第1章 付き合いたての彼ら

第4話 初デート前日

「もう、クリスマス・イブなんて早いものね……」


 しみじみと母さんが言う。ここは、星崎ほしざき家の食卓。都内にある、少し古くなったマンションの四階に我が家はある。


「僕は凄く長かったって感じだけど」


 12月24日の夜。ゆきちゃんと彼氏彼女の仲になった僕だけど、両親が厳格なクリスチャンである彼女は家族一緒に過ごす夜なので、クリスマス・イヴの夜を楽しむ、とは行かなかった。


「歳を取ると月日が経つのが早く感じるものなのよ」


 そんな事を言う母さんの歳は三十台後半。もう歳だという年齢でもないと思う。本名は星崎結子ほしざきゆいこと言う。


「若いとは行かないけどさ。そんな事言うのは早すぎるんじゃない?」


 だから、少し笑いながら、僕はそう言ってみる。


ひかるも三十路を超えるとわかる。本当に、早いぞ?」


 そして、父さんはといえば、母さんに同意していた。四十台前半の父さんこと星崎弘明ほしざきひろあきは分子生物学の研究者で、若手研究者として期待されている……らしい。あまり自分の事を語りたがらない父さんの名前をググってみたら、研究者データベースに父さんの名前があったのを覚えている。


「そんなものなのかな……」


 二人揃って言うものだから、僕も、いずれはそう感じるようになるのだろうかとふと思いを巡らせる。僕が父さんくらいの歳になるまで、まだ二十年以上ある。今まで生きてきた年よりも長いくらい経過した後なんて、ちょっと想像もつかない。

 

 それに、そんな遠い未来よりも、僕には今、気になっている事があるのだ。


「それより、風間かざまさんの娘さんとはうまく行ったの?光」


 ニヤニヤ笑いでそんな事を興味深々で聞いてくる母さん。


「そんな事、どうでもいいでしょ」


 母さんは息子の恋路が気になるらしく、なんとなく話した雪ちゃんとの事をよく聞いてくるのだけど、そんな事、親に話したくはない。勘弁して欲しい。だから、殊更、無愛想な感じでそう返事をする。


「ふーん。その様子だと、うまく行ったみたいね」


 それをうまく行ったと解釈したらしい。悔しいが完全に見抜かれている。


「黙秘権を行使するから」


 でも、認めるわけにはいかないので、あくまで知らぬ存ぜぬを貫く。


「付き合いをとやかく言うつもりはないが、先方に失礼のないようにしなさい」


 そして、黙々と食事を口に運びながら、厳しい顔でそんな事を言う父さん。表情があまり変わらないものだから、一見、怒っているようにも見えるけど、これが普段の調子だ。


「それは、当然だよ。あっちは特にご両親が厳しいみたいだし」


 まだ彼女のご両親と会った事はないけど、クリスマス・イヴに家族一緒で過ごす事を大事にしている辺りなども含めて、敬虔なクリスチャンと聞いている。


「ほら。やっぱりうまく行ったんじゃないの、光ー」


 そして、墓穴を掘ってしまった僕。どうも、僕は隠しごとが苦手らしい。


◇◇◇◇


 クリスマス・イヴらしい、少し豪華な食事にケーキを食べた僕は、部屋で独り、くつろいでいた。頭に思い浮かぶのは、今日、彼氏彼女の関係になったばかりの彼女……雪ちゃんの事。


「今頃、何してるのかな」


 そんな事を独りごちながら、彼女が家で過ごす様子を想像してみる。家族で過ごすと言ってたけど、キリスト教絡みの行事でもあったりするんだろうか。今日で高校の二学期は終了だから、次に会えるのは一月の始業式だろうか。なんて考えていると、


 ぷるるる。ぷるるる。何やら、電話の着信音が鳴っている。友達の誰かだろうか?と思って、スマホを手に取ってみると、相手はまさに思い浮かべていた当の本人だった。


「も、もしもし。光だけど。ど、どうしたの?」


 彼女とは連絡先を交換してそこそこ経つけど、ラインでほとんどの連絡は済んでいた。だから、こうして電話をくれるのは珍しい。少し動揺してしまう。


「さっきぶりだね、光くん。なんで、そんな緊張してるの?」


 その動揺した様子が声に出ていたのか、くっくっと笑いを噛み殺した声が聞こえてくる。


「だって、滅多に電話くれることなんてないから。それに、今日、その、恋人……」


 言ってて、恥ずかしくなってくる。告白した時は勢いだったけど、今更こんなに恥ずかしい気持ちになるとは。


「あんなに堂々と告白してきたのに、なんで照れてるの?」


 からかうような声でそう告げる彼女。くそう。


「恋人になったんだな、と思うと、色々と恥ずかしくなってきたの!」


 なんで、彼女が平気そうなのに僕がこんな事を言っているんだろうか。


「光君、そういう所、恥ずかしがり屋さんだよね。前から思ってたけど」


「君が平然とし過ぎなだけだよ」


 せめて、彼女の方も照れてくれていれば、お互い嬉し恥ずかしなのに。


「私だって、ちゃんと照れてるよ?」


 その声はいつも通りで、全然照れてるように見えない。


「ほんとにー?」


 だから、僕は疑わしそうな声で問いかける。


「ほんとだよー。そ、それより。光君。あ、明日って暇?」


 暇?クリスマス・イヴに全てを注ぎ込むつもりで居た僕は、明日のクリスマス当日には特に予定はない。元々、日本では、クリスマス・イヴこそ本番みたいな雰囲気があるし。


「どう時間を潰そうか考えてたとこ。その、ひょっとして……」


 このタイミングで聞いてくるなんて、他に考えられない。期待感に、どんどん声が上擦っているのを実感する。


「そ、その、デートとかどうかなって……」


 妙に絞った声で、そう聞いてくる雪ちゃん。ひょっとして、これは照れているんだろうか。そうだとしたら、嬉しいんだけど。


「も、もちろん、OKだよ。ええと、場所はどこにする?」


 期待に胸が膨らむ僕。気が逸るのを抑えて聞いてみる。


「場所なんだけど。明日のお楽しみ……っていうんじゃ駄目?」


 そんな風に、駄目?なんて可愛らしい声で言われたら、参ってしまいそうだ。


「そりゃ、駄目じゃないけど。なんで?」


 そんな会話を引っ張りたくて、聞き返してみる。


「と、とにかく、秘密!わかった!?」


 妙に焦ったような声で言う雪ちゃん。その声に、彼女もやっぱり似たような気分なんだ、と実感して、嬉しくなる。


「う、うん。了解。ところで、今夜は家族と一緒に過ごすんじゃなかったの?」


 そういえば、疑問に思っていた事だった。


「実は、さっき、教会での礼拝から帰ってきたところ。典型的な日本人な私としては、もっと賑やかに行きたいんだけどね」


 クリスチャン(仮)を自称する彼女らしい返事に僕は苦笑い。


「あー、なんだか、厳かなイメージだよね」


 厳かな雰囲気の教会で、つまらなそうな顔をしている彼女が目に浮かぶようだ。


「そうそう。神父様の聖書朗読とかね。ああいうのは、自分で読んでみると面白いけど、聞かされるとほんっとつまらないの!」


 仮にもクリスチャンとは言えない言い様だ。


「まあまあ、それくらいにして。待ち合わせだけど、何時にする?」


 デート場所は秘密だとしても、それだけは聞いておかなきゃ。


「10時に、うちの高校でどう?わかりやすいでしょ?」


「了解。その、デート、楽しみにしてるよ」


 彼女はどんな服を着てくるんだろうか。もちろん、私服姿の彼女を見たことはあるけど、はじめての彼氏彼女としてのデートだ。色々気になる。


「うん。私も楽しみにしてる。それと……改めて。好きだよ、光君」


 好き。改めてそう聞かされて、本当に恋人になったのだと実感する。


「う、うん。僕も好きだよ、雪ちゃん」


 照れくさいけど、僕も同じように返す。


「ありがと。そ、それじゃ、おやすみ!」


 つー、つー。よっぽど恥ずかしかったのだろうか。一息で、おやすみを言い終わったと思ったら、電話が切れていてた。


 それにしても、今日、告白したと思ったら、明日はデートか。予想外だったけど、彼氏らしく、色々きちんとしないと。


 明日に期待を馳せつつ、そんな事を考えたのだった。

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