第10話 彼女の両親と初詣(2)

「あ、そういえば、自転車で来たんだった……」


 雪ちゃんと一緒に風間家を後にした僕だが、初歩的なミスに気づいてしまった。

 振袖姿で自転車に乗れるわけもないのに、ついつい癖で自転車を使ってしまった。


「ごめん。雪ちゃんの家に自転車置かせてもらっていいかな?」


 この広い家だ。庭に一時的に置かせてもらうくらいならなんとかなるだろう。

 そう思って許可を取ろうとしての一言だったのだけど-


「閃いた!」


 何やら大声を上げるゆきちゃん。

 とても嫌な予感がするんだけど……。


「念の為聞くけど、何?」

「自転車、二人乗り、しない?」

「おまわりさんに見つかったら叱られること間違いなしだけど、それ」


 京都市は、自転車がよく使われることもあって、とりわけ厳しいと思う。


「叱られたら、その時は、その時!で、どう?」

「どう、と言われてもね。僕が漕ぐのでいいんだよね」

「私が漕いでもいいんだけど……振袖だと辛いかも」

「普通に、歩きで行くんじゃ駄目なの?」

「駄目じゃないけど……面白いと思わない?」

「面白いかと言えば面白いけど……わかった。行こうか」


 また唐突な思いつきだなと思うけど、何かしら思う所があるんだろう。


「ごめんね。我儘に付き合わせて」

「我儘だってわかってるならいいよ」


 雪ちゃんは、さすがにその境界線がわからないタイプではないし。

 それに……。

 自転車二人乗りだろうと、可愛い彼女の頼みなら聞いてあげたくなるものだ。


「で、初詣先だけど、どこにする?」


 荷台に振袖姿の雪ちゃんを乗せて発進。

 行き交う人たちにめちゃくちゃ注目されそうだけど……。


北野天満宮きたのてんまんぐう。お馴染みでしょ?」

「あー、天神さんか。了解」


 頭の中で地図を思い浮かべる。

 市内の西を南北に走る西大路通りを北上して、それから……。

 北野白梅町を右折すれば数分ってとこかな。よし。


「にしても、初詣で自転車二人乗りなんてね」


 比較的走りやすい大通りを選んで走るものの、案の定注目されていた。

 お腹にまわされる手の感触とか、背中に押し付けられる感触を味わう余裕もない。


「自転車二人乗りって、一度やってみたかったんだー」

「数十年前だと普通だったんだろうね」

「そうそう。なんだか窮屈だよねー」

「二人乗りは危ないから当然だと思うんだけど」

「だったら、普通の自転車を二人乗りでも安全にすればいいんだよ」

「タンデムとかかな。逆に一人用で辛そうだけど」

「そういう理屈っぽいところ、夢がないなー」

「理屈とはまた違う話だと思うんだけど」


 そんな会話を交わしながら、西大路通りを北上する。

 あと10分もすれば北野白梅町だ。


「京都市って本当に小さいよね」

「北大路通りから、九条通りまででも、自転車で2時間かからないもんね」


 京都市民がなんとなく指す「京都」は非常に狭いことが多い。

 北端にあって、東西に伸びる北大路通、

 東端にあって、南北に伸びる東大路通、

 南端にあって、東西に伸びる九条通、

 西端にあって、南北に伸びる西大路通の内側を古くは洛中と言う。

 洛中こそが「京都」であって、そこの外は「街の外れ」という感覚がある。

 さらに、京都市を出ると、そこはもはや京都でないという人すらいる。

 西大路よりだいぶ西から来た人を「田舎から来た」人呼ばわりする人さえも。


「なんか、京都市民って歪んでるよね」

「どうしたの、いきなり?」

「いや、京都市民の業の深さを噛み締めてただけ」

「老舗の人とか、礼儀正しいけど嫌味な人とか多いよね」


 京都市は、千数百年の歴史があるせいか、古い家柄になると数百年以上はザラだ。

 故に、妙にプライドが高い人とか嫌味な人もちらほらいる。


「観光客向けには使い分けるんだから、ほんと、凄いよ」


 京都は好きだけど、そういう面を時折微妙に思うことがある。


「ところで……二人乗りの感想は、どう?えいっ」


 抱きしめる力が急に強くなって、ドキンと心臓が跳ねる。


「そ、それは……嬉しい、かな」


 付き合う前にさんざんされた悪戯だ。

 今は恋人だから、恥ずかしいやら嬉しいやらで非常に複雑な気持ち。


「ドキドキ、する?」

「そりゃまあ。可愛い彼女とこうしてるわけだし」

「可愛いんだー。それじゃー、もっとしてあげる!」


 さらに身体をぎゅうっとくっつけられる。

 嬉しいんだけど、自転車の操作が……。


「ちょっと。これ以上は事故るから勘弁してー!?」

「やっぱり、恥ずかしがりやだよね。光君」


 その声色は楽しそうだ。


「もう恋人になったんだから、からかわなくていいでしょ?」

「からかってるんじゃないよー。イチャイチャしてるだけ!」

「えー!?」


 それだったら、さらに性質が悪い。

 気がつくと、周囲の視線を忘れて、二人でそんな言い合いをしていたのだった。


「「到着ー!」」


 裏通りに自転車を置いて、立派な鳥居のある北野天満宮まで歩いてきた僕たち。


「でも、やっぱりめっちゃ混んでる……」

「仕方ないよ。天神さんだし」


 京都市内にある数ある神社仏閣の中でも、古くからあり、

 初詣客が耐えないのが北野天満宮だ。

 建立の起源を遡ると、平安時代まで行き着くのだから、凄いものだ。


「あ、はぐれないようにね」


 と言いつつ、手を繋いで人混みの中を進む。


「ありがと。でも、カップルがたっくさんいるね」

「僕らもそのうちの一組だけどね」

「うん。ちょっとした優越感?」

「なんか勝った感あるよね」


 僕とて、年頃の男子だ。

 可愛い女子と二人きりで初詣は是非とも味わいたかったイベントの一つ。


「でも。天神さん、せっかくいいところなのに、混み混みだと風情がないなあ」

「そこは、可愛い彼女と一緒にってことで、相殺すればいいと思うよ?」


 可愛い彼女と自分で言っちゃうかと思うけど、事実なので否定出来ない。

 振袖姿の彼女は普段の可愛らしさに加えて、大人の色香もある。

 そんな風にわいわい言い合っていると、いつしか、参拝客の最前列に。

 二礼二拍手一礼をしながら、目を閉じて、少しの間考える。

 今年の僕の願いと、隣の彼女について。


(今年は、雪ちゃんと一緒に楽しく過ごせますように)


 結局、月並みなそんな願いをして、神社を後にしたのだった。


「光君は、何をお願いした?」

「まあその。雪ちゃんと一緒に今年も楽しくって。それだけ」


 照れくさいけど、今の間柄で隠すことでもないだろうと正直に打ち明ける。


「そ、そういう風に、急に素直になるのズルい!」

「ええ?なんで非難されるの?」

「そんな事、真面目な顔で言われると、ドキっとするの!」

「そういうもの?」

「そういうもの!」


 恥ずかしいけど、自分の気持ちに正直になったつもりなんだけど。


「それで、雪ちゃんは何をお願いしたの?」

「……秘密」


 何やら照れているようだけど……。


「僕は言ったんだから、雪ちゃんもいいでしょ?」

「秘密って言ったら秘密なの。光君は無神論者なのに、なんで気にするの?」

「様式美って奴でしょ。ていうか、そんなに恥ずかしい事お願いしたの?」


 顔を赤らめて、そこまで拒むとは。


「笑わない?」

「笑わないって」

「本当に?」

「本当に」

 

 ほんと、強情だなあ。


「それじゃあ……光君と末永く一緒に過ごせますようにって」

「末永く……」

「あ、結婚とかじゃなくて、出来るだけ永く一緒にってことだからね?」

「う、うん。そこは勘違いしてないよ」


 しかし、末永くか。僕は、とりあえず、今年もくらいの気持ちでいたけど。

 雪ちゃんとしては、出来るだけ長く付き合いたいって気持ちを込めたのか。

 そう考えると、嬉しくなってくる。


「あー!やっぱり笑ってる!」


 嬉しくなっていたのをどう解釈したのか。雪ちゃんがそんなことを言う。


「いや、嬉しかっただけだって。それだけ想ってくれてたんだなーって」

「そりゃ、一ヶ月前から準備してたくらい、だよ?」


 少し、拗ねたような声。


「それもそうだよね。じゃあ、ありがとう」

「だから、光君のそれ、すっごい照れるんだってばー」


 こうして、僕らは恋人同士で仲良く初詣を終えたのだった。

 しかし、雪ちゃんは、僕より恥ずかしがりな気がするんだよなあ。

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