第35話 伊吹山に鬼が泣く ④

「まったく、ようやく着いたと思ったら。いきなり指ささないでもらいたいわ」

土産物屋の女主人が言った。


榊 和葉が声をかけた。

「紅葉殿・・お久しゅうございます」


茨木童子も目を見開く。

よろよろと立ち上がる・・

「紅葉・・紅葉殿か?・・・」

土産物屋の女主人は茨木童子に歩み寄り、抱きしめた。

「苦労したね・・もう大丈夫だ」


土産物屋の女主人。

彼女は鬼女であった。


信濃の国にある紅葉伝説。

その土地の人々と共に生きる鬼女。その鬼は紅葉と呼ばれた。

茨木童子は、幼少のころ紅葉のところで世話になっていた時期があった。



1000年前。

酒呑童子を倒した朝廷は調子に乗って、信濃の国の鬼も調伏しようと兵をあげた。

しかし、その前に立ちはだかった人々。そして・・・鬼女と共に朝廷の軍をボロボロにした3人。

そう、彼らはニンゲンではなく鬼の味方をしたのだった。

何とか逃げ延びた朝廷の人間は、鬼を打ち取ったことにした。

つまり・・敗戦をなかったことにしたのだ。


そして信濃の国の鬼は現代まで生きている。

土産物屋の女主人 呉羽として。



今、茨木童子は紅葉と呼ばれた鬼の胸に抱かれ泣いていた。

子供のころのように。頭を撫でられながら。

「紅葉・・紅葉・・」

「つらかったろう・・もう大丈夫だ」


少年は、榊 和葉に目配せをした。

和葉は、術者たちに手振りで去るように指示した。


そこに残るは、迫害され泣く女性と、それを慰める女性。


「それじゃあ、この子は私が連れて帰るね」

榊 和葉に異論はない。

もともと、そのつもりだった。

「それにしても、あんた。前に遊んであげた時にはちいさい子供だったのにね」

それに対し、どう答えるべきか和葉は困ってしまった。

そう・・・子供のころ、ヒロと呉羽に遊んでもらったことがあるのだ。

「呉羽さん、それは言わない方がいいよ」

少年がとりなす。


「それじゃあ、ぼくたちはこれで」

紅葉・茨木童子・少年は榊 和葉に別れを告げて山を下りていく。

相変わらず、茨木童子は紅葉に抱きかかえられている。


少しは落ち着いた茨木童子が少年に聞いた。

「あの時・・私の腕をつけてくれたあの人はどこ?お礼を言わなきゃ・・」


少年は悲しげな、そして悔し気な顔をして言う。

「カイは・・・死んでしまったよ」

「それじゃあ・・あの精霊の女の子は?」

やはり悲し気に答える少年。

「彼女は・・生きてはいるけど・・もう長くはない」

驚く茨木童子。

「精霊なのに・・?」

「うん・・・」

「そう・・・あなたも私のように孤独なのね?」


「僕は・・・生きてもらいたかった。あなたの大切な人の分まで」

うつむく茨木童子。

「死ぬのは見たくはない。だから、生きて欲しい・・・」

「そう・・・」

「大丈夫、ちゃんと私が面倒見るって」

土産物屋の女主人。呉羽が明るく言った。

「それにしても、そのちんまい姿で”ヒロ”と名乗ってるんだねえ」

「そうだけど?」

「確か、大きいって意味だって言ってなかったっけ?」

少年はキシシと笑った。


段々と空が明るくなってきた。


「ところで、呉羽さん」

「なんだよ」

「もう帰らないとまずいんじゃない?」

腕時計を見る。

「あ~~~!」


山道を駆け下り、高速道路を飛ばすことでなんとか開店時間までに帰り着くことができた。

ちなみに、少年は山道の途中でいなくなってしまった。


「紅葉・・・教えて?」

「なんだい?」

車の中で、茨木童子は聞いた。

「あの人は何者なの?1000年前にも生きていた。人間とは思えないんだけど」

「あいつはねえ、大黒様さね」

「大黒様?」

「そ、大黒様」

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