第36話 ゴールデンウィーク初日の交差点

「こんにちわ、怜子さん」

「こんにちわ、ヒロ君」


ゴールデンウィーク初日。


街は人があふれている。

相変わらず、交差点の手すりには少年が座っている。

そして、その下にはスケッチブックに鉛筆で書きこんでいる少女がいる。


「怜子さん、お土産あるんだ。どうぞ」

少年が、手渡してきたもの。

”雷鳥の里”と書いている。

よく見ると、少女も鉛筆を動かしながら、もぐもぐと何かを食べている。

「いま、職務中なんだけど?」

「まぁいいじゃない、これくらい」

キシシと笑う少年。

「これ、どこのお土産?」

「長野県だよ」

ふと気づく・・・今日はGW初日。

「ヒロ君?一体いつ長野に行ってたのかな?」

にっと笑って少年は同じように言った。

「まぁいいじゃない」


そういいながら、少年は交差点を見つめている。

いつもより真剣な気がする。

「どうしたの?いつも以上に真剣だけど」

「ゴールデンウィークだらね、人が多いから」

「人を探しているんだっけ?」

「そうだよ」

「見つかりそう?」

「それは、わからないけど」


すると、交差点を渡ってくる常連がまた一人。

「こんにちわ、奈美さん」

「こんにちわ、ヒロ君」

「これ・・お土産だよ。あげるね」

松下奈美にも、同じようにお土産を渡す少年。

「ヒロ君、ありがとう~~!」

抱きつかんばかりに少年に近づき手を握る。

「あら、あなた今日はお仕事・・・じゃなさそうね」

いつものようにスーツではない。かといって休日出勤のラフな格好でもない。

「おばさん、今日はデート?」

少女・・山崎純子は容赦ない。

デートという言葉に、動揺する松下奈美。

「で・・・デートじゃないわよ。ランチに行って映画を見るだけよ」

「それを世間ではデートと言う」

「へえ、同窓会の彼氏さんと順調そうだね」

少年も、からかうように言う。

「順調って・・・ただ、高校時代のことを話すのもいいかな~・・ってだけよ?」

言い訳のようにして話す奈美。


”へえ・・ちゃんと付き合う相手いるんじゃない”

怜子は思った。

一方で、怜子は彼氏はいないし気になる男性もいない。

まだまだ、仕事に慣れるのが精いっぱいでそんな余裕はないのだ。

だから、別に気にもならなかった。


「じゃあ・・私、約束あるから・・」

そそくさと去っていく奈美。

「どうかなぁ、奈美さんデートうまくいくかな?」

「それはわからない」

「どうかしらねぇ」

ただ、あの挙動不審な態度さえ何とかすれば、今日のコーディネートは悪くはない。

「じゃあ、私も仕事中だから。お土産ありがとう」

怜子もパトロールに戻っていく。


「よう、ヒロ!」

「こんにちわ、耕助さん」

「こんにちわ、おねいちゃんの彼氏さん」

「純子ちゃん・・名前覚えて欲しいな・・」

「耕助さん、これお土産ね」

少年は同じように手渡す。

「お~!ありがとう!どこのお土産?」

「長野県だよ」

「いいねえ、楽しかったかい?」

「いや、一瞬だけ通っただけだから」

「なんだ、遊びに行ったんじゃないのかよ」

「残念ながら」

じゃあ、何しに行ったのか?不思議に思う。

「あ。もうバイト行かなきゃ。サンキュな!」

慌ててバイトに向かう耕助。


相変わらず、にぎやかな交差点。

だけれども、真剣に交差点を見つめる少年。

同じく真剣にスケッチする少女。

お互い無言である。


「ちょっと、ご飯食べに行く」

「うん、荷物は見ておくよ」

「ありがとう」

山崎純子は、お昼にご飯に行く。

少年は、いつもお昼ご飯は食べない。

ずっと、座って見続けている。

水分もあまりとらない。

以前、怜子が聞いたところ”トイレに行きたくならないようにね”と答えた。

そう・・トイレにもいかない。

ずっと、交差点に座り続けていく。


「お待たせ」

「お帰り、純子さん」

そしてまた、無言で交差点を見つめ続ける。


だんだんと陽が傾いてきて、そろそろ夕方というとき。

交差点に、立花 恭兵がやってきた。

「よう!少年」

「こんにちわ、恭兵さん。これどうぞ」

お土産を手渡す。

「お!雷鳥の里!長野に行ったんか?」

「うん、ちょっとだけね」


すると、少女が声をかけた。

「おっさん、今日は胡散臭い」

うろたえる恭兵。

「胡散臭いって・・・人聞きの悪いこと言わないでくれよ」

「胡散臭いものは、胡散臭い」

それを聞いて、キシシと笑う少年。

「ひどいなあ・・」

頭をかく、恭兵。

「でも、なんか用があるんでしょ?」

少年は、恭兵に聞いた。

「まぁ、そういってもらえると話しやすいね」

恭兵は苦虫をかみつぶしたような顔をして言う。




「申し訳ないけど、人探しに協力してくれないかい?」

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