第41話 反撃

 次の日の早朝。

 交差点に立花恭兵がやってくると、少年はすでに手すりの上に座っていた。

「いよう!昨日は大変だったよ。警察にいろいろ聞かれて」

 すると、少年はまじめな顔で、手招きをした。

「恭兵さん、ちょっと来て」

「なんだよ、改まって」

 少年の横の手すりにもたれた恭兵の肩を少年はつかむ。

 そして、ポケットから写真を取り出し恭兵に見せた。


 そこには二人のいかつい男たち。コンクリートの壁にもたれ、恐怖の表情を浮かべている。股間は黒く濡れている。。

 立花恭兵は、この男たちを知っていた。同業者ではあるが、どちらかというと裏社会に通じている者たち。


「昨日、この人たちにいろいろ教えてもらったよ」

 少年は無表情に言った。

「依頼者は渡辺建設の上の方の人たちだってね。なんでも、会長がいい年の上に病気が見つかったそうだってね。」

 恭兵の肩をつかむ手の力。とても子供と思えないほど強力だった。

「そこで、後継者を考えたらしいね。でも、息子は駆け落ちしていて勘当されているそうじゃないか。そしたら、なんと孫息子がいることが分かったんだってね」

 次の写真を見せられる。男たちが土下座をしている。

「そこで、その孫息子を養子にしようって考えたらしいね。会長の取り巻きが勝手にやったことかもしれないけれど、誘拐してもいいって言われてたそうじゃないか。僕に対しても、拷問するつもりって言ったよ」


 そして、恭兵の耳元でぼそっと言った。


「次は純子ちゃんを襲うって考えてたってさ・・・もし純子ちゃんに何かあったらどう責任取るつもりかな?」

 恭兵は、脂汗を流しながら言い訳をした。手を振りほどくことができない。

「いや・・・おれ・・・関係ないって・・」

 少年は、その鳶色の瞳で恭兵をじっと見た。


 急に周りの気温が下がった気がした。

 そして、街の音が消えた。車の音も、雑踏も、風の音も。何も聞こえない。

 ただ、少年の声だけが聞こえる。


「立花恭兵。もし、山崎純子に危害があれば、あなたは一生後悔するような目に合う」

「え・・・なんだって・・?」

「これは、呪いだよ。この先、彼女が結婚するまであなたは彼女を守り続けなければならない。命に代えても」

 恭兵は、少年の瞳に吸い込まれるような気がした。

 気が遠くなるような・・・


 気が付くと、街に音が戻ってきていた。

 ただ・・背筋に寒気がする。

 この寒気は・・・不安だった。

 もし、あの少女に何か起こったら・・・そう思うと、不安で不安でたまらなくなった。


「早く行きなよ。純子ちゃんに何かある前にね」

 少年の声を聴くと、いてもたってもいられなくなり走り出した。


 この日以降、立花恭兵は山崎純子を影のように護衛するようになった。

 いつまでも。



----


「こんにちわ、ヒロくん」

 昼前に松下奈美が交差点にやって来た。

「こんにちわ、奈美さん。今日はお仕事なんだ」

「違うのよ、急にトラブルで休日出勤になったの」

 やれやれと言った感じの奈美。

「結局、一人でトラブル対応してるのよ」


 そんな奈美に、少年は拝むように手を合わせて言った。


「奈美さん、お願い。ちょっとだけパソコンを貸してもらえないかな?」



 ”本当はだめなんだからね”と言いつつ、奈美は少年をオフィスの中に入れた。

「それにしても、ヒロ君が昼間に交差点を離れるなんてね~」

「背に腹は代えられないからね。それに今日は一応平日だし」

「あ~そっか」

 そう言いつつ、奈美はなにか違和感を感じた。

「それじゃあ、パソコンを借りるね。ところでトラブル対応って?」

「あ~、サーバーを再起動するだけなんだけどね。じゃあ、あっちで作業するから、このPCだったらいいわよ」

 そう言って、IDとパスワードを入力してヒロに席を交代する。

「ありがと、奈美さん。すぐに終わるから」

「何か検索するの?」

「まぁ、そんなもんだよ」


 奈美はサーバールームで、サーバーを再起動させて席に戻って来た。

 その間、約30分。


 席では、ヒロがパソコンで何かを入力している。

 どうみても、ブラインドタッチでキーボードをたたいている。

 横から画面をのぞき込むと、コマンドラインで何かを入力しているらしい。


 すぐに画面を閉じて、ヒロは言った。

「奈美さん、ありがと。こっちは何とかなりそうだよ」

「ふうん、何やってたの?」

「ちょっと知り合いと連絡を取っただけだよ」


 ヒロは、今度はデイバッグをガサゴソと探ると、携帯電話を取り出した。

 今どき、ガラケーである。


 その電源ボタンを長押ししている。

「ヒロ君、携帯もってたんだ?」

「うん。でも1年ぶりくらいに電源を入れるんだけどね。じゃあ、ちょっと電話をかけるので」


 ちょっと離れて、電話で話し始める。


「久しぶり。あぁ、まだなんとか大丈夫。たかひろはどう?うん、そう・・・そうだよ、お願い。・・・僕の口座使っていいから・・・いくらある?・・・足りる?・・・分かった。そう・・・」


 10分ほどして電話を切ると、奈美の方に来て話す。

「奈美さん、ありがと。とっても助かったよ」

「いえいえ、いいんだけど。もう大丈夫なの?」

「うん、ありがと。お昼ご飯はまだ?一緒に行く?」

「え?ほんと?うれしいわ」


 ヒロと奈美は、イタリアンレストラン『レガーロ』でランチを食べて別れた。


 その日の午後、日本の株式市場は大波乱となった。


 通常なら、ゴールデンウィーク中の株式市場は薄商いで値動きも少ない。しかしながら、海外から、巨大な資金が提供されたと観測された。

 渡辺建設とその関連の会社の株が急騰。ありえないほど買われていく。


 大波乱の午後の商いが終了した15:00。風間グループは渡辺建設にTOBを行うと発表した。買い付け価格は市場価格の1.5倍という破格の値段。

 しかも、海外からの買収の観測もあり、渡辺建設にとってこの日は存亡の危機に直面することになったのである。


◇◇◇◇◇◇


参考までに

 奈美の感じた違和感=ヒロは学校に行かなくていいの?

です。

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