第32話 伊吹山に鬼が泣く ①

巨大な鳥居がある。

神社に向かう参道があるのだ。

その参道に向かう県道に面して、小さな土産物屋がある。

お菓子などや竹細工など、いかにも観光地の土産物を扱っている。

ゴールデンウィーク前の平日の午前中。

そろそろ観光客が増えてくるだろう時期。


土産物屋の入口の鈴が鳴り、客が来たことを知らせる。

「いらっしゃい」

店主であろう、30代くらいの女性が出て来て声をかける。

店に入ってきたのは年若い男の子。背が低く、小学生高学年か中学生くらいだろうか。

「こんにちわ、呉羽さん。おひさしぶり」

名前を呼ばれた女性はポカンとしてその少年を見る。

じっと見つめるうちに、だんだんと表情が驚きに変わる。

「あんた・・・なんていう格好してんの?」

キシシと笑う少年。

「まぁ、格好はどうでもいいじゃない」

「それで?お土産を買いに来たんじゃないでしょ?なんの用?」

「僕が用事があるわけじゃないよ。榊 和葉さんにこれを渡されたんだ」

そう言って、ポケットから紅葉が描かれた絵葉書を取り出して女性に渡す。

それを見て、女性は苦々し気な顔をする。

「あの餓鬼が・・」

「餓鬼って・・和葉さんはもう80歳過ぎてるよ」

「で、私を呼び出してどうするつもりなのかね?どこに行けばいいのかい?」

「なんとなく場所は想像つくよ」

「どこさ?」

「伊吹山だろうね」

女性は、驚くとともに納得した。

「あいつか・・それで、私を呼ばれたのか」

「そういうこと」

女性は腰に手を当て、やれやれといった表情。

「今、書き入れ時なんだから。どうしろというの」

「僕だってゴールデンウィークは忙しいよ。夜に行って朝までに帰ってくるしかないでしょ」

「噓でしょ・・・」

「まったく、人使いが荒いよね」

ため息をつく女性と少年。

女性はスマホで調べ始めた。

「嘘・・車で5時間以上かかるじゃない・・」

少年は、お土産用のお菓子を手に持って言った。

「あ・・これ買っていくね」


----


滋賀県、伊吹山の中腹の森の中。

岩に隠されたところに小さな洞穴のようなものがあった。

そこはよく見るとしめ縄が施された祠がある。

時刻は夕方。

その祠の周囲には、数十人の山伏姿や道着姿の男たちが集まっていた。

かがり火をたいて、緊張した面持ちで並んでいる。

そこへやってきた老婆。

男たちは老婆のために、さあっと道を開ける。


祠の前に歩み寄る老婆。

祠からは、うめき声のような音が漏れている。


「あとどれくらい持つやろか?」

「1週間は持たないと思われます。持って、三日かと・・」

「そうかい・・」

「あの方は来ていただけるのでしょうか?」

「文は出したさかい、きっと来てくれはります」


皆が見つめるその祠。

そこには、強力な鬼が封印されていると伝えられている。

そして、その封印が千年の時を超え解かれようとしていたのだった。

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