第11話 初詣許可の理由
「うーん。やっぱり家はぬくぬくー」
初詣を終えて、僕は「解散しよっか?」と言ったのだけど。
彼女の返事はといえば、「家、寄ってかない?」というものだった。
というわけで、僕は彼女の私室に通されることになった……のだけど。
(落ち着かない)
なんせ、僕と雪ちゃんの恋人歴は1ヶ月足らず。
こうして部屋に通してもらうのに緊張するのは当然だろう。
それに加えて、今、僕は抱きしめられている。
「あのさ……これってどういうこと?」
「これって?」
顔を見上げて不思議そうな顔をする雪ちゃん。
「いや、なんでその、ベッドで抱きしめられてるのかな、と」
「光君ってそこまで鈍かった?」
不満そうな表情が突き刺さる。
「いや、いちゃつきたい、とかいうのはわかるんだけど。急だったから」
「私なりに正直になってみようと思ったんだけど?」
言いながら、ぎゅうっと抱きしめる力が強まるのを感じる。
僕はといえば、色々な意味でドキドキだ。
「いや、普段から正直だと思うけど」
「光君みたいに、あんな風に真っ正直に言える神経、してないの」
あんな風に、とはさっきの初詣での一幕のこと?
「つまり、僕の真似をしてみたと?」
「見習ってみた……つもり」
「じゃあ、言葉でもちゃんと伝えて欲しいんだけど」
「そこは、さすがに文脈を読んで欲しい」
つまり、甘えたいんだから、色々余計なこと言わないでほしい、と?
これであってるだろうか。
「わかった。でも、雪ちゃんがこうなるのは予想外だったよ」
そんな彼女がとても可愛くて思えて、僕も抱きしめ返す。
「言ったでしょ?一ヶ月前からって。年末も会えないの我慢してたんだから」
「それは……凄く嬉しい」
会えない間、意外と平気なのかな、と思っちゃったりしたけど。
雪ちゃん的にも全然そんなことはなかったのか。
「あ、背中……気持ちいい」
背中をなんとなく撫でていると、甘えた声を出す雪ちゃん。
いつもと違った様子で、僕まで変な気分になってしまいそうだ。
「光君。実は、こういうの、慣れてる?」
「いやいや、そんなことないって」
「本当に?」
疑るような目で見上げてくる。まあ、あれくらいは言っていいか。
「ええと、これは別に変な意味じゃないんだけど」
「変な意味って?」
「そこはおいといて。二つ下の従姉妹がさ、なんか抱きつき癖があるんだ」
「よく抱きつかれてる、と?」
「よくって程じゃないよ。たまにだよ、たまに」
「ちなみに、従姉妹さんの名前は?」
「
「そうじゃないけど。最後に抱きつかれたのは、いつ?」
やっぱり、浮気疑惑と変わらない気がする。
「……今年の三が日」
「その優香ちゃんを、数日前、抱きしめて撫で撫でしてたんだ」
「してないよ。今年は」
祖母の家に集合した時に、いつものように抱きつかれたけど。
雪ちゃんの事を思い返して、すぎに引き剥がした。
「わかった。光君はそういうところで嘘言わないもんね」
「そうだよ。でも……嫉妬?」
「嫉妬じゃなくて、浮気してないか確かめただけだよ」
抱きしめられながら、そんなことを言われるけど、本当に意外だ。
そういうところは、超然としていると思っていたから。
「ところで、一つ気になったことがあるんだけどさ」
引き続き、僕らは抱き合い中。彼女も離すつもりはないらしい。
「浮気の話?」
「いや、それはもう終わったから。初詣、なんかご両親が内心は複雑っていう話」
「ああ、その話か。大したことじゃないんだけどね」
「やっぱり、クリスチャンなのに……て内心思ってるってこと?」
「そこまでは、たぶん思ってない。でも……初詣の習慣が無い親に育てられるってどいういうことかわかる?」
「初詣の習慣、か……」
ふと、昔の僕が宗教行事の類を毛嫌いしていたのを思い出す。
と、それはおいといて、雪ちゃんの家庭のことだろう。
そもそも、「初詣行こう」という感じにならないのであれば。
「初詣って何?って思いそう」
「そう。私も、初めてテレビで見た時に、そう思ったの」
「それで?」
「パパとママに、初詣、行きたい!って言ったの。どういう顔をされたと思う?」
なんとなく、話が読めて来た。
「たぶん、ビックリしたんだろうね」
キリスト教の信仰を教えていたと思っていた娘が、初詣とか言い出すんだから。
「そう。ビックリしたの。それで、色々言われたの。あれは、私たちが信仰する神とは違うものだからとか。他の人が行く分にはいいけど、私達はそれじゃいけないのよ云々」
「あー、なんか想像つくよ。始めから、初詣に理解あったわけじゃないんだね」
言われてみれば、家庭でキリスト教をみっちり教え込んでいて、初詣にも行かないのに、どこでそのきっかけがあるかという話にはなるんだろう。
「そう。私は、そもそも小さい頃から、神様なんて信じていなかったから、猛反発。新約聖書をすっごい読み込んで、私の信仰は自由のハズ!って猛反論したの」
「喧嘩じゃなくて、弁論に訴えるあたり、雪ちゃんだね」
そして、信仰が薄い彼女が、聖書の事にやたら詳しいのかもわかった気がする。
「それで、私の反論にパパとママはようやく、初詣を許可してくれたの」
「それっていつ頃のこと?」
「小学校低学年だったかな」
「その歳で大人を言い負かせるって凄いと思うよ」
その頃の僕を振り返れば、とても出来る芸当とは思えない。
「根っからの科学信者の光君も弁論は得意そうだけど?」
「うちは父さんが研究者だから。イキったガキの論理は論破されて終了だったよ」
「それ、初めて聞いた。光君の科学至上主義はお父さん譲りだったんだね」
「ま、父さんが科学雑誌をよく置いてたからね。影響は受けてたかも」
しかし、科学雑誌によって、身も蓋もない世界観を持った僕はともかく。
雪ちゃんは、なんで神様を信じないに至ったんだろう。
「雪ちゃんは昔から、神様信じてなかったって言うけど。それってなんで?」
「簡単な話。全知全能の神様が居たら、説明がつかないことが多すぎたの」
「また、早熟だったんだね」
いやまあ、僕も賛成なんだけど。
「とにかく。パパとママは、今でも、私のそんな態度に内心複雑なのかも」
「小学校低学年の娘に論破されて怖くなったのかも」
「どうかな。でも、私が理不尽なこと言われたら、論破して来た自信はあるよ」
何、その議論狂。
「なんか、色々わかってきた気がするよ。雪ちゃんの事が」
彼女はきっと、ものすごく強い自我を持っているんだ。
誰にも流されない、彼女自身の芯というべきものを。
「科学信者の光君とお似合いだと思わない?」
「まあ、イチャつきながら、こんな話を平然と出来るのはお似合いなのかも」
興味を持つ分野は違えど、僕らはお互い、世界の色々なことについて語りあうのは大好きだ。逆に、「普通の女の子」的な話題への興味が薄いのも彼女ならではなんだろう。
「というわけで、難しい話はおしまい!」
と言ったかと思うと、頭をすりすりとこすりつけてくる。
「ほんと、自由気ままなんだね」
思えば、誰かを助けるのも彼女が「そうしたい」からなんだろう。
「猫みたいでよくない?」
「猫みたいかはおいといて……可愛い、かな」
甘えて来てくれるのは、やっぱり男としては色々来るものがあるのだ。
こうして、僕たちは夕ご飯の時間まで思う存分いちゃついたのだった。
付き合って間もないけど、随分色々な姿を見せてくれる彼女からどんどん目が離せなくなっていきそうだ、と思いながら。
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