最終章 彼女は偽聖女様
第12話 カミングアウト
年明け最初の授業日。
暖房が中途半端に効いた最前列の席で、僕は人を待っていた。
言うまでもなく、クリスマス・イヴに恋人になった
「なーんか、いつにも増してぼーっとしてないか、光?」
声をかけて来たのは、隣の席の友人である
僕と同じく科学大好きで、よく科学論議をする仲でもある。
「いやまあ、ぼーっとしてるっていうか、待ち遠しいっていうか……」
「なんか要領を得ない説明だな。何かあったなら相談に乗るぜ?」
制服がだらしなかったり、髪を染めていたり、軽い印象がある彼。
しかし、義理人情には厚い、いい奴だ。
「相談っていうか……まあ、勇斗ならいいか」
「つまり、他言無用ってことだな?」
雰囲気を悟ってか、声のトーンを落とす勇斗。
「他言無用って程でもないんだけどね……風間さんは、わかるよね?」
「ああ、聖女様のことな。ひょっとして、惚れたか?」
勇斗は軽口で言ったんだろうけど、ある意味当たっている。
「惚れたっていうかね。付き合ってるんだ。年末から」
「……マジか?」
「大マジ。僕がジョークの類が苦手なのは知ってるでしょ」
「そっか。まあ、良かったけどよ。意外な組み合わせだよな」
「まあ、僕も以前、苦手とか言ってたけどね」
「もっと根本的な問題として、聖女様……っと風間さんってクリスチャンだろ?」
聖女様というあだ名に込められた微妙なニュアンスを気遣ってだろうか。
こういうところ、彼は気遣いが細かい。
「まあ、ね」
「で、お前は筋金入りの無神論者。一体全体どうして、ってのが知りたいな」
理由は簡単で、彼女が信仰に全然篤くないからなんだけど、勝手に言うのもな。
ご両親の手前、クリスチャン(仮)だとは、まず言えないだろうし。
「僕は無神論者だけど、信仰は人ぞれそれだと思うよ」
「なんかやけに模範的な回答だけどよ。根っこのとこで食い違いそうなんだが……」
「心配してくれてる?」
「まあ、科学ネタ語れる友達ってのも少ないしな」
照れくさそうに髪をぽりぽりとかく勇斗。そこまで心配してくれるとは。
「大丈夫。雪ちゃ……風間さんとは、その辺りもちゃんと話し合ってあるから」
本当の事は言えないけど、これくらいはいいだろう。
「おいお前。今、雪ちゃんって言おうとしなかったか?」
「気の所為だと思う、よ?」
「早くも下の名前で「ちゃん」付けかよ。心配するまでもなかったな」
そう言って、大げさにバンバンと背中を叩いてくる勇斗。
と言っている間に待ち人来たる。
いつもながら、清楚な雰囲気を漂わせた佇まいだ。
そんな彼女は、つかつかと僕の席まで歩いてきたかと思うと、
「おはよー、光君!」
「ん、ん?あ、ああ、おはよう、雪ちゃん」
二人きりのようなノリを出して挨拶をしてくる。
(ねえ、雪ちゃん。教室でもこのノリでいいの?)
(ひょっとして、光君はバレたくない?)
(いや、僕はいいんだけど。雪ちゃんが気にすると思ってたから)
(私は……出来れば、堂々としてたいかな。付き合うまでは遠慮してたけど)
(なるほど。了解)
付き合う前に、下の名前で呼んでいなかったのは、その辺りを意識してのことか。
納得だ。
「で、何やらさっきからひそひそ話してるが……」
「ああ、ごめんごめん。ちょっと今後の事を話してた」
「今後ぉ?」
「いや、付き合ってるの堂々と公表しようって話。だよね、雪ちゃん?」
「そうそう。というわけで、光君とは年末から付き合ってるから、よろしく!」
「お、おう。なんていうかその……イメージと随分違うんだな」
あっけらかんと僕と付き合っていることを宣言した彼女と、
普段の清楚で物静かな彼女のイメージが結びつかないんだろう。
「元々、そこまでキャラ作ってたつもりないんだけど……」
「そうか。人には色々あるもんだけどよ……イメージ崩れたって奴も出るだろうな」
「別に私の問題じゃないし。それに、イメージ崩れて幻滅するなら、仕方がないよ」
相変わらず堂々としたものだと思う。ただ、言いたいことはわかるんだけど。
「いきなり、こんなフランクになってたら、皆困惑するって」
「そうかな?普段が遠慮気味だっただけなんだけど」
はてな、という表情。
ああ、なるほど。
キャラを作ってたというより、キャラを出せなかった方が近いのか。
「風間さん。光君と付き合い始めたって本当?」
同クラの
「うん、本当だよ。年末から付き合ってるんだ」
「ほへー。それはまた、意外な組み合わせー」
「そんなに意外かな?」
言いつつ、僕に視線を送ってくる雪ちゃん。
「僕もさっき、勇斗に意外がられたんだよね」
「だって、光君といえば、科学!じゃない!?意外だよー」
「別に個人の信仰は自由だって、それだけだよ」
「ふーん、まあ、とにかく、おめでと!光君、風間さん」
それだけを言って、妙ちゃんは自席に去っていく。
「そんなに、意外かなー。私と光君の組み合わせ」
納得が行かないらしく、ウンウン唸っている雪ちゃん。
(ほら。皆は、雪ちゃんが神様信じてないの、知らないからさ)
(あ、なーるほど。それだと、無理ないのかも)
(いっそのこと、そっちも言っちゃうとか?)
(うーん。パパとママも、私が神様信じてるのは大前提だから……)
(なら、難しいか)
(うん。ごめんね。気を遣ってくれたのに)
(いいって。それくらい大した話じゃないし)
しかし、クラスの視線がどんどん集まっているような。
ひょっとして、おしゃべりな妙ちゃんがライングループ辺りで広めた?
(なんか、妙な事にならないといいんだけど)
なんせ、雪ちゃんは男子に人気がある。
以前の僕や、勇斗みたいに苦手意識を持っていた奴らも少なからず居る。
しかし、容姿と性格も相まって、お近づきになりたい奴らも居た。
それが、このカミングアウトでどうなるのか。
少し、心配だった。
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