第1章 付き合いたての彼ら
第4話 初デート前日
「もう、クリスマス・イブなんて早いものね……」
しみじみと母さんが言う。ここは、
「僕は凄く長かったって感じだけど」
12月24日の夜。
「歳を取ると月日が経つのが早く感じるものなのよ」
そんな事を言う母さんの歳は三十台後半。もう歳だという年齢でもないと思う。本名は
「若いとは行かないけどさ。そんな事言うのは早すぎるんじゃない?」
だから、少し笑いながら、僕はそう言ってみる。
「
そして、父さんはといえば、母さんに同意していた。四十台前半の父さんこと
「そんなものなのかな……」
二人揃って言うものだから、僕も、いずれはそう感じるようになるのだろうかとふと思いを巡らせる。僕が父さんくらいの歳になるまで、まだ二十年以上ある。今まで生きてきた年よりも長いくらい経過した後なんて、ちょっと想像もつかない。
それに、そんな遠い未来よりも、僕には今、気になっている事があるのだ。
「それより、
ニヤニヤ笑いでそんな事を興味深々で聞いてくる母さん。
「そんな事、どうでもいいでしょ」
母さんは息子の恋路が気になるらしく、なんとなく話した雪ちゃんとの事をよく聞いてくるのだけど、そんな事、親に話したくはない。勘弁して欲しい。だから、殊更、無愛想な感じでそう返事をする。
「ふーん。その様子だと、うまく行ったみたいね」
それをうまく行ったと解釈したらしい。悔しいが完全に見抜かれている。
「黙秘権を行使するから」
でも、認めるわけにはいかないので、あくまで知らぬ存ぜぬを貫く。
「付き合いをとやかく言うつもりはないが、先方に失礼のないようにしなさい」
そして、黙々と食事を口に運びながら、厳しい顔でそんな事を言う父さん。表情があまり変わらないものだから、一見、怒っているようにも見えるけど、これが普段の調子だ。
「それは、当然だよ。あっちは特にご両親が厳しいみたいだし」
まだ彼女のご両親と会った事はないけど、クリスマス・イヴに家族一緒で過ごす事を大事にしている辺りなども含めて、敬虔なクリスチャンと聞いている。
「ほら。やっぱりうまく行ったんじゃないの、光ー」
そして、墓穴を掘ってしまった僕。どうも、僕は隠しごとが苦手らしい。
◇◇◇◇
クリスマス・イヴらしい、少し豪華な食事にケーキを食べた僕は、部屋で独り、くつろいでいた。頭に思い浮かぶのは、今日、彼氏彼女の関係になったばかりの彼女……雪ちゃんの事。
「今頃、何してるのかな」
そんな事を独りごちながら、彼女が家で過ごす様子を想像してみる。家族で過ごすと言ってたけど、キリスト教絡みの行事でもあったりするんだろうか。今日で高校の二学期は終了だから、次に会えるのは一月の始業式だろうか。なんて考えていると、
ぷるるる。ぷるるる。何やら、電話の着信音が鳴っている。友達の誰かだろうか?と思って、スマホを手に取ってみると、相手はまさに思い浮かべていた当の本人だった。
「も、もしもし。光だけど。ど、どうしたの?」
彼女とは連絡先を交換してそこそこ経つけど、ラインでほとんどの連絡は済んでいた。だから、こうして電話をくれるのは珍しい。少し動揺してしまう。
「さっきぶりだね、光くん。なんで、そんな緊張してるの?」
その動揺した様子が声に出ていたのか、くっくっと笑いを噛み殺した声が聞こえてくる。
「だって、滅多に電話くれることなんてないから。それに、今日、その、恋人……」
言ってて、恥ずかしくなってくる。告白した時は勢いだったけど、今更こんなに恥ずかしい気持ちになるとは。
「あんなに堂々と告白してきたのに、なんで照れてるの?」
からかうような声でそう告げる彼女。くそう。
「恋人になったんだな、と思うと、色々と恥ずかしくなってきたの!」
なんで、彼女が平気そうなのに僕がこんな事を言っているんだろうか。
「光君、そういう所、恥ずかしがり屋さんだよね。前から思ってたけど」
「君が平然とし過ぎなだけだよ」
せめて、彼女の方も照れてくれていれば、お互い嬉し恥ずかしなのに。
「私だって、ちゃんと照れてるよ?」
その声はいつも通りで、全然照れてるように見えない。
「ほんとにー?」
だから、僕は疑わしそうな声で問いかける。
「ほんとだよー。そ、それより。光君。あ、明日って暇?」
暇?クリスマス・イヴに全てを注ぎ込むつもりで居た僕は、明日のクリスマス当日には特に予定はない。元々、日本では、クリスマス・イヴこそ本番みたいな雰囲気があるし。
「どう時間を潰そうか考えてたとこ。その、ひょっとして……」
このタイミングで聞いてくるなんて、他に考えられない。期待感に、どんどん声が上擦っているのを実感する。
「そ、その、デートとかどうかなって……」
妙に絞った声で、そう聞いてくる雪ちゃん。ひょっとして、これは照れているんだろうか。そうだとしたら、嬉しいんだけど。
「も、もちろん、OKだよ。ええと、場所はどこにする?」
期待に胸が膨らむ僕。気が逸るのを抑えて聞いてみる。
「場所なんだけど。明日のお楽しみ……っていうんじゃ駄目?」
そんな風に、駄目?なんて可愛らしい声で言われたら、参ってしまいそうだ。
「そりゃ、駄目じゃないけど。なんで?」
そんな会話を引っ張りたくて、聞き返してみる。
「と、とにかく、秘密!わかった!?」
妙に焦ったような声で言う雪ちゃん。その声に、彼女もやっぱり似たような気分なんだ、と実感して、嬉しくなる。
「う、うん。了解。ところで、今夜は家族と一緒に過ごすんじゃなかったの?」
そういえば、疑問に思っていた事だった。
「実は、さっき、教会での礼拝から帰ってきたところ。典型的な日本人な私としては、もっと賑やかに行きたいんだけどね」
クリスチャン(仮)を自称する彼女らしい返事に僕は苦笑い。
「あー、なんだか、厳かなイメージだよね」
厳かな雰囲気の教会で、つまらなそうな顔をしている彼女が目に浮かぶようだ。
「そうそう。神父様の聖書朗読とかね。ああいうのは、自分で読んでみると面白いけど、聞かされるとほんっとつまらないの!」
仮にもクリスチャンとは言えない言い様だ。
「まあまあ、それくらいにして。待ち合わせだけど、何時にする?」
デート場所は秘密だとしても、それだけは聞いておかなきゃ。
「10時に、うちの高校でどう?わかりやすいでしょ?」
「了解。その、デート、楽しみにしてるよ」
彼女はどんな服を着てくるんだろうか。もちろん、私服姿の彼女を見たことはあるけど、はじめての彼氏彼女としてのデートだ。色々気になる。
「うん。私も楽しみにしてる。それと……改めて。好きだよ、光君」
好き。改めてそう聞かされて、本当に恋人になったのだと実感する。
「う、うん。僕も好きだよ、雪ちゃん」
照れくさいけど、僕も同じように返す。
「ありがと。そ、それじゃ、おやすみ!」
つー、つー。よっぽど恥ずかしかったのだろうか。一息で、おやすみを言い終わったと思ったら、電話が切れていてた。
それにしても、今日、告白したと思ったら、明日はデートか。予想外だったけど、彼氏らしく、色々きちんとしないと。
明日に期待を馳せつつ、そんな事を考えたのだった。
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