第28話 夜桜
深夜 2:00
いつもは人が多くいるが、さすがに交差点を渡る人はいない。
その交差点を渡った反対側には有名な神社がある。
その参道では、桜が満開であった。
人影のないその参道。いや、一人だけ・・・
若い女性が満開の桜を見上げていた。
年は20くらいだろうか、ぼんやりと桜を見上げている。
夜の闇の中、桜とその女性は月に照らされて薄っすらと白く光っているように見える。
「こんばんわ、お姉さん。綺麗な夜桜ですね」
女性は、声をかけられてゆっくりと振り向く。
そこには、少年が一人。参道の真ん中に立っていた。
「こんばんわ。こんな夜中に子供が出歩いてはいけないわ」
「お姉さんも、夜道で女性が一人でいるのはどうかな?」
そう言って、キシシと笑った。
「そうね・・」
微笑む女性。
「あなたは・・どうしてここに?」
女性が少年に問う。
「お姉さんが夕方、こちらの方に行くのが見えたので」
「見えたの?」
「うん。交差点で見ていたよ」
「そう・・」
「お姉さんは桜が見たかったの?」
「・・・どうかしら。多分そうね・・・」
女性は桜を見上げた。
夜の闇に、桜はぼんやりと白く浮かび上がっている。
その時、さあっ・・・と風が吹いた。
風に散らされて舞う花びら。
女性と少年は桜吹雪に包まれた。
「私ね・・」
女性が語り始めた。
「もっと生きていたかったの・・・」
「うん」
「でも、せめて最後は桜を見たかったの。あの人と約束したから・・なのに・・」
「うん」
「あぁ・・綺麗ね。本当に」
「そうだね」
「最後に見れて・・良かった」
「うん」
「あのね。本当に彼のことが好きだったの・・でも・・」
「彼の恨んでる?」
「それはないわ、だって・・大好きだから」
「そうなんだ・・」
「本当に綺麗ね・・」
涙を流しながら少年に微笑む女性。
少年は彼女を見つめて言う。
「何か。最後に話すことはない?」
「大丈夫、もう思い残すことはないわ」
鳥居の向こうに光が見えてきた。
「最後にあなたと話せてよかったわ、ありがとう」
「ううん、僕も話せてよかったよ。ありがとう」
女性は桜吹雪の中、すうっと姿が透明になっていく。
最後に、もう一度少年に笑って・・・消えていった。
少年は、女性がいた空間を見つめて言った。
「あなたに、良き転生がありますように」
鳥居のむこうに見えていた光はいつの間にか消えていた。
あとに残るは、桜吹雪の中寂しげに一人佇む少年のみであった。
ーーーー
次の日
夕方近くに、榊怜子は私服で交差点にやってきた。
「こんにちわ、怜子さん。今、仕事帰りなのかな?」
少年が声をかける。
「そうなのよ、もう昨日から大変だったの。徹夜した上にこんな時間よ」
「それは大変だったね。何かあったの?」
「うーん、もうニュースになってるからいいか・・。殺人事件があったのよ」
「へえ、どんな事件だったの?」
「若い女性が、交際相手に殺されたらしいのよ。もう犯人も自首してるんだけどね。交通整理やら何にやらに駆り出されて大変だったの」
「ふうん・・それは、大変だったね。早く帰って寝ないと」
「ほんとにそうよ、じゃあね。また今度」
「おつかれさま、いい夢を」
「ありがと」
手を降って去っていく怜子。
怜子は気づいていなかった。
少年が終始、寂しげであったことに。
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