第7話 初デート(3)
そして、僕と雪ちゃんはその鴨川のほとりに二人で突っ立っていた。時は12月25日。時刻は15:30頃。冬真っ盛りだ。幸い、既に雪は解けていたものの、雪が解けた水でびちゃびちゃになっている。
「ねえ。一つ言ってもいいかな。雪ちゃん」
「……どうぞ」
どことなく気まずいムードの僕ら。
「これ、座るの無理だよね!?」
「私もちょっとうっかりしてた」
これである。僕は僕で、なるほど、鴨川でデートの締めも悪くないなどと思ってしまったが、雪解け水の事は考えていなかった。
「別の場所にしない?」
「あ、ちょっと待って……」
とごそごそとバッグから取り出したのは、大きめのビニール袋。セーターが入っていた奴だ。
「はい。これで座れるでしょ?」
「うん。そうだ、ね……」
即席で、たまたまあったビニール袋を使うという知恵は大したものだと思うけど、しかし、このこだわりようはどうなんだ。
「でも、全然、カップル居ないね……」
二人で寄り添って座る鴨川のほとり。
「雪が降り積もってるし。そんなガッツのあるカップルいないでしょ」
いや、ここに一組そんなカップルがいるんだけどね。
「まあ、いっか。雪景色の鴨川なんてのも」
少し寒いけど、大好きな彼女が希望した場所だ。一緒に居られるならなんてことはない。
「ごめんね。私のこだわりに突き合わせちゃって」
隣に座る雪ちゃんが謝罪してくる。
「いや、いいよ。1ヶ月前から、ここ!って決めてたんでしょ?」
マフラーだってそれくらい前から準備してたって言ってたし。
「これを言うと笑われちゃうかもしれないんだけど……」
と、少しはにかみながら、彼女は言った。
「鴨川で並んで座ってるカップル見て、羨ましいなあ……って思ってたんだ」
やっぱり、彼女は夢見がちだなと思った。
「僕はいいと思うよ。これはこれで風情があると思うし」
ただし、やっぱり寒い。雪ちゃんはスカートなのに平気なのだろうか。
「そういえば、思い出したんだけど。鴨川に座るカップルはだいたい等間隔だって話あるじゃない?あれ、一度実験してみたいと思ったんだよね」
TVで検証番組があったのは知っているけど、自分の目で確かめてみたかった。
「実験?どんな?」
ぷふっと笑いながらも、話を聞いてくれる。
「たとえば、10m間隔で座ってるカップルが居たとして、間の5m地点に割り込んだらどうなるかな、とか」
「そういう変な検証実験大好きだよね、光君」
「ひょっとしたら、今日、それが出来るかもしれないって思ったんだけど」
「さすがに、初デートでそれはどうかと思う……」
「雪ちゃんも、こんな日に鴨川をチョイスするのがどうかと思うよ」
しばらく、無言で、雪景色の鴨川を眺めていると、ふと、
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。なんて、ね」
そう、雪ちゃんがぽつりとぶつやいた。
「
「私はクリスチャン(仮)だから、いいの。でも、この一節は凄く好きなんだけど、永遠なんかないって少し寂しいよね。だから、不信心者だけど、クリスチャンなんかやってるのかな……」
膝を丸めて、そう言う彼女は少し寂しそうで、でも、とても綺麗だった。
「ところで、さ。雪ちゃんはさ、僕のどこを好きになってくれたの?」
少しだけ気になっていた疑問。もちろん、顔だとか性格だとか色々理由はあるだろうけど。
「どこ……か。きっかけなら」
「きっかけ?」
「うん。「君は神様を信じる?」って聞いたことがあったよね」
そういえば、そんなこともあったっけ。
「で、僕が、神様が宇宙を作ったとか無茶だろって言ったんだよね」
僕としては、掛け値なしの本音ではあったけど。
「実は、ああ言ってくれて嬉しかったんだ」
「嬉しかった?そりゃ、今思えば雪ちゃんが抵抗感ないのはわかるけど」
それにしても、神様を信じていないと答えたのが嬉しかったとはこれ如何に。
「私の家って、両親が厳格なクリスチャンだし、親戚もそういう人多いから。私自身もそう思われてるから、どうも距離取られてる節があったんだ」
その言葉を聞いて、彼女を苦手だと言った友人の事を思い出す。
「ほとんどの生徒はクリスチャンじゃないし、クリスチャンな生徒もだいたいテキトーだよね。ウチの高校」
だからこそ、雪ちゃんの敬虔さが際立っていたとも言える。
「だから、科学関係の話になると、どうにも気まずそうにしゃべる人とか居るし、試しに「神様って信じてる?」って聞いてみても、「別にそんなに信じてないけど、人それぞれじゃないかな」とか、妙に遠慮した返事が返ってくる事が多いんだよ」
だから、と。
「皆、一線を引いてる気がして寂しかった。だから、筋金入りの科学信者な光君はどう答えるかなって、あの質問をしてみたの」
なるほど。あの質問にはそういう意味も込められていたのか。
「で、マジレスしたのが結果的に良かった、と」
そんな事が接点だったとは、本当に意外だ。
「そんな卑屈な言い方しなくても。それで、ああいう返事返してくれる光君だったから、色々安心したの。それが、きっかけ、かな」
なるほど。あの時に本音を明かしてくれたのはそういう意味合いもあったのか。
「じゃあ、僕のどこを好きになってくれたの?」
それが気になっていたのだ。
「どこって。さすがにそれは恥ずかしいよ……」
俯いて、頬を朱く染める様子は大変に可愛らしいけど、それはそれとして。
「僕たち、付き合ってるんだし、今更じゃない?」
「……言わないと、駄目?」
「駄目じゃないけど、出来れば」
「……可愛いなって思ったの」
「え?」
「だから、可愛いなって思ったの。ちょっとからかってみたら照れるところとか。あと、妙にピュアというか純情なところとか」
凄く、恥ずかしい。でも、それなら。
「純情っていうなら、雪ちゃんもだと思う。今、そうやって照れてるところとか。すっごく可愛いと思う」
そんな、凄く恥ずかしい台詞を言う僕。
それから、しばらく、お互い無言で妙に気恥ずかしい空気が僕たちの間に流れたのだった。外は寒いけど、身体が凄く熱い。
「そろそろ、帰らないと」
腕時計を見た雪ちゃんが立ち上がる。つられて時計を見ると、17:00を過ぎていた。確かに、そろそろ帰らないと。
「次に会えるのは、3学期の始業式かな」
手を繋いで、帰り道を歩きながら、そんな当たり前の事を聞いてみる。
「うん。私も、もっと会いたいんだけど……」
同じ気持ちを彼女が共有してくれるのが嬉しい。
「じゃあ、年末年始はラインとか電話で……かな」
「うん。あけおめのメッセージ送るから」
「あと、三が日が明けたら初詣も一緒に行きたいな。雪ちゃんの家的にはどう?」
「さすがに、そこまでうるさくは言わないよ。大丈夫!」
「そっか。良かった」
「振袖、着ていくからね」
振袖の雪ちゃん……。
「う、うん。楽しみに待ってる」
「あ。声が上擦った。何か妄想してたよね?」
「そ、そんなことはどうでもいいでしょ?」
そんな事を話し合いながら、僕たちは、初デートを終えたのだった。
これは、上々、と言っていいんだろうか?
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