第5話 仮初の守護者・5

 「…ぶはあっ!」


 自室のベッドの上で男は目覚めた。一人暮らし用のアパートの一角…広くも狭くもない部屋には空き缶やお菓子の袋などが散らばっており、決して綺麗とは言えない。男は今まで自身と仮想世界バーチャルを繋げていた端末V abysserを外しベッドから降りた。


「あの野郎…こうなったらアンチスレ立ててネガキャンしまくってやr…!?」


 リュウにコテンパンにやられたのが相当腹が立ったのか、怒りの形相でパソコンに手を伸ばそうとするのだが、突如視界が歪んだ。

 頭がどこかに浮いたような感覚になり上手く立てない。男はふらついて膝を付いた。感覚が覚束ないため勝手にドアを開けられたのに気付かなかったのか、いつの間にか目の前に数人の人がいた。


 何とか焦点を合わせると鍵を持っていたアパートの大家にスーツ姿の男が二人。更に中央に同じくフォーマルスタイルに身を包んだ女性がいた。おでこが半分くらい見えるように分けられた前髪とその下部にある眼鏡が特徴的なショートヘアの女性。女性は男の前に腰かけ…


「アバター名シブター、本名 渋井拓しぶいたくさんですね。あなたに仮想電脳法違反による多数の嫌疑がかかっているため、身柄を拘束します」


 そう告げるとスーツ姿の男たちに合図を送る。男達はそれぞれ渋井拓の両肩をかつぎ無理矢理立ち上がらせた。


「は?ほまえらにゃんのマネでdんjvdkfljkfbk…」


 呂律の回らないまま抵抗する素振りすら見せず…いや、出来ない状態なのだろう。渋井拓はそのまま男達に連行されて行った。





「…分かった。じゃあ後はよろしく」


 仮想世界バーチャル内にて。通信を終えたリュウはヒトとフタの方を向き口角を上げる。


「もう大丈夫だ。奴は多分アカウントの永久停止の措置なりされるだろうから、今後現れる事はないと思うぜ」

「ホントですか!?!?やったぁ!」

「何から何まで…本当にありがとうございました」

「いいっていいって。これが仕事だからさ」


 ヒトが両手を挙げて喜び、フタは深々とお辞儀。リュウは感謝されるも特に表情は変えず右手を軽く挙げた。


「それより、出来ればたまにでいいから俺らの事を友達とかに話してくれな。知ってもらう事が抑止力に繋がるからさ」


 よほど気にしていたのか組織の認知について釘を刺され、ヒトとフタは苦笑い。リュウはそんな二人を見据えながらバイクに乗る。


「じゃ、ご協力ありがとうございました。よい仮想世界バーチャルライフを」


 アクセルをふかし、軽快なエンジン音と共にその場から去る。ヒトとフタは笑顔でその後ろ姿を見送った。






 淡く発光していたV gazerのフェイス部分が元の暗めの色のカバーに戻り、リュウは被っていたそれを外す。

 現実世界リアルのリュウの自室。リュウ自身が横たわっていたベッドの他にあと二つ同じ物が並んでおり、それぞれにV gazerとその周辺機器が備え付けられている。部屋はそれなりの広さがあるが家具は最低限しか置かれておらず、代わりに近くに大きめのデスクトップパソコンが。机を覆うように様々な機材が並んでおり、その席に一人の青年が座っていた。


「お疲れ様でした」

「おう。いや~今日も働いたわ」

「まだ報告とかあるんじゃないんですか?終わった気になるの早いですよ」

「いいじゃん別に。達成感を自分に言い聞かせてるんだよ」


 リュウと話していた青年は左耳にかけていたインカムを外しながら軽く息を吐く。中性的な顔立ちの十代くらいの若者で声も高めだ。首にかかる黒髪はさらさらで薄めの瞳もパッチリと開いている。一見女と言われても違和感のない見た目だ。


「それより柚樹。喉乾いたしなんか飲み物淹れてきて」

「ああ、それなら…」


 リュウのリクエストにユズキと呼ばれた中性的な青年はドアの方を向く。ちょうどタイミングを見計らったと言わんばかりにドアが開き、一人の女性が入ってきた。


「そう言うと思って、コーヒー淹れてきたよ。柚樹の分も」

「サンキュー聖羅。気が利くね~」


 セイラと呼ばれた一人の女性。背中を半分くらい覆う黒髪に明るめの瞳。ワンピースタイプの服に身を包んだ彼女はプレートを持っており、二つのコップが乗せられていた。アイスコーヒーと氷が入ったそれには結露が出来ておりとても冷たそうだ。

 セイラが淹れてきたコーヒーをリュウは受け取るが、ユズキは片手を上げて拒否。特に嫌がっている素振りなどは見せていないのだが…


「すみません、リビングで飲みます。こいつにかかるといけないから」


 そう言ってパソコンの方を指す。確かにこういった電子機器は水をかぶるといけない。

 当たり前の事だが…リュウは何かを思い付いたかのようにニヤリと笑う。


「そうなんだ!?どれどれ…」


 立ち上がりわざとらしくパソコンに向けてコップを傾けた。


「ちょ!笑えない冗談ですって!」


 ユズキは慌ててリュウに詰め寄るが、思いのほか勢いよくぶつかったため、コップの中のコーヒーが結構溢れてしまう。それは思いっきりユズキの着ていたシャツにかかり…


「つめたあっ!」


 七分丈のシャツを茶色に染める。ユズキは慌てリュウは予想外の被害に驚き、セイラはふきんを手に駆け寄る。


「大丈夫!?ほらシミになるからすぐ脱いで。洗濯しないと」

「いや~すまんすまん!結構ガチで止めにきたからこっちがビビったわ。おわびに今日の晩飯はお前の好きなのにするから。何がいい?」


 まるで反省の色を見せないリュウだが多少贖罪の気持ちはあるようで。ユズキはセイラに連れられながら部屋の出口で立ち止まり…


「オムライスを所望します。卵に砂糖たっぷり入れてください」


 涙目になりがらもしっかりリクエスト。リュウはそれを聞いて軽く笑みを浮かべた。


「相変わらず子供舌か」





 GCSOの支所に向かうためリュウはマンションを跡にする。停めていた赤い塗装が光るバイクにまたがり、ヘルメットをかぶる。流石に現実世界リアルなのでバイクのデザインは無難であるし、頭を丸出しにする訳にもいかない。


「残務処理が終わったら材料買いに行かないとな。ええと、卵とケチャップはあるから…」


 アクセルを踏み、そこそこ車の通りがある公道をひた走る。空には綺麗なオレンジの夕焼けが煌めいていた。

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