第5話 初デート(1)
12月25日。急だけど、今日は雪ちゃんとの初デート。昨夜の雪が降り積もったのか、一面銀世界だ。
(今日は自転車は使えないな)
僕らの住む京都市内、特に中心部は公共交通機関を使うより小回りの効く自転車の方が便利なことも多い。ただ、これだと、徒歩かバスかの二択になりそうだ。
仕方ないかと、歩いて高校に向かう。でも、こんな少し神秘的な光景で初デートというのもいいかもしれない。と、胸を躍らせる。
待ち合わせ場所の、
「おはよう、光君!……どうしたの?」
怪訝な顔をする雪ちゃん。
「いや、服、凄く似合ってるよ。それに、髪型も可愛い」
目の前の彼女の装いはブルーのコートの下には、白のセーター。そして、膝くらいまでの丈の茶色のロングスカート。普段、下ろしている長い髪もツインテールになっていて、いつもより活発な印象を受ける。
「良かった……。昨夜、色々考えたんだから」
僕の褒め言葉を受けて、嬉しそうな表情の雪ちゃん。少し目線を逸らして照れている様子が可愛らしい。それに、僕のために、色々コーディネートを考えてくれたのか、と思うと、胸がじーんとなる。
「僕のはどうかな?一応、恥ずかしくないようにしてみたんだけど」
下は灰のデニムに、上はカジュアルな感じに、紺のコート。それと、インナーは白のシャツ。
「うん。似合ってるよ。ふふ。でも、普段より意識してくれたのがわかるよ」
そう楽しそうに笑う雪ちゃん。
「そう、かな?」
確かに初デートだからと気合いを入れた面はあるけど、これまで雪ちゃんと二人で遊ぶときにも着てきたやつの組み合わせだ。
「そうだよー。でも、嬉しい」
そんな褒め言葉を送り合う僕たち。この娘が僕の恋人なんだと思うと、改めて心のなかに喜びが湧き上がってくる。
「で、場所なんだけど、どこに行くの?」
結局、昨夜は秘密ということにされたのだった。
「堀川丸太町にあるレストランなんだけど……実は、予約してあるんだ」
堀川丸太町は、今、僕たちが居る、堀川今出川から南に数kmのところにある地域だ。距離的には、徒歩で問題なく行ける距離。
「でも、予約?今、クリスマスだし、前日にいきなりとか難しかったんじゃ……」
この時期は、昼も夜もレストランは予約でいっぱいになっていることが多い。それに、昨日、帰ってきた後という時間帯を考えると、相当無理がある気がする。
「あの、ね。実は、前から、予約してたの。2週間くらい、前に」
恥ずかしそうに、目を伏せてそんな事を告白する雪ちゃんだけど、僕はちょっとビックリ。
「2周間前って、僕らが恋人になる前、だよね。昨日、もしうまく行かなかったらどうするつもりだったの?」
もちろん、結果オーライだったけど、前日にキャンセルは、キャンセル量やら何やら発生するはずだ。
「その時は、代わりに弟と一緒に行くつもりだった、かな」
そう。彼女には、2歳年下の弟がいると聞いている。まだ、会ったことはないんだけど、よく、生意気だとかいう話をしていた。
「雪ちゃんも、策士というか……。そこまで考えてたのはビックリだよ」
僕は、告白の後のことなんか事前に考えられなかった。取らぬ狸の皮算用という奴だし。
「きっと、光君の態度から脈アリだ!っと思ってたから」
そう思われていたのか。いや、当たってたんだけど、予測されていたことが恥ずかしいやら何やら。ま、いいか。
「じゃ、じゃあ、行こうか」
そう言って、そろりそろりと手を繋ごうとする。今の間柄で手を繋ぐのは問題ないはずだけど、緊張故から非常にゆっくりになってしまう。
「うん♪」
僕の手に触れる、雪ちゃんの細い手の感触。その感触は意外に冷たい。
「手、冷たいでしょ?」
「うん。昔から?」
「そう。なんでかわからないんだけど」
「そっか。でも、ひんやりして気持ちいい」
「光君は手、あったかい」
「そうかな?」
「そうだよ」
そんな恥ずかしい台詞を交わし合う僕たち。ああ、青春してるなあ、僕、とか思ってしまう。
ここから、件のレストランがあるという堀川丸太町までは、20分もかからない。お互いに言葉少なに歩いていると、あっという間に到着してしまった。
「ちゃんとしたレストランなんだけど。これ、ドレスコードとか大丈夫?」
目の前にあるフランス料理のレストランは、いかにも立派な感じがして、いつもの服装で良かったのかと心配になる。
「大丈夫、大丈夫。家族で来たことあるけど、カジュアルな服でも大丈夫だったし」
家族で?
「へえ。家族でこんなとこ来るんだ。なんだか、らしいと言えばいいのか……」
仲良くなった後の彼女はどちらかというと庶民的な店を好んでいたように思えたので、少し意外にも感じられる。
「あ、そういえば、お金。半分出すよ」
そう申し出てみる。一応、財布の中には、貯蓄したお小遣い約1万円が入っている。こういう日のために、とまでは思っていなかったけど、助かった。
「私が誘ったんだから、出させて?」
しかし、雪ちゃんは予想通り首を縦に振らなかった。
「いや、彼氏としては、さすがに彼女に全額出してもらうのはちょっと……」
僕とて、そういうプライドはある。全額出す程の甲斐性はないけど。
「じゃあ、今日、他に飲み食いするときは、光君が出してくれればいいよ。それに、私からのクリスマスプレゼントのつもりだから、素直に受け取って欲しいな?」
プレゼント。そう言われると、受け取らないのは逆に悪い気がしてくる。
「わかったよ。お言葉に甘えるよ」
「よろしい。光君は、もう少し素直に好意に甘えた方がいいと思うの」
「それとこれとは違うと思うんだけど……ありがと」
友達からはされたことがない指摘。両親くらいしか知らない、そういうところも見透かしているのは、さすがに人間観察が得意な雪ちゃんならではだろうか。
「はぁ。カップルでいっぱいだ……」
「今日はクリスマスだから。日本らしいよねー」
二人席に通された僕たちは、そんな会話を交わす。さすがに高校生でこんなところに来る人は少ないのか、大学生以上と思われるカップルがほとんどだった。
「ところで、なんでここを選んだの?もちろん、いい所だけど」
少し気になった事を聞いてみる。
「うーん、深い理由はないんだけど。クリスマスのディナーとかはうちだと無理でしょ?だから、お昼くらいは、雰囲気のあるところで食べたかったの」
あ、そうか。今夜も何か行事があるのか。
「そっか。厳格なクリスチャンの家庭っていうのも大変なんだね」
うちの高校には、他にもクリスチャンの生徒は時々いるけど、ほとんどがかなーり緩い感じで、クリスマス・イヴもクリスマスも普通の家庭と同じお祭り感覚の奴がほとんどだ。
「そうなの!今日も、18:00までに帰って来なさいって言われてるし。夜はまたお祈りするんだって」
少しげんなりした様子で言う雪ちゃん。そっか。とすると、居られるのも17:00までくらいか。
「じゃあ、その分、今日はいっぱい楽しもうか」
幸い、僕のところは門限もあってないようなものだし、両親も色々寛容だ。その辺は僕が合わせてあげればいい。
その後も何気ない言葉を交わしながら、スープやポワソン、牛肉料理など、色々堪能したのだった。正直、料理の高級さに少し気後れしたのは秘密だ。
「うん。すっごく美味しかった。いいレストランだね」
「でしょ?彼氏が出来たら、きっと、ここで一緒に食べよう!って思ってたの」
「そんな事考えてたの?雪ちゃん、色々、妄想豊かだったんだね」
「さ、さっきのはナシ!聞かなかったことにしてー!」
食後の僕たちは、そんな会話を交わしていた。あらかじめここを予約していたこともだけど、雪ちゃんはロマンチストというか、意外と夢見がちな女子だったらしい。
「あ、それと。クリスマスのプレゼント、用意してきたんだけど……」
食事を終えて一息ついていたところに、彼女のそんな一言。上目遣いで、何やら様子を伺うような表情。
「え?」
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