第10話 ヒーローになりたい・5
「時間って大丈夫?ちょっと協力して欲しいんだけど」
そう言ったリュウの表情、雰囲気は変わらなかったが目元は笑っていない。ウラは壁掛け時計の方を見る。
時間は夕方前。元々面接にあてるために予定を組んでいたので余裕はある。ウラは口元に手を寄せ少し考えた後にリュウの方に向き直す。
「1~2時間なら…」
「充分。まだ正式に仮定員になった訳じゃないからV gazerは使えないけどまあ大丈夫だろ。ベッドはセイラの貸していいか?」
「いいよ。そうと決まったら準備するね」
セイラが隣室のドアを開け、チラリと見えるベッドが露わになる。三つ並んだそれに向かいあった位置にある大型のデスクトップパソコン…普段リュウ達が仕事をする際に集まる部屋だ。
今までの生活感のある部屋とはうって変わって、いかにも
そして一通り部屋を見回した後にユズキを一望。そういえばこの部屋に隠れていた。セイラが準備を始めたと同時にデスクトップパソコンをいじり始めていたが…
「あ、柚樹は今回も
「えぇ~~~!?!?」
「当たり前だろ。万が一の時誰がウラちゃんを守るんだよ」
ユズキの眉間にはシワが寄っており本当に嫌そうで。一瞬だけウラの方を見た。
チラリと見られただけとはいえ完全に睨まれた形にはなったが、ウラの中では失礼に対する怒りというより困惑の方が大きかった。人によってはキレだす態度なのかもしれないが、あくまで平穏を選ぶ。
「よ、よろしく」
手を指し伸ばす挨拶の表し。表情は固いままだが。一方ユズキはまたチラリとウラを見るがすぐに自分のベッドでダイブの準備を始めてしまう。それを見たリュウはユズキを引っ張りウラと無理矢理握手させた。
「はい、よろしくよろしく!」
繋がせた手を大きく振る。笑顔でユズキとウラを交互に見るその様はこれまた無理矢理だ。
「これから同じチームでやってく事になるかもなんだから、頼むぜ先輩」
普通なら説教する人もいる所だが、あくまでリュウは二人を見るだけ。セイラもユズキの代わりにパソコンをセッティングするだけで特に言及はしない。
リュウ達なりの気遣いにユズキはようやくウラと目線を合わせた。すぐにそらしてしまったが、ウラの困惑を消すには充分だった。
「よろしくね!」
「よ、よろしく…」
リュウが離れた後に改めて繋いだ手を振るウラ。その顔は少し和らいで笑みが垣間見えた。
ウラが横たわったベッドには予備のV abysserが備え付けられた。仮定員でなければV gazerは扱えないため、一旦の処置だ。その両隣にリュウとユズキがスタンバイし、セイラがサポートのためパソコン前に陣取る。
「それじゃみんな、気を付けて」
準備は万端。三人は目を閉じ、
ズーポックスのフィールド内を歩く三人。リュウとユズキはいつものアバター、ウラも会った時に使用していたこのゲーム用のアバター姿だ。
「それで、あたしに手伝ってもらう事って…」
「ああ、手伝うって言ってもそんなに身構えなくてもいいよ」
街中の商店が立ち並ぶ通りを進みながらふとウラが口を開く。リュウは視線を前方に向けたまま答えた。ユズキはずっと画面で何やら操作しているため反応はしてくれなさそうだ。
「このゲームに関してはウラちゃんの方が詳しそうだったからな。細かい仕様について聞いたりとか、知り合いがいたら聞き込みの仲介役になってもらったりとかそんな感じ」
左右に構える商店では武器や防具を売る商人や品定めをするプレイヤーがおり、リュウ達が話している間にも数人とすれ違った。人通りはそこそこと言った所だが要はそういう“他人”との間の潤滑油になってほしいらしい。
「状況によるが、一般の人に協力してもらう事例は結構あるんだよ。
「まあそれだけ俺ら側の人手不足が深刻って事ですけどね」
「揚げ足取りの時だけ会話に入りやがってよー。割り込みリプするツイッタラーかおめぇは」
余計な一言を発したユズキの方を向き歯を思いっきり見せて威嚇するリュウ。当の本人は画面をイジリ続けており無反応だったが。
「それにしてもお二人って仲いいんですね。付き合い長いんですか?」
「まあな。実はデキてる」
「え、マジですか!?!?」
「ちょ、その手のネタはマズイですよ!ガチだと思われたらどうするんですか!」
「なんだ、ネタだったんですね…」
いたずらな笑みを浮かべるリュウに焦るユズキ。ウラは頬を赤らめて興奮するがユズキのツッコミにあからさまな落胆。そんな一喜一憂を見たリュウの興味はウラの方に向いたようで。
「お、もしかしてそういうのお好きなクチ?」
「はい!ていうか、あたしオタクなんでアニメとか特撮とか好きで…あ、すいません。急に自分の話で」
うつ向くウラだが、リュウは特に気にしておらず笑みを崩さない。
「いいよ聞かせてくれ。面接の延長って事で。まだ時間かかりそうだし」
そう言ってリュウはユズキに目配せ。どうやらユズキが先程からしている何かが関係あるようだが、ウラには知る由もないため続けた。
「…あたし、ヒーローになりたいんです」
うつ向いたままだが、口調が今までよりしっかりしている。意思の強さを感じ取る事ができた。
「さっき言ったようにあたしってオタクで。特にヒーローものが好きなんです。悪い奴をバンバンやっつける姿が凄いカッコよくて。いつかあたしもそんな風になれたらなぁ…って。元々バーチャルゲームにハマったのも違う自分になって少しでも理想の自分に近づきたいって思ったからなんです」
言葉が止まり、少し溜めに入るウラ。握り拳に力が入ってたように見えたのは気のせいか。
「でも実際やってみるとやっぱりゲームだったって言うか…チーターとか見ても止めに入る勇気がなくて。結局あたしもただのプレイヤーでしかないのかなぁ、って思ってたんです。でもそんな時にリュウさん達を見かけたんです」
足取りが止まり、リュウ達の方を見るウラ。自分の今までを振り返りながら回想しているのだろう。そんなウラの感情が読み取れた。
「あの二人って性格は悪いけど腕は立つって有名なんです。それをあんな簡単に黙らせちゃうなんて…驚いたと同時にシビレちゃって。そういう正義の味方みたいな仕事があるなら、あたしもやってみたいなぁって。そう思って応募したんです」
あの二人というのはストとレイジの事だろう。リュウ達にはV gazerの恩恵があるとは言え、ウラには鮮明に映ったらしい。
「なるほどね。まあ見学がてらよく見とくといい。“正義の味方”とやらの仕事がどういうもんかをな」
そう言ったリュウの発言には何か含みがあるようにも見えたが、ウラは特に気に留めず。そんな折リュウとユズキのインカムが点滅した。
『その有名なお二人だけど、ちょうどログインしてるみたい。接触するチャンスじゃない?』
「こっちも捕捉しました。すぐ向かいます?」
セイラからの通信。
「当然。それじゃウラちゃん。しっかり着いて来るように」
「は、はい!」
リュウの呼び声に思わず敬礼で返すウラ。一行は再び歩みを進めた。
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