第22話 山崎 美智子

1月下旬の土曜日の夕方。

その交差点に、女性が立っていた。

20歳くらいの大学生らしい服装。

誰かと待ち合わせをしているようである。


近くの手すりには、いつものように少年が座っていた。

交差点を行きかう人の波を見つめている。


その女性は少年のことを、時々ちらっと見る。

気になっているらしい。


すると、少年は声をかけた。

「こんにちわ、お姉さん」

「え・・?あ・・こんにちわ」

「誰かと待ち合わせ?」

「えぇそうよ、待ち合わせなの」

「ところで・・・僕がなにか気になる?」


女性は、ちょっと虚をつかれた表情をしたが、ふうと息を吐き言った。

「あなたが、ヒロ君?」

少年は首をかしげた。

「僕はヒロだけど、どこかで会ったかな?」

「ううん、彼氏から聞いたので」

「彼氏さん?」

「そ、山田耕助って知ってる?」

「なるほど、耕助さんの彼女さんだったんだね」


山田耕助。この近くのスポーツ用品店でバイトしている。

交差点で少年と話す青年であり、ヒロのことを弟分のようにかわいがっている。


「耕助さん、彼女さんのことよく話してるよ。仲いいんだってね」

「そんなこと言ってたの。まあね・・私は山崎美智子よ。よろしくね」

「ヒロです。よろしくね」


すると美智子はじいっと少年を見てくる。

「な・・なに?」

「あなた・・男の子よね?」

「も・・もちろんだよ?」

すると、美智子は笑って言った。

「なあんだ、心配して損した。」

少年は首をかしげる。

「だって、耕助ったら・・ヒロが、ヒロがって嬉しそうによく話すから。浮気してるんじゃないかって心配になってたの」

「なあるほどね」

「まぁ、そっちに目覚めて男の子相手に浮気してるってことはさすがにないわよね」

少年はキシシと笑って言った。

「それは、絶対にない」



「耕助さんは、バイトもう少ししないと終わらないと思うよ」

「そうね、もう少し待つわ」

寒空のなか、日が暮れてきている。

ダウンコートを着ているとはいえ、美智子の手は冷えてきた。

コートのポケットに手を入れる。

「はいこれ、あげるよ」

少年が自分のポケットから美智子に差し出したのは、使い捨てカイロ。

「え・・でもいいの?」

「いっぱいあるから」

ありがたくいただいてポケットに入れる。

「ヒロ君は耕助とここでよく話すんだって?」

「そうだね、耕助さん優しいからコーヒーとかお茶とか奢ってくれるんだよ」

実際、耕助は少年によく奢っている。

なんとなく弟みたいだというだけの理由で。

「美智子さんは耕助さんと付き合って長いの?」

「付き合いだしたのは高校生の時からね。そろそろ4年になるかなぁ」

「へえ、付き合うきっかけってどんなだったの?」

美智子は、その時のことを思い出す。

「あれは・・高校の学園祭の後ね。耕助に付き合ってくれって告白されたの」

「へえ、素敵だね」

「私もね、学園祭でクラスの出し物を準備しているときにね。耕助が、それぞれに声をかけて気遣うのを見て、優しい人なんだって思っててね・・うれしかったなぁ」

「そうなんだ、耕助さんらしいね」

「あの人、ほんと・・いろんな人にやさしくするから心配になるんだけどね」

でも、だからこそ耕助のことが好きなのだ。


バイトが終わったらしく、足早に耕助がやってきた。

「耕助さんお疲れ様、彼女さんが待ってたよ」

「ごめん、美智子・・寒かったろう。どっかで待っててもよかったのに」

「大丈夫よ、ヒロ君とも話してたし」

「はい、これはヒロの分」

笑って暖かい缶コーヒーを渡す。

「ありがとう、耕助さん」

それを見て、美智子は”相変わらず耕助は優しいのね”と思った。


「じゃ、行こうか」

「じゃあね、耕助さん・美智子さん」

手を振る少年。

「じゃあ、またな」

耕助も美智子も手を振って、交差点を渡っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る