第34話 伊吹山に鬼が泣く ③

「久しぶりだね、茨木童子」


少年を見て、その鬼・・・茨木童子は目を見開いた。

そして・・吠えた。

「お前は!お前は!・・まだ生きていたのか!?」

鬼は泣いていた。

「なぜ、わたしを封印した!?殺せと言ったはずじゃ!なぜ・・なぜ・・」


力が膨れ上がる。

常軌を逸した力。

それと共に、暴風が吹き荒れる。


「ヒロ殿!お下がりください!」

和葉が叫ぶ。

その背後では、術者たちが結界を張ろうと術を張り巡らす。


それを見て、鬼は叫んだ。

「ニンゲン!なぜここにいる!?わらわを殺すつもりか!?あのお方を殺したように!だまして殺したように!」


その鬼は泣いていた。

その鬼は怒っていた。


その力が熱風のように吹き付けると、数十人が張った結界がまるで綿あめのように溶けて行った。

「わらわ達は静かに暮らしたかっただけなのに!それなのにお前たちはあのお方を無残に殺した!なぜじゃ!」


ゴウ

ゴウ


泣いている。

あまりに深い悲しみ。

その鬼は両の腕を振り上げ、はるかに強大な力を振り下ろした。

その力は、その場の全員を殺すのに十二分な力であった。

一同、その場に伏せる・・だが、圧倒的な力が迫ってくる。

全員、死を覚悟した。



「カイ ファージ ラージェンス」

静かに唱える声。


鬼と術者たちの間に巨大な・・数十メートルはあるかと思われる魔法陣が出現した。

白く輝く魔法陣。

その魔法陣は、あっけなく鬼の力を遮った。


鬼は、泣き顔を少年に向ける。

「なぜじゃ・・・なぜ邪魔をする・・・人間はわらわ達をだました。殺した。嬲った・・それなのに、かばいだてするのかぁ!?」

巨大な力は少年に向かう。

熱風となった力。

だが、少年はまるで気にするでもなく受け止める。

そして。悲しげにつぶやいた。

「ラルゥバ ラルバン」

その瞬間、天空から幾重にも稲妻が降ってきた。

木々に邪魔されることなく、青白い電撃が次々と鬼に降り注ぐ。

雷の直撃を受けた鬼は、膝をついた。


その前に立つ少年。


「茨木童子・・彼らは、酒呑童子を殺した者たちじゃないよ」

少年も悲しげな表情をして言う。


「千年前。人間たちが行ったことは、本当にひどいものだったのは間違いないよ。それは、間違いない」


千年前。

精霊である、”鬼”に生まれたものがいた。

酒呑童子と茨木童子。

二人はひかれあい、夫婦になった。

そして大江山で静かに暮らしていた。


それに目を付けた朝廷。権力を強化するために、酒呑童子に京の都でちょっとだけ暴れるようにお願いしてきた。


”なに、ちょっと暴れたふりをしてくれればいい。我々は、討伐するをするので協力してほしい”

酒呑童子は、茨木童子に楽をさせてあげたくて、金に目がくらんだのだ。


やがて、人間は討伐にやってきた。

でもそれは、討伐するではなかった。

川に・水に・酒に毒を流し込み、酒呑童子を毒殺したのだ。

同時に、その周辺の村人たちも死んだ。

虐殺であった。


所用があって出かけていた茨木童子が帰ってきて見たのは地獄であった。

酒呑童子の死を悲しんだ茨木童子。

都に向かい、人間たちに問いただそうとした。


しかしながら、人間は武器を持って対抗した。

話し合いを求めた茨木童子の腕を切り落としたのだ。


痛みに耐え、命からがら伊吹山まで逃げてきた茨木童子。

ニンゲンへの恨みと夫を殺された悲しみで泣く。


その時、茨木童子の前に現れた3人の者たち。

彼らは、切り落とされた腕を持ってきて、元のようにくっつけた。

とてもニンゲンと思えないほどの力を持つ者たち。


その一人が、こう聞いた。

”封印されるか、死ぬか。どちらかを選べ”と


「殺せ!酒呑童子のいないこの世に未練などない。殺してくれ!」

泣きながら、そう叫んだ。

しかし、彼が行ったのは・・・封印であった。


千年がたった。


封印が解けた今・・・少年の姿で彼がいる。


「なぜ殺さない?殺してくれないのじゃ・・・」

「もう、酒呑童子を殺した者たちはいないよ。みんな死んでしまった」

「お前は、またわらわを封印するのか?また千年の孤独に閉じ込めるのか?」

悲しみに泣き叫ぶ。



少年は、鬼に問う。

「以前は、封印されるか、死ぬかのどちらかしか選べなかった」

少年は、一歩だけ鬼に歩み寄る。

「でも、今は違う・・・もう一つの選択肢がある」

「殺せ・・・殺してくれ・・・」

泣き顔で鬼は懇願する。


「封印されるか・・殺されるか・・そしてもう一つ」


少年は指をさした。


「彼女と共に行くか・・」


そこには山道をどうにか昇ってきた、土産物屋の女主人がいた。

「まったく、ようやく着いたと思ったら。いきなり指ささないでもらいたいわ」

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