第3話 仮初の守護者・3

 数日後、ヒトとフタはある場所を目指して歩いていた。仮想世界バーチャルではない、現実世界リアルの道だ。当然ファンタジーな装備には身を包まず、年相応の見た目や服装をしている。

 スマホの地図を片手に道路沿いの街並みを進む。しばらく歩くと白い外観の大きな建物が見えてきた。建物手前に設置された大きな案内版には


 政府電脳安定機構 神奈川支所

 Government

 Cyber

 Stable

 Organization


 の文字が。どうやらここで合っているようだ。


 あの後二人はリュウの勧めによりこの場を訪れるよう取り付けていた。偶然住所がそう遠くない場所にあったため、直接手続きをした方が早いとの事なのだ。

 自動ドアを抜けた先には役所のような風景が広がっていた。対面式の机で話す担当と思われる者とやり取りする一般の人、その奥でデスクワークに勤しんでいる者、ソファで順番を待っていると思われる者…変わった名前の組織の割にはこれと言って特出した部分はない。


「本日は何のご用でしょうか?」


 そんな光景を眺めているとふと声をかけられた。総合案内と書かれたスペースに受付嬢と思われる女性が立っていた。


「あ、あの~、リュウさんって人に呼ばれて来たんですけど…」

「もう、それじゃ分かんないでしょ。すいません、担当の田崎さんはいらっしゃいますか?」


 緊張していたのか抽象的な事しか言えなかったヒトに対しフタが落ち着いて対応。田崎という名前にピンときたのか受付嬢が何かを言おうとした時


「もしかして、俺に何かご用?」

「あ、田崎さん」


 受付嬢が向いた先から一人の男性が歩いてきていた。バーチャルで会った時とはさすがに髪や瞳の色や服装は変わっていたが全体的に面影がある。二人は一目でその人がリュウだと分かった。


「あの…ヒトとフタです。先日はどうも…」

「ああ、待ってたよ。ようこそ。立ち話もなんだし、こちらへどうぞ」


 名前を聞いてすぐに例の二人だと判断したリュウは通路先の部屋へ案内を始める。

 着いた先は簡素なオフィスと言った部屋。テーブルが数台によく見るタイプの椅子、近くにはコーヒーメーカーがある。広い訳ではないが三人で話をするには充分なスペースだ。


「適当に腰かけてくれ。あ、コーヒー飲める?」

「いえ、お気遣いなk

「砂糖とミルクたっぷりでお願いします!」

「ちょっとヒト!」

「大丈夫だよ。フタちゃんは?」

「あ、じゃあ砂糖入れてもらって…」


 遠慮のないヒトにツッコもうとするフタだがリュウは特に気に留めておらず要望通りにコーヒーを淹れ、座った二人に差し出す。少し落ち着いた後にリュウは手元にあった書類やらタブレットを広げだした。


「あ、一応自己紹介。わたくし、GCSO仮定員かていいんの田崎と申します」


 リュウは名刺を二人に渡す。それには先日のゲーム内で見せていたロゴと


 GCSO神奈川支所 仮想世界安定員 田崎たざき 龍之介りゅうのすけ


 と書かれた名前が。アバターのリュウという名前は自身の名前を元にしているのだろうか。


「さて、では本題に入りますか。二人だけって事は同意書を持ってきてくれた感じかな?」

「はい、これですよね?」


 二人が差し出した書類に目を通し、リュウはそれをファイルの中にしまう。


「確かに。いや~悪いね。未成年だけじゃ捜査協力には保護者が同伴か今みたいに同意書が必要でな。しかもアナログ。こういう所は未だにペーパーレスやオンラインで出来ねーの不便だよな」

「あ、あの…捜査に協力って、具体的にどうすれば…」

「そうそう!訳わかんないままここに来ちゃったけど、おじさんって一体何者なんですか!?」

「ちょっとヒト!」

「気にすんな。と言いたい所だけど、まだ28だぞ俺」

「すみません…」


 やはり遠慮なしな態度のヒトにブレーキ役なフタ。まるで真逆の性格だ。リュウはヒトの発言にツッコミを入れるが、別に怒っている訳ではない。フタの謝罪にもいいよいいよと笑顔で返す。


「ま、せっかくだし一から説明した方がいいか。ちょっと宣伝になっちゃうけどまあ聞いてってくれ」


 そう言ってリュウはタブレットの画面を操作し、カメラ部分を通じて立体映像を出現させる。VR技術の発達した今日ではよくみる光景だ。


『VR技術の発達により人類はついに仮想現実バーチャルへのフルダイブを実現。数年かけてそれは人々の生活に徐々に浸透し、今では自動車並みになくてはならない物にまで昇華…凄まじい発展速度により人類の叡智の象徴となりました』


 電子音による案内と共に立体映像には授業のビデオ映像でよく見るような人々の営みが映し出される。唯一違うのはヘルメットのような端末を被る人がいたりする所か。


『現実ではなしえなかった事も、まるで現実にいるかのように体験できる…仮想世界バーチャル浸透端末'V abysser′(ブイ アビサー)によって人類は新たなる時代へと突入したのです』


 銀色のヘルメット型端末の紹介と人々の笑顔で映像は締められる。が、リュウはタブレットを操作し違う映像を流し出した。


「でもそれは表の顔。現実のように世界が発達したって事は、

「それって、どういう…」

「君らも被害に遭ったろ?チーターや一部心無い人による犯罪行為…VRが発達する前からネットには色んな問題があった」


 映像にはゲーム内で暴れまわる連中やふさぎ込む人の姿が。先ほどとは打って変わった暗いものが続く。


仮想世界バーチャルで自由に動けるようになった分、犯罪もまた現実のように多様化した。各ゲームの運営の努力も虚しく誹謗中傷は過激さを増しゲーム内でのセクハラや暴力行為、はたまたいざこざから現実での殺人にまで発展する有り様…ろくにルールや制限を課さないまま発達したバーチャルは無法地帯になり果てた。君達みたいに何も知らない人々を巻き込みながらな」


 背筋のゾワっとする話にヒトとフタは表情を強張らせるが、リュウは映像を切り替えながら続ける。次に映ったのは国会で話す議員やバーチャルで暴れる者を取り押さえる者達だ。


「マスコミにまで取り上げられ、重い腰を上げた政府はようやく対策に乗り出した。多様化し過ぎた犯罪に対応するためサイバーセキュリティ対策本部を前身とした新たな組織を設立したって訳だ」

「それがまさか…」


 フタの発言にリュウはうなずく。


「ああ。それがGCSO(政府電脳安定機構)。総務省直轄の電脳犯罪対策機関だ。俺はそこに所属する仮想世界安定員かそうせかいあんていいん…略して仮定員かていいんって呼ばれてるけどな」

「じゃあリュウさんはそのかてーいん?って人で悪い奴らを退治してくれる、って事ですか?」

「それだけが仕事じゃないけどな。主に行うのが仮想世界バーチャルに直接赴いて治安維持に勤める実働業務ってだけで」

「なるほど!じゃあリュウさんは仮想世界バーチャルの警察官、ってわけですね!」

「まあそんなもんだと思ってもらっていいよ。逮捕権持ってる訳じゃないし、立場状は普通の公務員だけどな」


 とりあえず何となく理解した風のヒトにリュウは苦笑いするが、間違ってはいないため特に訂正はしなかった。一方フタの方は冷静に話を聞いていて。


「…それでリュウさんはあのチーター達を追い払ってくれたんですね。でもバーチャルで退治した所でまた同じ事をするんじゃ」

「お、着眼点いいね。でもそれは大丈夫」


 リュウは更にタブレットを操作。すると先程映った一般の人が被っていた端末とは別の物が現れた。

 ヒトやフタ等が使用している一般的なV abysserとは違った形。シャープなシルエットに顔部分には半透明のバイザー、耳や頭頂部分に排気口やラインなどが入っている。


「V gazer(ブイ ゲイザー)。仮定員とその協力機関に所属する者だけが使用出来る、V abysserの改良型。通常の人よりもバーチャルに代物だ。これにより通常のそれとは段違いの性能を発揮。さらにこれを装着してダイブした者に倒された奴はそいつのV abysserを通じて電気信号を送られ、一種のになる。で、ふらふらになっている間に身柄を確保して関係各所に引き渡すって訳だ」


 リュウの説明から察するに倒された奴はどうやら身柄を確保されたらしい。フタが安堵する中


「あいつらチーターでヤバかったけど、どおりでリュウさんが一方的にボコれたんですね!政府のアイテムヤバすぎ!」


 ヒトは目を輝かせ、説明の別の部分に感心していた。リュウは軽い笑みで返す。


「とは言えちゃんと訓練しないと扱えないけどな。さて」


 立体映像を閉じ、いよいよ本題と言った所か。リュウはタブレットの画面が自分にだけ見えるよう位置を直す。


「同意書ももらった事だし、後は前に逃がした奴を捕らえるだけだ」

「でも政府の人ならすぐに捕まえられないんですか?」

「そうしたいのは山々なんだけどな。相手方の素性も割れてるし」


 フタが冷静に話を聞けているおかげか、疑問になる部分をすぐに聞いてくる。リュウは腕を組み苦笑い。


「言ったろ?って」


 その笑顔はどことなく何かを企んでいるように見えたのは気のせいだろうか。

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