六品目 薄暮

 各町は、行政や警察が管理し、ある種支配していると一般的には思われている。

 だが、それは表の世界だけ。裏の世界は彼らだけでは手に負えない。表に現れる部分をカバーするので精いっぱいだ。

 では、裏の世界は誰が支配しているのか?

 それは実に簡単。「誰よりも喧嘩が強い奴」。それが、裏の世界を管理、支配している。



「オラッ!」

(ドゴッ)

「ぐはっ……」

「二度とこの島荒らすんじゃねぇ」

「あ、あぁ……」

 ボロボロのスーツ。泥だらけになった躯体。それらを引きずるようにして、尻尾を撒いて逃げる数名の塊。

 彼らは先ほど派手に喧嘩に敗れた者たち。そして、それを涼しい顔で見送る青年。それがこの町の管理、支配をする者。

 名を、朱王北斗(すおうほくと)という。

 彼は、彼自身の名から一文字引用し付けた、「KING」というグループの旗揚げメンバーであり、初代総長でもある。

 朱王は、乱れた服を整えながらアジトに戻っていると、先ほど倒した男たちと入れ替わるように下っ端の少年たちが駆け寄ってきた。

「北斗さん! お話が!」

「俺は今、リンチから抜け出してきたばかりで疲れて……って、おい、どうした」

 一方的に返り討ちにしていたにもかかわらず、自分自身もやられていたと嘘を言いながら後ろを振り返る。すると、そこには顔にあざを作った下っ端たちの姿があった。


「いいからリーダーを出せよ!」

「だから、リーダーはここにはいない」

「はぁ? 嘘言ってんじゃねぇぞ!」

「おい、騒がしいぞ」

 あざを作って、鼻血も出してる奴もいる下っ端数人を連れてアジトに戻った朱王。すると、何やら客が来ていて騒がしかった。

「あ、リーダー」

「あ? おめぇがここのリーダーか」

 見ると、高校生や中学生くらいの女の子の集団がアジトに詰め掛けていた。

 リーダーが現れても臆さないあたり、肝が据わってらっしゃる、と少し驚く朱王だった。

「あぁ、俺がここ、『KING』のリーダー。総長の朱王だ」

「へぇ……いい男……」

「??」

 相手のリーダーと思しき女の子は、朱王を舐めるように下から上を往復して、じろじろと見た後、口をすぼめて何かを呟いた。

 だが、あまりにもぼそぼそと言っていて、朱王たちには聞き取れなかった。

「それで、何か用か?」

「へ、あぁ。私は隣町を仕切ってる女子集団。『sunflower』のリーダー鈴原笠音だ。実は先日。うちの島で女の子が暴行にあってね。偶然あたしらがその現場を通りかかってそれを見つけたから、身体を汚されずに済んだんだけど、でも、その一件で、その被害にあった女の子は心に傷を負った。それで、現場の近さから、ここらの男どもじゃないかって思って来てみたのさ」

「なるほど」

 朱王は鈴原と名乗る少女の話を聞きながら、彼女や取り巻きと、彼の下っ端たちの目が何度か会うのに気が付き、何となく察しがついた。

「俺たちがその暴行を行ったと?」

「違うのかい?」

「さぁな」

 朱王の返答に彼女たちは声を上げて笑い出した。

「さぁな、だって」

「ちゃんと統率できてんの?」

 嘲笑する彼女たちに、少しカチンと頭にきた朱王は、下っ端の一人を横に連れてきて、突然胸ぐらを掴んだ。

「ヒィッ」

 下っ端の男が小さく声を上げる。朱王の突然の挙動に、彼女たちは一瞬笑いをやめ、息をのむ。

「その被害にあった女の子ってのを連れて来い。もしその子が、こいつらがやったってんなら、俺はすぐにこいつらを消す。でも、もしお前らの勘違いでこいつらが暴力にあったのなら、俺にも考えがある」

 朱王の語気と目の色を見て、少女たちはつばを飲み込んだ。鈴原がポケットからスマホを取り出す。

「今、離れたところで匿ってるの。ちょっと待って、すぐ連れてくるから」



 数十分後、オドオドとした、あまりにも彼、彼女たちと正反対な少女が現れた。

 少女は鈴原の付き添いで「KING」の面々と相対する。しばらく男たちの顔を見回し、あの下っ端たちの顔も確認するが、そのどれにも彼女は首を捻ったりかぶりを振ったりした。

「怯えているだけよ」

「その可能性もなくはないけど、にしては否定する反応がはっきりしてる」

「けど……!」

「第一、俺は他のメンバーに、女には暴力も(性的)暴行も加えるなってきつく言ってるんだ。まさか、そんなことするはずなんて……」

「あの、鈴原さん……」

 朱王と鈴原のもとに、鈴原の部下が声をかけてきた。隣には、あの被害にあったという少女がいる。


「私、羽田伊代って言います。皆さんの顔を見てて思い出したんですけど、確か、襲って来た男の人たち、首元に入れ墨がありました」

「入れ墨……? どんな」

「暗がりだったのではっきりとは分かりませんが、ギザギザのようなものだったと思います」

 少女の話を聞いていた、あざを作った下っ端の一人が「あっ」と声を上げた。

「どうした」

「そういや、噂を聞いたことがあります」



 高架下にある、フェンスに囲われたバスケットコート。そこをたまり場にする集団がいた。

「てめぇ、何もんだ、グハッ!」

「こんなところにいたか……」

「誰だおめぇら」

 集団が立ち上がり、見張りをしていた男の断末魔を聞いてそちらへ目を向けると、そこには男女の混合でできた大所帯が集まっていた。

「随分と警戒が希薄だぞ」

「俺らの島に何しに来た」

「島って、このコートが? ウケる」

 正規の町の管理者たる行政と違い、彼らの支配と言うのは、どれだけ優秀なリーダーが上に立とうと、どうしても端にいけばいくほど影響力は薄まる。

 各リーダーの影響力の薄まったところが重なる場所、その間隙を縫って現れたのが彼ら、次の支配者を狙う新生勢力。

「舐めた口きいてんじゃねぇぞこら」

「お前らこそその態度を改めろ。俺たちの顔を知らないで、よくも旗揚げができたものだな」

「うっせぇぞ、カス」

 恐れることなく、自分たちの無知を顧みず吠える少数の集団。鈴原たち「sunflower」の陰に隠れて見ていた羽田が彼らを見て鈴原に耳打ちした。

「彼らです。間違いありません!」

 それを聞いた鈴原と朱王は、顔を見合わせて小さく頷いた。

 相手のリーダーらしき男が一歩前に出て、恥ずかしげもなく高らかに朱王たちへ名乗り口上を上げる。

「俺らは『Black Thunder』! そして、俺がそのリーダー、神澄ナルだ!」

「お前らか。先日、女の子に暴行を振るったってのは」

「は? 誰のことだかわからねぇなぁ。ヤッテ一番気持ちよかった相手のことはよく覚えてるんだけどなぁ」

 ニタニタと笑う神澄たちを見て、朱王は腹が立って仕方がなかった。女は、ストレスや性欲のはけ口にしていい、そんな道具にしていいなんてことはない。

「あいつら、許せねぇ」

「あたしたちも」

 神澄は、反省の色も見せず、懲りずにニヤニヤとまだ笑っている。

「つまりあんたら、被害者の会ってこと? へぇ、ご苦労様wwww」

「てめぇら……」

 殴りかかりに行きそうになった鈴原たちを制し、朱王が一歩前に出る。

「覚えてないなら思い出させるしかないよな? それと、言っとくがここは、『KING』と『sunflower』の勢力圏が重なる場所だ。そこで我が物顔に好き勝手して、挙句の果てには何の罪もない女の子に手を出した。その分も、きっちり分からせる必要があるよな」

 たった十数人しかいないグループが虚勢を張って横並びに立ちはだかり、朱王たちと対峙する。

「そんな大勢で集まって、寄ってたかってつぶそうなんて、大きい勢力になると、行儀が悪いですねぇ」

 わざと丁寧な言葉づかいをし、挑発する神澄。だが、そんな事で動じる彼らではなかった。

「確かにそうだな。じゃあ、人数を合わせよう。うちからは俺を含めて2人でいこう」

 朱王が一番頼りにしている右腕の存在を呼ぶ。すると、鈴原も4人、実力のあるメンバーを呼んだ。

「あたしらは5人で行くわ」

「お、おい、舐めてんのか」

 神澄が吼えるが、いたって普通だという顔で朱王たちは彼を見据えた。

「「これでイーブンだ」」

「馬鹿にしやがって……! お前ら、行け!」

 神澄が命令すると、下っ端たちが飛び出してきた。結果的に数でものを言わせようとしているのが神澄たちの方になったが、どうやら神澄たちは気付いていないようだ。

 そして、それでも圧されているのも神澄たちの方であった。

「くはっ!」

「くっ、なんだこいつら……強すぎる」

 朱王たちの計らいで寄ってたかって戦わせてもらったにもかかわらず数分で床に転がる始末の神澄の下っ端たち。

 一人残された神澄に、朱王が声をかける。

「後はお前だけだ。何か言うことはあるか?」

「数で潰しに来た、お前らみたいな卑怯者に話す事なんてねぇよ」

「まだ言ってるのか。わかった、じゃあ一対一で気が済むまでやろうじゃん」

 朱王はそう言って部下たちを下げさせる。すると、神澄が鈴原を指さした。

「待て、まずはそいつからだ」

「やだ、あたし?」

「おい、本気で言ってるのか」

 朱王は目を丸くする。勿論彼女の実力をわかっていて、それでわざとオーバーに反応する。

「悪いことは言わない。俺で慣れてから彼女と相手した方がいいぜ」

「何言ってるの。早く片付きそうな相手を後回しにしてるだけよ」

「なるほど、女は弱いだろうって判断で言ってるのかと……って、おい」

 冗談を言い合う朱王と鈴原に、蚊帳の外にされた神澄がいら立ちを見せた。

「おい、いちゃついてんじゃねぇぞこら! つべこべ言わずに俺と勝負しろ!」

 そういって鈴原と向き合った神澄。と、次の瞬間、彼女が神澄の視界から消えた。

「なっ……!」

 慌てて目線を下げて彼女の動きを追った時には、既に彼女は神澄の懐に飛び込み、鼻先数ミリのところへ右ストレートを打ちこんでいた。

「っ……!!」

「まだ本気の10%も出してないよ。あたしが全力出したら、あんたの顔なんか吹っ飛んでるから」

「あ、あぁ……」

 あまりの衝撃に声も出ない神澄は、蚊のような声を出して、へなへなとその場にへたり込んだ。

 そこへ、事前に連絡を入れていた警察が駆けつける。

「また朱王君か。今度は何だい」

「女の子に性的暴行をはたらこうとした男を、その、問い詰めていたんですよ」

「『問い詰め』ねぇ? それで、その被害にあった女の子は?」

 警察官がそう言うと、羽田は集団の中から姿を現した。

「私です」

 警察官たちが彼女に歩み寄っていくと、割って入るように鈴原が間に立った。

「あの、一つだけお願いが」


「私が許可できるわけがないだろう」

 鈴原はなんと、羽田が、神澄が憎いと、殴ってやりたいと言っていたのを覚えていて、それを果たしてやりたいと言ったのだ。

 だが、当然ながらそれは警察が許可できるはずがない。

「例えば過去は変えられないが、これから起こることは止められるし、それが暴力など、公序良俗に反することなどなら、止めねばならない」

 警察官の男がそう言うと、仲間に何かを耳打ちした。仲間は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。

「暴れないようにちゃんと押さえといてくれよ?」

 男はそう言うと、無線で何か連絡を取りながら朱王たちに背を向けて少し離れた。すると、神澄を取り押さえていた警察官二人が神澄の膝を折り、跪かせた。

「おい、何すんだよ!」

 神澄が騒ぐが、背後の警察官二人は動じないし、まず、離れた場所にいる男もまだ無線でやり取りしている。

 神澄を押さえている警察官二人が朱王や鈴原に目配せする。何かを察した二人は、少し驚きながらも羽田に事情を説明する。

「え、本当ですか?」

「えぇ、きっと」

「今の内だ、やっちまえ」

 朱王と鈴原に送り出され、羽田が神澄の前に来る。

「頼む……待ってくれ……」

 神澄の目が徐々に怯え、見開かれていくが、逆に羽田は徐々に心が定まってきた。

 ふーっと、息を吐くと、羽田は拳を構えた。

「これで許されると思わないでね……せいっ!」

(ゴッ!)

「がはっ!」

 羽田の右ストレートは見事神澄の左頬にヒットし、神澄は目をチカチカさせた。

「うぉー、イテ」

 見ているだけで痛そうなパンチに、朱王は思わず顔をしかめる。

「何か音がしたが、どうかしたのか?」

 無線で連絡を取っていた警察の男が近寄ってくる。慌てて首を振る朱王、鈴原、そして羽田。それを見て満足そうに頷き、男は仲間とともに神澄をパトカーまで連行する。

 すぐに婦警の方が羽田に近寄り、事情を聴くために彼女も署まで連れていく。

「あたしたちもいいですか? その場にいて、彼女を助けたのはあたしたちです」

 鈴原と数人がそう言うと、彼女たちも別のパトカーでついていくこととなった。


 パトカーに乗り込む鈴原に、朱王が声をかける。

「羽田ちゃんって言ったっけ? あの子のパンチ凄いね」

「でしょ? (羽田とは)勉強教え合ってる仲なの。護身用でって、お礼に私が習ってる空手を教えたお陰ね。ま、受け売りだけど」



 数日後。

 朱王たちのアジトに鈴原が一人やってきた。

「前は、ごめんなさい。あなたの大事な部下を、勘違いとは言え、殴ってしまって……」

「いや、いいよ。誤解は晴れたわけだし、それにあいつらも柄悪かったろ。あれで少しは大人しくなったんじゃね?」

「でも、それじゃあ落ち着きません。あの時、考えがあるって言ってましたよね? 何でも罰を受けます。何でも言ってください」

「鈴原って言った? 鈴原。何でもするとか、何でも罰を受けるなんて簡単に言うもんじゃねぇよ」

「簡単になんて」

「分かってる。でも駄目だ。最悪の状況に例え陥ったとしても言ったら駄目だ」

「……はい」

「よし。……さて、その考えってのだけど……」

 朱王は思案するポーズをとりながら、あの日あざを作ってきた下っ端たちを見る。

「罰って言うぐらいだから、骨の折れるようなものがいいよなぁ」

「骨が折れる……」

 朱王の言葉に鈴原は額に冷や汗をかく。だが、直後に鈴原はガクッと崩れた。

「え、え? 恋人探しですか?」

「あぁ、あの日君たちがあざを付けた、彼らの恋人探しだ。……何だと思った?」

「あ、いえ、物理的に骨を折られるのかと」

「まさか」

 朱王は鈴原に向かって歯を見せて笑った。

「因みに、骨が折れそうな相手がここにもいるんだ。今度俺とご飯行かない?」

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