八品目 レゴブロックの縁

 いつも何かに攻め立てられているような、そう言った切迫観念にとらわれていた。死を恐れていたのかもしれないし、或いは生きることから逃げていただけかもしれない。

 そうであるのに、俺は未だに生きようとしている。生き永らえようとしている。


「道を開け——黄泉の扉よ開け——世界の理を、我が前に示せ――」

 



        そしてまた、俺は転生を行った。




「……ふぅ、今度はゆっくりしよう……」

 正直都会(まち)での暮らしは疲れた。人間関係とか、国を、世界をどうにかしてくれ、とか。巻き込まれたくなくてひっそりと暮らしてきたのに、どの世界でも必ず、何かしらの関係性に巻き込まれていく。転生する世界を間違えると「この世界の存亡をどうにかしてほしい」と泣きつかれる始末だ。

 知ったこっちゃない。俺はある意味部外者だし、呼ばれて行ったわけじゃなくて、好きで転生して、出てきた先がたまたまそうだったってだけで頼まれる筋合いはない。

 一転、ここはのどかだし静かで、ちょうどいいかもしれない。転生先は元よりどこに行くかは直前まで、特別決めてはいない。単純に未来であってもいいし、別次元であってもいい。いわゆる異世界と呼ぶものであっても、だ。

 その世界の空気感や言語に戸惑うのは一瞬だ。すぐに身体や意識に「なじんで」きて、(比喩的に言えば、瞬きを数回したなとぼんやり思っている頃には)その頃にはもう「元からその世界にいて産まれては死んでいく人間たち」と同じになる。


 俺は一つ欠伸をして、芝生の上に横になる。もうこの瞬間にはここはもう、この世界は、俺の庭みたいなもんだ。

 どこまでも草原が広がる、山を切り拓いたような土地に作られた村。俺は今、その村で住みついているホームレス、ということになっているらしい。転生を繰り返してる俺にとってはおあつらえ向きかもしれない。

(コツッ)

「ん?」

 枕にしていた腕に、何か小石のようなものが当たった。重たい体を起こしてその原因を探すと、近くに赤いおもちゃのブロックが落ちていた。

(この世界にもレゴブロックに近似した商品なんてあるんだ……?)

 ふとそんなことを考えていると、遠くの方で女性の声がした。

「こら、ブレア! なにしてるの!」

 声のする方を見ると、茶色い髪を後ろで結わえた一人の女性が、同じく茶髪の、髪の短い子供を叱りつけている。

「あぁ、お気になさらず……子供は、小さい頃はわんぱくなくらいがちょうどいい」

 もちろん……と言うと少しおかしいかもしれないが、子育てはしたことがない。これまでの人生、転生を繰り返して人より何倍もの人生経験や記憶を有してはいるつもりだが、それでもお付き合いはおろか、子育ての経験など一ミリもない。

 そもそも、俺は人との接触は極力避けて通ってきた。他人の人生や、他人に、それ自体に興味が薄かった。面倒なものだと端から思っていた節もあった。

 今回の転生も、ほとほと嫌気がさして、逃げ出すように行ったのだ。その先でも、こうして人に関わって来られるのか……。

(それにしても、どの世界にも人の気持ちなど気にせず突き進んで向かってくる子はいるものだな……)

 その子供は母親と思しき女性から頭を下げるよう言われ、渋々、と言った様子でぺこりと頭を垂れた。

 こちらも応じないわけにはいかず頭を下げ返すと、間もなく二人は奥の建物へと消えていった。


 次の日、俺は返しそびれたおもちゃのブロックを昨日の子供に返そうと、家があったあたりに向かった。だが、その痕跡はあるものの、家そのものがすっかりなくなっていた。

「あの家族、遊牧系だったのか……」

 馬車で移動した者もいたのか、近くにわだちが残っている。仕方なくそのわだちを追って家族に会いに行くことにした。


 どれほど歩いただろうか。日がすっかり真上に上っていたころ、ようやく俺は、途中休憩のためか、路肩で止まっている一団を発見した。

「はぁ……はぁ……やっと、ついたぜ……」

 追いついて気が抜けてしまったのか、俺の足は力が抜けて、ヘロヘロと近くの岩場に近寄って座り込んだ。

 そこへ、誰かが近寄ってくる。

「おじさん、大丈夫?」

(お、おじ……?)

 顔を上げると、件の子供がキョトンとした表情を向け、俺を見ている。

 おかしい。俺は20代の設定で転生したはずなんだが、この子から見たら俺はおじさんなのか?

 いや、そんなことはどうでもいい。とにかく目的を達成しようと、俺はズボンのポケットからレゴブロックを取り出す。

「ほら、忘れもんだ」

「ううん、持ってて」

 手渡そうとすると、小僧は生意気にも突き返してきた。

「持っててって、どうすりゃいいんだ」

「それあげる。僕とお前との、ゆーじょーのあかしだ」

(ゆーじょー? ……友情? なんてこった)

「いや、それはちょっと……」

「お前、どこから来たんだ?」

「話聞けよ……」

「僕にはわかる。お前、異星人だな」

「……どうしてそう思うんだ」

「別の町から来たはずなのに、馬持ってない。僕らと同じ、ゆーぼくみんなら、少なくとも馬一頭持ってる」

 なかなか勘の鋭い子供だ。稀にこうして、子供の勘(?)とかなのか、感づく奴が現れる。少し警戒していると、今までにないパターンの行動をとってきた。

 小僧は顔を近づけてくると、辺りを一瞥して警戒し、小さな声で提案してきた。

「ゆーじょーのあかしに誓って約束する。誰にも言わないから」

 俺も転生を繰り返してきて初めての経験だし、初めての感情だった。魔が差したとも言うべきだろうか、「友情の証」とやらに心をほだされ、俺は口を衝いて「転生している」ことを子供に話し始めた。

「確かに、俺は遊牧民でもなければ、この世界のものでもない。だが一点だけ、俺は異世界人じゃない。転生してこの世界に来たんだ」

「て、てんせい……」

 子供は面白いくらい食いついてきて、目を輝かせて身を乗り出し、ゴクリとつばを呑んだ。

「今いるこの世界とは違う、別の世界に行くことなんだ。俺はそれを繰り返して、今はこの世界にいる」

「す、すげー」

「でも、方法とか、詳しい概念は今のお前だと難しいだろうから、今は話さないけど……」

「じゃあ、おじさんはぼーけんしゃだ!」

「ぼ、冒険者?」

 あ、違う。誤解を招いてしまった。

「冒険とは少し違うんだが……」

「僕もてんせーってので、ぼーけんしゃになる!」

「だから……話を聞いてくれよ……」

 転生が子供の言う「冒険」に当たるかは分からないが、少なくとも俺は冒険がしたくて転生を繰り返してきたわけではない。誤解を招くのが嫌で、且つ訂正して回るのが面倒だからあまり人と会話をしてこなかったのに、ここに来て誤解を招いてしまった。

 慌てて訂正しようと言葉を紡ごうとするも、その頃には既に、子供は「冒険者になるー!」と言いながら遠くへと走り去ってしまった。モヤモヤとした落ち着かない感情が俺の心を渦巻いていく。

「チッ、これだから子供ってのは……」

 その後の彼が、追々恥をかこうと失敗しようと、俺のあずかり知ったところではない。もとはと言えば、関わることのなかったであろう、見ず知らずの者たち。恐らくは訂正などしようがないし、必要もないのだろう。

 これまでの転生の日々の中で、初めてその子供のことが、もっと言えば他人や他人の人生が気にはなったが、それでも、これまで通り深追いはせず、俺は俺のしたいように生き、俺のタイミングで転生する。


 

 それからしばらく経った。今度はまた都会に近い所へ転生してきた。

 これまでと違う点と言えば、完全なる異世界に転生したわけではなく、十数年後の未来に転生した、という点だ。

 当然見た目や名前、職歴なども違うものへと変わった。ある日突然この世界から遊牧民に紛れるホームレス、という人物が消え、代わりに都会で暮らすITエンジニアが創造される。しかもそれを誰も不思議には思っていないし、それによって不和が起きることはない。

 俺はレンガ調の町並みを眺めながらカフェテラスでゆっくりと時間を過ごす。

 ポケットから赤いおもちゃのブロックを取り出し、対角を指で挟んでくるくると回したりして弄んでいると、隣からふわっといい匂いがした。それはシャンプーの匂いとも、出来立てのパンの匂いとも似て、柔らかいものだった。

「すいません、隣良いですか?」

「あ、えぇ……どうぞ」

 顔を上げると、ブロンドの髪をかき上げ、微笑んでいる女性がいた。仕事の合間の休憩なのか、手帳やタブレット、そしておそらくカフェオレの入った大きめのカップを抱え、いそいそと席に着いた。

 ちなみに、なぜカフェオレと予想したかと言うと、彼女の指に隠れて、「cafe」と「l」が見えたからだ。もしブラックならばカップには無記入だし、あとでミルクやシロップを追加するなら、それも持ってきているはずだからだ。

 それにしても……。

「あの、何か私の顔についてます?」

 少し気まずそうに彼女が聞いてきた。俺としたことが、人をジロジロと見続けてしまった。

「あ、いや……ごめん。つい見惚れて……」

「あら、そう……初恋の人にでも似てた?」

 冗談めかして揶揄うように言う彼女に、俺はつい笑みがこぼれる。

「まさか……」

「そう」

「ほんとだよ」

 痛くない腹を探られているような感覚がして、俺はブロックをポケットにしまった。彼女は一口、カフェオレを飲むとタブレットを操作しながら尋ねてくる。

「それ、さっきのは例の初恋の人からの?」

 ポケットにしまったのを見逃さなかったようで、追及の手が及ぶ。けれど、これこそ本当に誤解だ。諦めてポケットからまたレゴブロックを取り出し、たわいのない話を始める。

「これは、多分君の思っているようなものじゃないよ。ここに『引っ越してくる』前に、子供からもらったんだ」

「子供?」

「あぁ、俺のじゃなくて、近所に住んでたんだよ。それで、引っ越す餞別にって、おもちゃをくれたんだ」

 嘘は言っていない。おおむね事実通りの話だ。彼女が一瞬、「子供」という言葉に反応を示したが、それが何だったのかは分からない。

 しばらく作業をしながらカフェオレを口にする彼女の横で俺もコーヒーを飲んだ。だが、妙に緊張して、彼女から目が離せなかった。

「あの、またこうしてお茶しませんか」

 俺らしくないことを言ったと思う。正直歯が浮いていたと思う。彼女も始めキョトンとした顔をしていたが、すぐに笑みを浮かべた。

 以外にも返答は「イエス」だった。

「別に、お茶以外でも結構ですよ」

「お、おぉ……」

「え、何ですかその反応。そっちが引くのおかしいですよね?」

 俺でも不思議だったのだ。けれど、こうして俺は彼女と付き合うことになった。それからというもの、転生をしないといけないような切迫感は徐々に薄れ、次第に消えていった。

 とにかく、彼女といる時間が多くなって、切迫感や強迫観念に避ける脳のリソースが自然と減ったから、意識する暇が無くなったのかもしれない。

 

 最後に転生してから数か月がたったある日。俺と彼女は同棲を始めた。記念というわけじゃないが、ふと思い立って大事に持っていたレゴブロックに初めて穴をあけて、店先で買ったばかりのネックレスチェーンを通した。

 家に帰って自慢げに首からぶら下げてみせていると、不意に彼女が、思い出したようにくすくすと笑い始めた。

「な、なんだよ急に……」

「いえ、大事に持っていてくれたんだなって思って」

「ん? それってどういう……」

 彼女のセリフがどうも頭の中で引っ掛かって、何周も俺の頭の中を駆け巡っていく。まるで自分があげた、みたいな言い草だな……。

「自分があげた……?」

「はぁ、やっぱり気付いてなかったんですね? 自己紹介した時に反応がなかったんで、まさかと思ってましたけど」

「ちょっと待て、整理させてくれ……」

 このブロックをくれたのは髪の短い、茶髪の子供だった。一人称も「僕」だったし、女の子だと思えるような点はどこにも……。

「こら、ブレア! 何してるの!」

 そこで、あの日の記憶がよぎった。あの坊主、確か「ブレア」って名前だった。

「いや、名前が同じなんて、いっぱいいるだろ」

「じゃあ、『冒険者になる』って言った話は覚えてますか? 友情の証としてそのブロックを渡して、その代わりにあなたが転生してるって話を私が聞いた。そしたら、興奮した私は意味も分からずに——」

「冒険者になるって言って、親たちの方へ走っていった」

「あ、やっとわかりました!?」

「お前、あの時の……」

「うんうん……!」

「男だったのか」

「ちがう!」

 俺はまだ混乱していた。あの坊主が実は坊主じゃなくてお嬢さんだったなんて。しかも、こんなところで出くわして、しかも、その、付き合う?

 ついでとばかりに、混乱に乗じて「偽乳だったのか?」と言ったら耳まで真っ赤にしてビンタされた。

「あなたって人は……!」

「す、すみません……」

 未だに目の前の彼女が、あの子だと繋がらない。そんな俺に対して、彼女は勝ち誇ったように顔を上げた。

「だけど、あの時の私がそうだとは気づかずに、これまであんなことやこんなことを言ってきたわけですよね。それも男の子だと思ってたわけで」

「そりゃ、気が付く方が怖くないか?」

 珍しく彼女が俺を煽ってくるが、残念ながら言い返せない。

「それに、同じ時代とは言え俺は転生をしたわけだし、しかも住んでる町も違う。まさかこうして再会するなんて思ってもみなかったから、当然だろ?」

 そこまで言って俺は、かつて偶然知り合った別の世界から転生してきた人間に、あることを聞いたのを思い出した。

 その者曰く、転生の技術を応用して、肉体や物体をも移動させ、尚且つ自在に往来ができるようにする「転移術」というのがあるらしい。その転移術では、初めの移動では世界の隙間と隙間を歪曲して繋げ、障害物などがないかを覗き見て、それから移動するらしい。

 だが、その方法だと結局、世界間を移動するたびに手間とコストがかかってしまうらしい。例えるなら、旅行するたびに初見だろうと何度か行った場所であろうと、一回一回地図アプリでルートを検索し、目的地周辺をピン止めしてブックマークし、その周辺を情報誌や旅行サイトで検索して予習して、それから宿をとって……といった手順を踏むような物らしい。

 それを簡素化するため、何か目印となる物や場所にエネルギー(その者は「マナ」と言っていた)や思念を残し、その「残存思念」を頼りに移動するというのだ。

「まさかと思うが、偶然じゃなくてそっちから会いに来たんじゃないのか?」

 俺が「残存思念」の話をすると、見る見るうちに彼女の余裕たっぷりだった顔が崩れていく。代わりに、また顔が真っ赤になっていく。

「その、初めて会った時は早く男の子になりたかったんです。男の子になって、お父さんたちのように馬に乗って、羊を追いかけたり、あの野山を駆け回りたいって。当時は不勉強で、成長途中に自分の意志や言葉遣い、態度次第で性別を選べるって信じてたんです。だから髪を短くして言葉遣いも男の子っぽくしてたんです」

 彼女が「僕」と当時言っていて、歩き方とか彼女から女の子っぽさが感じられなかったのはそのためかと、合点がいった気がした。

「でも、身体は順当に成長して、どんどん女の子になっていって、また、その頃から山を下りて町で生活し始めたんです。学校に行くようになって他の同年代の子たちと過ごすようになったり勉強していったりする中で、自分の性別が変わらないんだと気づいたんです。自分の性を知った、というか、受け入れ始めた辺りから……あげたレゴブロックを、あなたを探し始めたんです」

 もうこれまでにないくらい彼女の顔が赤くなっている。いや、赤くして恥ずかしいのはこっちだ。聞いてるこっちが聞いてるそばから恥ずかしい。

 歯が浮きそうな気持ちを誤魔化すように、俺は彼女を茶化し返す。お返しだ。

「さっきまで煽ってきてた割に、可愛いことしてんじゃん」

 彼女はこれ以上ないほど恥ずかしそうにして、今にも顔から煙が出そうだ。

(チンッ!)

 そんな彼女にとって救いの船となったのかもしれない。台所の方からオーブンのベルが鳴り、同時に匂いが漂ってきた。

 逃げ出すように小走りで彼女が台所へ向かう。気になってそちらの様子をうかがっていると、ミトンでプレートを持ち、いい匂いの正体を俺に見せてくれた。

「今日は何の日か知ってますか」

 先ほどまでの恥ずかしそうな表情と、どこか嬉しそうな顔が同居している。今日がバレンタインなのは知っていた。だがすぐに言葉が出なかった。

「なんですか、そんなにニヤついて」

「いや、なんでも……」

 俺はプレートに乗った、出来立てのチョコクッキーに手を伸ばそうとした。けれど、彼女がすぐにプレートを引っ込める。

「今はまだ熱いんで、もう少し冷ましてから食べましょうね」

 どこか上機嫌な彼女の後姿を眺めながら、無秩序に転生を繰り返してきた自分のこれまでを思い返した。

 転生は言わば意図的に人生を変えるような行為だと思うが、もしかしたら、それでも変えられない大きな流れというのがあるのかもしれない。


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短編集 「闇鍋」 昧槻 直樹 @n_maizuki

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