュウには疑問が浮かぶが、すぐ様ウラが答えてくれた。


「指定された地点に設置されたフラグ(旗)を先に取った方が勝ちなゲームです。本来はズーポックスで使えるアイテムが手に入る、いわゆるミニゲームってやつなんですけど」

「なるほど。レースみたいなもんか。いいぜ、のった」


 FPS経験のないリュウに配慮してなのかはたまた何か考えがあるのか…後者の方が可能性が高いだろうが、とにかく方針は決まった。レイジはディスプレイを操作し一行を別のマップへと移動させる。

 辺りが広々とした荒野に変わる。古びた倉庫や廃材、雑草が所々に点在する映画などでよく見る光景だ。青空には“FLAG GETTER”と書かれた英文字が動きながら映され、ミニゲームのコーナーに変わった事を知らせてくれる。


 レイジがディスプレイを操作し、一行の前に巨大なマップ出現させる。色分けされたマップのそれぞれ離れた位置に点と旗のマークが現れた。


「この点が今俺らのいる位置、そしてこの旗のマークがフラグのある場所。ルールはいたってシンプル。先にこの場所にたどり着きフラグを回収した方の勝ちだ」

「いいね。分かり易くて」

「色々準備もあるだろうからスタートは5分後にする。細かいルールはそいつから聞くといい。ま、せいぜい頑張んな」


 後はウラに振り、ストとレイジはその場を跡にした。

 とんとん拍子で話は進んだが、ウラは明らかに動揺した様子で。焦りながらリュウに声をかける。


「ちょ、ちょっと大丈夫なんすか!?確かにシンプルなミニゲームですけど、経験は明らかに向こうのほうが上っすよ!?」

「だろうな。それになんか考えがあるっぽかったし」

「ならなんで!負けたら情報が聞き出せなくなっちゃいますよ!」

「大丈夫大丈夫。負けねぇから。な?」


 そう言ってユズキの方を向くリュウ。本当に負ける気がしないのか自信たっぷりな様子で。声をかけられたユズキも特に顔色を変えずノートパソコンを開いた。


「ですね。こっちはこっちで準備するんでそっちもお願いします」

「おう。てな訳でウラちゃん。動き方とかルールとか教えて」

「は、はぁ…」


 どことなく不安そうなウラだが、時間もない。お互いのチームは準備を進める。


「おい、簡単に話受けてよかったのかよ!あいつらヤバそうだぞ!」

「大丈夫だって。“勝てば”いいんだろ?」

「!、ああ…」


 最初こそ不安そうにしていたストだが、レイジの発言で何かを察したのか怪しげな笑みを浮かべる。着々とお互いの準備が進もうとしていた…





「さて。準備はいいか?」

「ああ。いつでもいいぜ」


 指定された時間内に準備を済ませ、互いのチームが並び立つ。それぞれの代表者…ストとリュウが前に出たと同時に勝負の開始を知らせるかのように空中にディスプレイが出現し、カウントを始めた。


 3、2、1…START!


 よくあるレースゲームのようなカウントダウンが終了し、いよいよ開始。

 と同時にストの後方から大型のバイクが光に包まれながら出現。それに飛び乗る形でストはまたがり、アクセルを踏み込んだ。


「はっはっはぁ!お先~~~!」


 豪快なエンジン音や砂埃と共にストは爆走。その姿と笑い声はどんどん遠くなっていく。


「ああっ!ズルい!」

「ズルくはねぇだろ。乗り物は禁止されてないぜ。ちゃんと教えなかったんですかベテランさ~ん?」


 ウラの言葉を嘲笑うレイジ。ルールは教えたが、ここまで細かい部分は説明しきれていない。


「す、すみません!あんなの持ってるとは思わなくて…」


 うろたえるウラだが、リュウは特に動揺など見せておらず。


「気にすんな。そういうのなら俺も持ってる」


 そう言ってディスプレイを開くリュウ。少しして赤い円陣からバイクが現れた。彼が仮想世界バーチャルでいつも乗っている愛車だ。


「な…」

「おお…」


 驚くレイジとウラだが、抱いている感情は真逆のそれだろう。アクセルをふかしリュウも続く。車体の前方を浮かせながらスタートし、ストの走った跡をそのまま追って行った。


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