第9話 ヒーローになりたい・4

 金髪の少女は確かにそう言った。だがバイトを募集しているのはまだ公にしていないはず。ユズキは純粋な疑問をぶつけてみる。


「確かに募集してますけど…どうやって知ったんですか?」

「え、いや…思いっきり告知してますよね?」


 そう言って少女はユズキを指さす。さされた本人はピンと来ていなかったが、少女がジェスチャーで背中に注目するよう指さしの方向を変える。ユズキが試しに背中に手を伸ばすと、全ての疑問が一気に解消された。

 バイト募集は公になっていた。背中からはがした紙には"アルバイト募集中”と書かれており、リュウの職務用スマホの連絡先が載っていた。しかも紙は結構デカくユズキの背中を覆う程の大きさだったのだ。


「な、なんじゃこりゃああぁぁぁ!!!」


 叫びをあげるのも無理はない。少なくともずっとバイト募集の紙が自分の背中にビッタリ付いていたのだ。こんな事をするのは一人しかいない…ユズキは思いっきりリュウをにらみ付けた。


「いつからですか!」

「ようやく気付いたのかよ。このゲームに来てからずっと貼ってたぞ」


 ユズキは自身の行動を思い返してみる。そういえばこのゲームにダイブした時にリュウから肩に手を回されたのを思い出す。


「あの時か~~~!!!」


 露骨にスキンシップをしてきたのはそのためか。ユズキは大きくうなだれた。大々的過ぎる方法をとった張本人は笑っていたが。


「ま、こうして応募しに来てくれた奴がいたんだし、結果オーライだな。ご苦労柚樹君!なははっ!」

「あ、あの~…」


 二人のやり取りを見て困惑している少女。初対面でこんな漫才を見せられればそうなる。リュウは表情を戻し少女に向き直った。


「悪い悪い。で、バイト応募したいんだよな?えーと…」

「ウラです。アバター名はウララですけど、応募したら本名割れるし呼び方はどっちでもいいです」


 リュウのどもり方から察したのか、ウラが名前を教えてくれる。ユズキと違って本名で呼ばれるのにあまり抵抗はないらしい。


「じゃあお言葉に甘えて、ウラちゃんね。さっそく面接の日程を…」

「ちょっと!」


 話を進めようとした所にどこからともなく声が。気づいた頃にはウラのそばに駆け寄る少女がいた。ウラと同じくらいの歳だろうか。黒いショートヘアに戦闘服、背中にはスナイパーライフルを背負っている。これまた華奢な体格にはあり余る物だ。


「あ、ハル。ようやく追いついたんだ」

「あんたが先走り過ぎなのよ。ねぇ、やっぱり怪しいよこの人達。ホントに応募すんの?」


 見た感じウラの知り合いらしい。リュウ達に対してはだいぶ懐疑的ではあるが。


「てゆうかもうしちゃったし。こういうのは決断が大事なんよ!」

「はあ!?あの!あなたたち怪しい人じゃないですよね?」


 ハルと呼ばれた少女は険しい顔をリュウ達に向ける。どうやらバイトの応募を即決したウラに対しハルがそれを止めるために追いかけてきた構図らしい。


「失礼な!俺たちはれっきとした政府の組織GCSOに所属する仮定員ですよ!」

「聞いた事ないんですけど!?」


 紙を完全に処分したユズキが胸を張るが、相変わらずGCSOの認知度は低い。やり取りを見たリュウが場を収めるため画面を開く。


「いちいち説明すんのも面倒になってきたな。ウラちゃん」

「は、はい!」

「どうせ応募するなら俺らの事を調べてみてくれ。怪しい者じゃないって分かるからさ。これ、俺の連絡先。気持ちが変わらないようなら改めて連絡くれ」


 リュウがディスプレイを操作しウラに先程の紙に書いていた連絡先を転送する。通知音が鳴り、ウラ側の画面にもしっかりと届いた。


「ちょっと!勝手に話を進めないでよ!」

「まあまあ。バイトするって決めたのはあたしなんだし。この人達が怪しい人じゃなければ大丈夫でしょ?」

「はぁ、ったく…」


 未だに納得のいかないハルだが、ウラの勢いに圧されて黙り込んでしまった。リュウはそんな二人を背に歩き出し、ユズキも急いで付いていく。ウラは気持ちが変わらなさそうで、笑みを浮かべながらリュウの連絡先を見る…ハルに冷たい視線を向けられているのに気づかないまま。





 後日、現実リアルにてウラはある場所に向かっていた。仮想世界バーチャルの派手な風貌とは違い瞳は濃い茶色で同色の髪も首のつけ根辺りまで伸びている。学校の制服に身を包み、向かう先はマンション街の一角…リュウが指定した面接場所だ。

 あれからハルの反対もあったが、ウラはバイト応募の話を進める方向で動いていた。集合住宅が立ち並ぶ中、一際大きな城のようなそれが視界に入る。明らかに富裕層が住んでいそうな趣にウラはスマホの画面を再確認するが、間違いはない。自動ドアを抜け、見えてくるのはこれまた広いロビー。観葉植物やソファーが設置されており、セレブな雰囲気に飲まれそうになる。

 だが怖気づいた訳ではない。ふぅ、と息を吐きインターホンのボタンを押す。ピンポーンと聞き慣れた音の後に先日聞いた声が。


「待ってたよ。エレベーターで上がって左に曲がればすぐだから」


 自動ドアを抜け、エレベーターで上がって進むと‘Tazaki’と書かれた表札が。意を決しドアインターホンを鳴らす。


「開いてるからどうぞ」


 気軽に言ってくれるが、こういうのは受ける側は緊張するものだ。ウラは本日二度目の大きな息を吐き、ゆっくりとドアを開けた。


「ようこそ。いきなりで悪いんだけど、まずは手洗いお願いね。ウチ、シェアハウス兼仕事場になってるから」


 出迎えてくれたのは黒髪の女性、セイラだった。ワンピースタイプの服に薄緑色のカーディガンを羽織っている。

 自宅と仕事場の兼用…どうりで指定された場所がマンションの一室な訳だ。言われるがままにウラは洗面所にて手を洗い、セイラに先導される。


 ようやくたどり着いたリビングにその者はいた。大きなテーブルにパソコンや書類を広げて座っている。アバターと見た目は違ったが、面接をするぞと今か今かと待ち構えている感じから察するにこの人がリュウなんだろう…ウラは察知し軽く頭を下げた。


「きょ、今日はよろしくお願いします!」

「おう、よろしく。そんなに緊張せんでもいいよ。ほぼほぼ採用みたいなもんだし。今日は君の事を色々と聞いておくぐらいな感じだからさ」

「え?」


 どうぞ座ってくれとハンドジェスチャーをするリュウを見て、ウラは対面する形で腰かける。緊張が止まらないウラが逆に浮くぐらいリュウはリラックスしている。服装も赤いTシャツにデニムと思いっきり私服だ。


「コーヒー飲める?」

「あ、砂糖入ってるなら…」


 リュウに履歴書を渡した所でセイラが話しかけてきた。面接とは名ばかりというか、まるで知人の家にでもお邪魔しただけのようだ。想像とは違ったゆるい感じにウラの感情は緊張から戸惑いへと変わっていた。

 ふと周りを見渡す。本当に仕事場と言うより質の良いマンションの一室と言った所だ。リュウが履歴書を読んでいるテーブルの奥にはもう一室あり、これまた大きなソファーにテーブル、テレビがある。

 後ろではカウンターから覗くキッチンでセイラがコーヒーを淹れている。よくドラマで見る‘いいお部屋,そのものだ。リビングの隣の部屋が閉め切られているのが気になったが、リュウが履歴書を見終わったようなので視線を戻す。


「そういや自己紹介がまだだったな。俺は田崎龍之介たざき りゅうのすけ。こないだ会ったコート姿のアバターの本体だ。よろしく」

「リュウさん、ですよね?改めて、野中浦のなか うらです。よろしくお願いします」


 お辞儀の後にウラが名刺を受け取る。と同時にコーヒーがテーブルに置かれた。リュウの方はカップのみだが、こちらには要望通り砂糖も添えてくれている。


「で、こっちは柏聖羅かしわ せいら。同居人兼仕事仲間だ」

「よろしく。アバターの名前でセラって呼ぶ人もいるけど、好きな方で構わないから」


 にっこりとほほ笑むセイラ。さりげなく言ったが、彼女にもアバターがあるらしい。まあ仕事仲間と言っていたし当然か。


「で、もう一人いるんだが…」


 リュウが目を細めて視線を逸らす。その先は閉まっていた隣の部屋だが…

 いや、少し開いていた。スライド式のドアの先からこちらを覗く視線が一つ。


「そこでビクビクしてるコミュ障が杉浦柚樹すぎうら ゆずき。おーい、失礼だからちゃんと挨拶するか扉閉め切るかどっちかにしろよ」


 そう言われた後に少ししてドアが開き、ユズキが姿を表す。が、ウラと目線を合わせようとはせずもじもじしている。リュウにコミュ障と言われていたがその通りなのだろう。


「よ、よろしく…」


 一言だけ言ってユズキは扉を閉め切ってしまった。これには思わずリュウも苦笑い。


「リアルだと慣れない相手にはあんな感じなんだ。悪いな。でもまあ、優秀な奴ではあるから仲良くしてやってくれ。ちなみになんだけど、他の会社とかはこんなに緩くないから気を付けてな」


 セラが持ってきたコーヒーをすすり、真っすぐウラに向き直るリュウ。いよいよ面接開始と言った所か。ウラは座り直し身を引き締めるのだが…


「通ってる学校ってハマニシじゃん。ここから遠いけど大丈夫なん?」

「はい、電車なら一時間もかかりませんし」

「他に質問ある?」

「え!?んーと、今の所は働いてみないと何とも…」

「そっか。なら働いてみるか」

「えっ!?!?」


 あまりにも急な展開にウラは驚きを隠せない。リュウは対照的にまったりとしており、顔色一つ変えていない。履歴書をファイルにしまいながら言った。


「ほぼ採用って言っただろ?それとも気持ち変わっちゃったか?」

「そういう訳じゃないですけど、急っていうか…」


 リュウ自身に悪気はなさそうだが、ウラは完全に上がってしまっておりうつ向いてしまった。それを見たセラは軽く息を吐き…


「確かに急かもね。見学してからでもいいんじゃない?ウラちゃん、アバター持ってたよね?」

「あ、はい!」


 助け舟を出す。ウラは少し荷が降りたようで、表情が和らいだ。


「急に話を進め過ぎてもこっちが大変になりますよ。まだ事件の捜査中なんだし」


 ふすまが少し開き、間からユズキが覗く。ウラが振り向くと同時にドアの影に隠れてはしまうのだが。


「もしかして大事な仕事の途中でしたか?」

「いや気にすんな。大事な仕事ってんなら、人員の確保も立派なそれだ。あ、ちなみになんだけど」


 発言の途中で何かに気付いたのか、リュウは人差し指を立てる。


「ウラちゃん、ズーポックスの中にいたって事は普通に遊んでるんだよな?チームJOEって知ってる?」

「はい、色々と有名ですからねあのチーム。もしかして皆さんが捜査されてるのって、メンバーが殺された件ですか?」


 その発言にリュウ達の顔色が変わる。ユズキがドアから身を乗り出すくらいには驚愕だったようで。


「それ、どっから聞いた?」


 食い入るように聞いてきたリュウに少し驚きながらもウラが続ける。この情報はまだマスコミから発表されてないはずであり、一プレイヤーのウラが何故知っているのか。


「ズーポックスの中では噂になってますよ。チーム内でのトラブルとか、メンバーの彼女を誰かが寝取ったとか」

「彼女!?あのチーム彼女持ちがいたのか?」

「はい、一部のプレイヤーにはよく知られた話ですけど…」


 警察からの情報ではそんな話は一切なかった。現代のネット社会、ある意味仮想世界の方がより深い事情に精通しているのかもしれない。


「ウラちゃん、もしかしたら見学以上の事をしてもらうかもしれない」


 首をかしげるウラだが、リュウの口元には笑みがこぼれていた。

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