第2章 彼女の家庭と信仰
第8話 大晦日の夜と信仰
雪ちゃんと初デートしてからの数日は目まぐるしく過ぎて行った。
正直、年末の数日にまた会いたいと思ったけど、
雪ちゃんも年末年始は色々あるだろうし……。
ラインでメッセージのやり取りや電話はしているけど、もどかしい。
そして、今日は12月31日。今年最後の日の夜。
我が家では、いつものように、年越しそばを食べている最中だ。
「もう大晦日なのね。ほんと、一年が過ぎるのが早いわ……」
母さんがどこか寂しそうにつぶやく。
「それ、先週も言ってたよね」
僕としては、どうにもまだ実感が湧かない。
「まあ、大人になればわかる。嫌でもな」
相変わらず、淡々とした口調で父さんが言う。
「そんなものかな。父さんは今年の一年、どうだった?」
何気なく、ふと、気になった事を聞いてみる。
「そうだな……まあまあ、といったところだな」
「まあまあ?」
「論文を3本出せたし、研究室の4年生も粒ぞろいだ。雑用は減ってほしいがな」
「雑用って、そんなに大変なの?父さんも、准教授なんて肩書持ってるのに」
「大学の教員なんてのは、偉くなればなるほど仕事が増えていくものさ」
僕としては、父さんがそういう仕事をしているのを誇りに思っていさえするのだけど、論文を書く、講義をする、研究室の運営をする、だけではなく、色々、外には言いづらい雑用も多いらしい。その事だけは、いつも嘆いている。
「ふーん。僕もさ、将来、父さんみたいに理系分野の研究者行きたいって思う事が多いんだけど。研究だけしてればいいっていうわけじゃないんだね」
「大学だと、どうしても講義をする、つまり教える仕事があるな。企業の研究所だったら、研究に専念させてくれるところもあるがな」
「それ聞くと、色々厳しそうだ」
「
「僕も方向性は決まっていないんだけど。分野としては天文、になるのかな」
それは、子どもの頃から漠然と考えていること。
「お前は、昔から天文の話が好きだったな。宇宙の仕組みに興味があるのが近いか」
「そうそう。昔、父さんがリビングに置いてた科学雑誌の影響だと思うんだけど。宇宙って無から出来たっていう、定説あるじゃない?その「無」てなんだろうってずっと思ってるんだ」
「ま、それがわかったら、一大発見だろうな。究極の謎って奴だ」
「だよね。それくらいはわかるんだけど、「無」から始まったとして、その「無」の前は何だったんだろうって色々考えちゃうんだよ」
それこそ、物心ついたときには、そんな身も蓋もない「宇宙は無から始まった」なんて事を受け入れてしまっていたから、僕は神様を信じられないのかもしれない。
「しかし、光みたいな無神論者が、熱心なクリスチャンの風間さんの娘さんとお付き合い、いうのは、聞けば聞くほど意外だな」
「まあ、信仰は個人の自由だよ。別に彼女は神様を押し付けてくるわけでもないし」
実際のところは、全然信仰に熱心でないだけなのだけど、家庭の事情もあるだろうし、彼女の本心については伏せてある。
「それならいい。しかし、神を信じている人に無神論を説いて回るような無粋な真似は止めるんだぞ?」
「僕もそこまで子どもじゃないって。法事にはちゃんと出るし、クリスマスをお祝いするし、初詣を祝う、日本人らしい無神論者さ」
「そんなことを言って。昔、宗教行事の類は毛嫌いしてたのを覚えているぞ?」
「一体、何歳の頃だよ。ほんとに子どもの頃だろ」
「俺から見れば、今だって子どもさ」
その後も、とりとめもない雑談を続けて、部屋に戻った僕は、雪ちゃんの事をふと考えていた。年末年始、彼女はどう過ごすんだろう?
ぷるるる。ぷるるる。
夜の11時を過ぎた頃、気になった僕は電話をしてみることにした。
少し遅いけど、今日は、次の日まで起きていると言ってたし。
「もしもし、雪ちゃん?元気してる?」
「うん、元気だよ。今年も、あと1時間だね……」
「なんだか、しんみりしてる?」
ふと、声色から寂しそうな気がした。
「ちょっと、今年も色々あったなって思ってただけ」
「色々の中には、クリスマス・イヴの事は入ってる?」
「入ってるに決まってるよ。去年の今頃は、来年も独りだろうなーって思ってたし」
それはまた。良くも悪くも達観した捉え方をしているなあ。
「ところでさ、雪ちゃんの家は年越しそばって食べるの?」
「うん?さっき食べたけど、どういうこと?」
「いや、そっちってご両親がクリスチャンでしょ。だから……」
「年越しそばは宗教色がないから、大丈夫だよ」
「そうなんだ。なんか、仏教か神道に絡んでるのかなと思ったけど」
気になって、手元で調べてみると、確かにある種の験担ぎではあるけど、
特別、宗教色の強い行事じゃないらしい。
「宗教というと、うちは初詣の方が厄介かな」
「ああ、そっちはもろに宗教絡みだよね」
詳しく、初詣の起源を調べたわけじゃないけど、神社仏閣に行って、神様や仏様に祈りを捧げる。明らかに宗教起源の行事だ。
「日本でもゆるーいクリスチャンは平気なんだけどね。パパもママもかなーり熱心な方だからね。他教の神々を拝むわけにはいかないんだってさ」
はあ、と電話口からもため息が聞こえてくる。
確かに、カトリック系のうちでも滅多に聞かない光景だ。
「あれ?初詣、ひょっとして来られない?その、大丈夫って言ってたけど」
「ああ、大丈夫。さすがに、私の信仰がどうとかまで言う程うるさい親じゃないから。信仰のあり方はそれぞれの心の中に、なんだって」
それぞれの心の中に、か。
「雪ちゃんのご両親って、もっと厳しいの想像してたけど、その辺はなんていうかその……優しいんだね」
僕が想像していたのは、娘にも、自分たちの信仰を押し付けるような、そんな両親だったけど、少し違ったみたいだ。
「十分、厳しいよ。クリスマス・イヴは強制的にミサ行かされたり、ね」
不満そうな言い分に、思わず噴き出しそうになる。
「相当、根に持ってるんだね」
「これ、もし、初詣まで、禁止されたら、私は親と大喧嘩してる自信があるよ?」
「君ならそれくらいしそうだね」
以前のエピソードを思い出して、心の中で苦笑いをする。
「とにかく、初詣は行けそうで安心した」
「そんなに、振袖姿、見たかった?」
声のトーンを上げて、なんだかからかうような声で言ってくる。
「うん。見たい、かな」
電話の向こうだからだろうか。不思議と素直に本音が出ていた。
「そ、そんなに真っ正直に言われると照れるんだけど」
「そうかな?」
声の調子は普通っぽく聞こえるんだけどな。
そんな事を感じていると、時刻はもう日が変わる直前。
「あ、もうすぐ日が変わるよ?」
「それ、僕も言おうとしてた」
「あと10分。もうちょっとこのままでいい?」
「ひょっとして……」
期待を込めて聞いてみる。
「うん。同時に、あけおめ、とか楽しそうじゃない?」
「いいね。やろうか」
そして、少し緊張しながら、時計の針が午前0時を指すのを待つ。
あと9分、あと8分、あと7分……。
10分くらいすぐだと思っていたけど、こうしてみると意外に長い。
「こういう時って時間が流れるの遅く感じるよね?」
「僕もそれ前から気になってたんだよ、それ」
「そうそう。わかるでしょ?」
「うんうん。関係してるかわからないんだけど、父さんも母さんも、一年が過ぎるのはあっという間みたいなこと、よく言うんだよね。たぶん、脳のメカニズムに関係してるんだと思うけど」
「そこから、すぐに脳の仕組みに話が行くところが、光君っぽいよね」
「僕らしい?」
「不思議~で終わるんじゃなくて、その先にすぐ行こうとするとこ」
「だって、ただ、不思議で終わるんだったら、なんだかつまらないし」
「ほんと、科学者向きだと思うよ、光君」
「理屈っぽいって遠回しに言われてる気がする」
「被害妄想だよー」
なんて言い合っている内に、気がつけば、残り1分を切っていた。
「あ、あと、10秒」
「9」
「8」
「7」
「6」
「5」
「4」
「3」
「2」
「1」
やけに息ぴったりでカウントダウンするのが楽しい。そして-
「「あけましておめでとう!」」
僕らは、1月1日午前0時丁度に、あけましておめでとうの挨拶をしたのだった。
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