第9話 彼女の両親と初詣(1)

 年が開けてからの日々は、瞬く間に過ぎて行った。いつものように、元旦に御節料理やお雑煮を食べたり、市内にある実家に親戚一同集まって、お年玉をもらったり、従兄弟たちと近況を話し合ったりする、定番行事。


 その中でも、僕に彼女が出来たという話はネタになって、祝福されたりからかわれたりしたのは嬉しいやら恥ずかしいやら。


 三が日が開けた1月4日。

 僕は、烏丸御池からすまおいけにある雪ちゃんの家に向かっていた。

 初詣の待ち合わせの話をしたところ、「パパとママが会いたいんだって」

 ということで、彼女の家に迎えに行くことになった次第だ。


「雪ちゃんのご両親……どんな人なんだろう」


 自転車を走らせながら、想像を膨らませる。

 初詣さえ自分たちではしないという堅さや、イヴにはミサに家族揃って行く慣習。 さらに、門限も考えればさぞかし厳しいご両親なんだろうなと想像する。


「ちゃんとしなきゃ」


 何事も第一印象が重要だ。特に、信仰に関する話を振られたら気をつけないと。

 そんな事を考えながら15分程自転車を漕ぐと彼女の自宅に到着。

 京都市内のいいところは、小さくまとまっているのと碁盤の目状の区画。

 だから、住所さえ教えてもらえれば、迷わずに向かうことができる。


「うわ。豪邸だ」


 白を基調にした3階建ての一軒家はとても豪華で、裕福さが伺える。

 そもそも、クリスマスのデートであんな立派なレストランを指定したくらいだ。

 所作に品があるところを見ても、良家のお嬢様ってところなんだろう。

 その一方、マッグとかで庶民的なデートをする面もあるわけで、不思議だ。


「すいません。星崎光ほしざきひかるです」


 インターフォンを鳴らすと、女性の声が返ってきたので名乗る。

 雪ちゃんのお母さんだろうか?

 しばらくすると、ドアが開いて一人の女性が姿を表す。

 年はまだ30台だろうか?とても若々しくて綺麗な女性だ。


「どうもありがとう、光君。いつも娘がお世話になっています。母のまきです」


 品のある所作でお辞儀をされて少し気後れするけど、


「いえ、僕の方こそ雪ちゃ……雪さんにはお世話になってますから」


 「ちゃん」だと子どもぽいかと「さん」に言い直した。


「別にいいのよ、「雪ちゃん」でも。あの子もそう呼ばれるのが好きみたいだし」

「じゃ、じゃあ。お言葉に甘えて」

「雪はちょうど着替えて待ってるところよ。ささ、どうぞ」


 やっぱり歩き方にも優雅さを感じる。ほんと、大丈夫かな、僕。


「あ、あけましておめでとう。光君」


 リビングに案内されると、そこには既に振袖に着替えた雪ちゃん。

 桜を象ったのだろうか、ピンクと赤を基調とした色合いだ。

 

「あけましておめでとう、雪ちゃん。凄く似合ってるよ」


 語彙が貧困だと思うけど、すらりとした体躯には振袖がよく似合う。


「そ、そうかな?ありがとう。光君の服も似合ってるよ」

「あ、ありがとう。ただのジャケットだけど」


 合わせて、和服を着ても良かっただろうか、なんて考えてしまう。


「ふーん、これが姉貴の彼氏ねえ……」


 気がつくと、ソファにもたれかかって、こっちを品定めするような目。

 少し小柄で、それでいて筋肉質で、運動をしてそうな感じだ。


「こら!明宏あきひろ!初対面なんだから、礼儀正しくしなさい!」


 途端、ぴしゃりと弟らしき人物を叱りつける雪ちゃん。


「へいへい。あ、俺は明宏っていいます。この口うるさい姉貴の二歳下の弟です」

「あ、あはは。よろしく。明宏君……」


 そういえば、生意気だってよく言ってたっけ。


「姉貴と来たら、光君、光君、うるさいんで、どんな人かとおもてましたけど……」

「……それで?」


 そんなに、僕の事を言ってたのか、雪ちゃん。

 試しに視線を送ってみると、目をそらされた。


「意外と普通だなと。姉貴が好きになるとか、相当な変人かなと思ったんだけど」

「もう、明宏。いいから部屋に戻ってなさい!」

「へーい」


 僕を見て満足したのだろうか。明宏君はすごすごと引き下がっていった。


「ごめんね、光君。あの子、すっごい生意気だから。反抗期っていうか」

「いや、別に気にしてはいないけど。でも、相当な変人か……」


 確かに、雪ちゃんの物事の見方というのは少しずれているとよく思う。

 家族にもそう思われているということは、それが素なんだなとどこか安心した。


「私は光君は素敵だなって思うよ?可愛いし」

「その、可愛いが真っ先に出てくるところが、雪ちゃんクオリティだね」

「変かな?」


 なんとなく納得が行かないらしい。

 男にとっては、かっこいいと言ってもらった方が嬉しいんだけど。


「いや、別にいいや。それで、お父さんは?」

「あ、パパは今お手洗い。そろそろ出てくると思うけど……」


 そう言った視線の先を追うと、大人ぽい服を着込んだ精悍な男性。

 凄く鍛えられていて、なんというか、スポーツマンって感じだ。


「あ、初めまして。星崎光と言います。雪、さんとは先日からお付き合いを」

「そんな堅くならなくて大丈夫だよ。光君、だったね。ふーむ……」


 と言いつつ、僕の身体を何やら眺めている模様。


「な、なにか?」

「いや、なんでもないよ。雪の父の剛臣たかおみだ。何もないところだけど、ゆっくりしていって欲しい」

「は、はい」


 緊張した僕は、肯定の返事を返すので精一杯だ。

 しかし、「何もない」は謙遜で使うけど、この豪邸で「何もない」はなあ。


「それじゃ、行こうか。光君?」

「ご両親とは軽く挨拶しただけだけど。いいの?」

「いいの。パパもママもとりあえず見てみたかっただけみたいだし」

「そっか。それなら」


 何か雑談をするのかと思っていただけに拍子抜けだ。

 ともあれ、予想以上に普通のご両親でほっとした。


「ひょっとして、「君は神を信じているか?」とか聞かれると思った?」

「少しだけ、ね」

「言ったでしょ。そこは、さすがにパパもママも自由だよ」

「じゃないと、そもそも初詣許してくれないだろうしね」

「初詣は、パパもママも複雑らしいんだけど……とりあえず、行こっか」

「う、うん。それじゃ行こうか」


 初詣が複雑という言葉の意味が気になったけど、何はともあれ初詣だ。


 振袖姿の彼女と初詣。一度は夢に見ていたイベントだけに、気分はウキウキ。

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