第3話 クリスマス・イヴと告白
僕と
ある時は、意味深に飲みかけのジュースを渡してきたり。またある時は、カップル限定の店に誘って、「あ、ひょっとして意識してる?」なんて言ってきたり。そんな悪戯に抵抗できないのが悔しくもあったけど、とにかく、そんな日々を過ごしている内に、僕はすっかり彼女にぞっこんになってしまったのだった。
◇◇◇◇
時は流れて今日は12月24日。クリスマス・イヴだ。世間的には一大商機だったり、あるいは、恋人と甘い一夜を過ごす日かもしれないけど、カトリック系進学校であるウチでは少し違う意味合いがあった。
クリスマス・イヴは本来、キリスト教で重要な存在であるイエス・キリストが生誕したとされている日。折りに触れてキリスト教関連の行事に強制参加させられる我が校では、クリスマス・イヴも例外じゃない。だから、今日は体育館で全校生徒を集めてミサが行われている。ミサというのは、カトリックの祭礼のことだ。少々だるいのだけど、仕方がない。
校長先生を兼ねる神父さんが聖書の一節を朗読する中で、隣で黙想をしている雪ちゃんをちらっと見る。彼女は、あの時言ったように、自分を見つめ直したい時に、黙想をして心を落ち着けるらしい。彼女は今、何を考えているのだろうか。
そんな風にして彼女を観察していると、雪ちゃんの目がゆっくりと開いた。
雰囲気のせいか、彼女が神秘的に見えてくる。
「黙想してたの?」
「うん」
「そっか。何考えてたの?」
「知りたい?」
「できればね」
「……放課後にはわかるよ」
「放課後?」
「夜にしようと思ったんだけど、パパとママがうるさいしね」
「夜は家族で一緒に過ごすことになってるんだよね」
元々、キリスト教におけるクリスマス・イヴはそういうものらしい。
「そうそう。そんなところまで、厳格にしなくてもいいのに」
愚痴をたれる彼女。そんなところも彼女らしいな、と思えるようになっていた。
その後、全校生徒による聖歌合唱やオーケストラ部による演奏などを経て、無事、クリスマス・イヴのミサは終了したのだった。
後は流れ解散だけど、僕にとってはこれからが本番だ。
「ねえ、雪ちゃん。これから時間ある?」
「用事?」
見返してくる瞳は、純粋に疑問に思っているようだった。
「うん。そんなに時間は取らせないから」
「私も光君に用事があるんだけど……後でいいか」
後?さっき、放課後にはわかるとか言ってたっけ。
何か悩み事の相談でもあるんだろうか。
そんな事を考えつつ、僕は彼女を目的の場所に連れて行った。
「ここって、聖堂だよね?」
「うん。前に行こう」
いよいよという段になって、胸の鼓動を抑えられなくなっていく。
聖堂の一番前にある台座まで彼女を連れて行って、彼女と向かい合う。
「ちょっと待って。これって……」
僕の意図に気づいたのか、ぎこちなくなっていく雪ちゃん。
きょろきょろとして落ち着きがなくなっていくのが可愛い。
ともあれ、当たって砕けろだ。
「待たないよ。雪ちゃん、僕は君のことが……」
決定的な一言を告げようとした瞬間。
「ちょっと待って。ストップ、ストップ!」
「はい?」
不機嫌そうな彼女に制止されてしまう。
急に告白を止められた僕は困惑するしかない。
「ごめん。ひょっとして迷惑だった?」
「私から告白しようと決めてたのに、先越そうとするから」
「え?」
今、なんて言った?
雪ちゃんの方から告白?
ということは、彼女も僕の事を……
「それって、雪ちゃんが僕のことを」
「私の馬鹿馬鹿馬鹿。こんな形で告白しちゃうなんて……!」
髪をかきむしりながら身悶えする雪ちゃん。
そんな姿も愛らしい……じゃなくて。
「やり直し、してもいい?」
なし崩しは避けたい。
「うん、どうぞ、お好きに。私、失敗しちゃったなあ」
がくんとする雪ちゃん。そんな様が少し可笑しい。
「僕は、雪ちゃんの事が大好きです。付き合ってください」
そうストレートに伝える。
「はい。私で良ければ、喜んで」
とづづけて、
「ホントなら、私が言うはずだったのに」
ため息をつく彼女に、僕も苦笑い。
お互いに、同じことを考えていたなんて思わなかった。
「この場所も、クリスチャン(仮)な私らしいかなって、考えていたのに……」
「それはわかるけど、諦めてよ。アナスタシアちゃん」
家の都合でクリスチャンな彼女には洗礼名もある。
それがアナスタシアなのだ。
「洗礼名で呼ばれるのは微妙なんだけど」
「ごめん」
クリスチャン(仮)な彼女としては、あんまり嬉しくないらしい。
「とにかく、結果オーライにしようよ」
「うん。そうしようっか」
こうして、ちょっと締まらない告白は幕を閉じたのであった。
聖堂から外に出て、上を見上げると、ぽつぽつと雪が降っているのがわかる。
「ホワイトクリスマスだね」
「ホワイトクリスマスより、ちゃんとした告白がしたかったなー」
「もう、それは諦めてよ」
雪ちゃんは、よっぽど悔しいのだろうけど。
「冗談だってば」
「それならいいんだけどね」
恨み言が若干本気が入っていたし。
「それにしても、私は不信心者だけど……」
「なんといっても、クリスチャン(仮)だもんね」
いつか言っていた言葉を思い出す。
「クリスマス・イヴにきっかけをもらったのは感謝、かな」
そう言って空を見上げる彼女はどこか遠くを見ているようだった。
「いっそのこと、真剣に教えを信じてみたら?」
僕も、同じく空を見上げながら言う。
「ううん。私は、クリスチャン(仮)でいいや」
相変わらずな彼女に、僕は苦笑いしたのだった。
こうして、雪ちゃんと僕は恋人として付き合うことになった。
雪の降るホワイト・クリスマスの日に。
こんな少し特別な日も、いつしか、思い出として振り返った時に、
「こんな日もあったね」
なんて笑い話になるのだろうか。
✰✰✰✰あとがき✰✰✰✰
これにて、プロローグは終了です。
大筋は、パイロット版たる「彼女はクリスチャン(仮)」と同じですが、
細かいところが色々変わっています。
この後は、クリスチャン(仮)な彼女と主人公のお付き合いのお話
になります。
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