第42話 脅迫

 渡辺建設は、その日の午後は大騒ぎだった。

 突然の海外からの株の買い占め。その後、風間グループから敵対的TOBの突然の発表。

 火のないところに煙は立たないどころか、何もないところから大火事になったようなものである。

 社長はおろおろするばかり。そんな時に渡辺会長が乗り込んできて怒鳴り散らした。

「一体何が起こってるんだ!とっとと報告しろ!!」

 報告できるわけがない。何しろ、何の情報もないのだ。

 いままで、買収工作など全く経験したことのない経営陣。

 銀行に救済を求めても、けんもほろろに扱われる。

 会社中がてんやわんやの中、社長室はお通夜のようになっていた。

 なにしろ、何も情報がない。だれも、何もわからない。手の打ちようがない。


 その時、社長秘書が電話をもってやって来た。

「あの・・・会長にお電話なのですが・・」

「誰からじゃ!」

 今は忙しい!と怒鳴りたいところだが、するべきことが見つからないのだ。

「それが・・・風間グループの会長からだとのことですが・・・」

 渡辺会長は目を見開いた。

「な・・・なんじゃと!?」


 その日の夜。風間グループの会長に呼び出された渡辺会長は風間グループ本社にやって来た。

「やぁ、渡辺会長。急に呼び出してしまって申し訳ないですね」

 応接室で、朗らかに出迎えたのは風間グループ会長の風間高弘である。IT技術をバックに急激に業績を伸ばし国内はもとより海外にまで手を広げる若き経営者。

 ただ、建築関係は全く関係のない風間グループが、なぜ渡辺建設にTOBを仕掛けたのかは謎としか言いようがなかった。

「風間会長。早速で申し訳ないが今回のTOBに関して理由を教えていただきたい。なぜ、わが社に敵対的な行為を仕掛けてきたのか教えていただけないでしょうか?」

 言葉は丁寧だが、渡辺会長の表情は怒りがにじんでいる。明らかに”この若造が!”と思っているに違いない。

 その渡辺会長に対し、風間グループの若き会長はちょっと驚いたという風に手を広げて答えた。

「おやおや、私は渡辺建設に救いの手を差し伸べたつもりなんですが?」

「救いの手じゃと?一体どの面下げてそんなことを言うんじゃ!!」

 堪忍風呂の緒が切れたのか、怒鳴る渡辺会長。それに対し冷静に答える。

「ですから、海外からものすごい勢いで株を買いあさられているんですよね?それを阻止するためにはどうするかお考えになった方が良いのではないでしょうか?」

「う・・・」

「まぁ、もしご不満ならTOBをやめて今買い付けた株をすべて売却しても良いのですけどね」

「だ・・・誰に売るつもりじゃ?」

 すると、風間会長はニヤッと笑って言った。

「そろそろ来るはずなんですよ、もう一人のゲストが」

 その時、扉がノックされた。

「はい、どうぞ」

 扉を開けて入って来たのは・・・まだ中学生くらいの少年。


 ヒロであった。


「なんじゃ、このガキは!?」

 大声を出す渡辺会長に、風間会長は冷たく声をかけた。

「言葉を慎んだ方が良いですよ。その子は、見ての通りの相手ではないので」

 むっとした顔をする相手に風間高弘は言った。

「まぁ。”くじら”と呼ばれることもあるようですが」

 その言葉に、理解が及ばずポカンとする渡辺会長。

 しかし、だんだんと顔が青くなっていった。


 あくまで噂だけ。巨大な資本持ち市場をコントロールしていると言われている存在。

 それが、目の前にいる子供と言われたのだ。


「いやだなぁ、たかひろ。変な言葉で呼ばないでよ」

 その子供が答える。風間グループの会長を呼び捨てで。

 肩をすくめる風間会長。


 渡辺会長の前に座ったその子供は、渡辺会長に向かって話し始めた。

「今回の発端は、我々の身を守るためなんです」

 テーブルに写真を置いた。

 明らかに堅気ではないと思われる2人の人物の写真。

「この2人は、僕を誘拐して拷問するつもりだったそうです」

 渡辺会長は、何のことかわからなかった。


 しかし、その次の言葉で冷水を浴びたような気分になった。


「この2人は、あなたの会社の常務に命令されたと言っています」

 少年の鳶色の瞳が、渡辺会長を刺すように見つめていた。


「彼らは、会長のお孫さんを探すように命令されていました。そのためなら、どんなことをしても良いと言われていたそうです」

 別な写真を見せてくる、少年。

「そして、僕たちがたまたま街で見かけたと伝え聞いた彼らは誘拐して暴行を加えようとしてきたようです」



 ようやく、言っていることは理解してきた渡辺会長。

 確かに孫を探して連れてくるように常務に指示をしていた。ただ、何をしてもいいとまでは言っていない。それは常務が忖度したのだろう。


「ほんとに、たまたま見かけただけなのにね。赤の他人である我々に危害が及んでいるんですよ」


 非現実的な状況に何も言えなくなっていた。背中を冷汗が滝のように流れ落ちていく。



「さて、渡辺会長。この落とし前をどうつけるおつもりです?

それとも、このまま買収して・・その常務を処分してしまいましょうか?」


 渡辺会長には、目の前にいる子供が怪物に見えた。

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