第19話 榊 玲子と少年の会話

1月2日。

今日は、初売り目当ての人々で街は賑わっていた。

特に若者・・中高生くらいの少女たちが福袋を抱えて、街を行き交っている。



駅近くの交差点。

小学生くらいの少女が、キョロキョロと不安げに周りを見渡している。

どうやら迷子になったらしい。

その時、声をかけられた。

「こんにちわ、お嬢さん」

少女は急に声をかけられて驚いた。

ビクッと体を震わせて、背後を振り返る。

そこには中学生くらいの少年が、手すりの上に座って、ニコニコと笑顔でいる。

「こ・・・こんにちわ」

自分とは年の離れていなさそうな相手だったので少し安心し、返事を返した。

「どうしたの?誰かとはぐれたの?」

「お姉ちゃんと来たんだけど。お姉ちゃんどっか行っちゃって・・・」

「そっか、きっと初売りに夢中になったのかな?携帯電話持ってる?」

「ううん、持ってないの」

「そっか、じゃあお姉ちゃんの電話番号はわかる?」

「うん・・・わかる・・」

少年はにっこり笑って言った。

「じゃあ、そこのコンビニの横に公衆電話があるからかけてみたら?」


キョトンとする少女。

電話をするという発想はなかったらしい。

その後、パアッと明るい表情になって

「ありがとう!」

と言って走っていった。


数分後。交差点で待っている少女のもとに姉がやってきた。

「おねえちゃん、どこいってたの?ひどいなぁ」

口を膨らまして怒る少女。だが、もうそこには不安な表情はない。

「ごめんごめん」


「じゃ行こうか」

「あ・・ありがとう。おかげで助かったよ」

少年に振り向いて感謝を述べる少女。

「すぐ見つかって良かったね。」

ニコニコと笑う少年。

姉と去っていく少女に対して、少年も手を降った。


榊 怜子はその最後の場面だけを見た。

ようやく勤務が終わり、帰りに通りかかったのだ。

「こんにちわ、怜子さん」

「こんにちわ、ヒロ君。さっきの女の子は知り合い?」

「ううん、さっき会ったばかり。迷子だったみたい。」

「え?で、どうしたの?」

「そこに公衆電話があることを教えてあげただけだよ」

怜子は振り向いた。

ここからだとわかりにくいが、確かにあそこには公衆電話があったはず。

「ふうん、なるほど」


その間も、少年は街ゆく人々を見つめている。真剣な表情である。

怜子は、それを見ながら思った。

”この少年は息をするように誰かを助けるのね。どこかの少女が天使と呼んでいたけど、あながち間違いじゃないみたい。”


少年の横顔をみる。

長いまつ毛、鳶色の瞳で街を見つめ続ける。

「ヒロ君て、たくさんの人を助けてるのね。すごいなぁ。」

怜子はにっこり笑って、言った。


いつもなら、少年はキシシと笑って何か言って返すだろう。

しかし、その予想は外れた。





少年は、ゆっくりと怜子に顔を向けた。

その瞳は暗く、悲しみがこもっていた。

そしてまた、顔を街の方に戻して、街の人々を見つめ始める。

その眼に光るものが見えた気がした。

怜子はそれを見てドキッとした。

こんな少年の表情は見たことがない。


やがて小さな声で言う少年。

「そんなんじゃないよ。僕が誰かを助けるなんておこがましい」

怜子は少年を慰めるように言った。

「ううん。そんな事無いよ。たくさんの人が助かってる。私も救ってもらったよ」

「・・・・」



少年は小さな声でつぶやくように言った。

「でも、僕には本当に救いたい大切な人は救うことができないんだ」



怜子は胸がぎゅっと締め付けられた気がした。

”この少年は、おそらく何か大きな秘密を抱えている・・・”


少年は、真剣な表情で街行く人々を見つめ続けている。

怜子は、その少年の姿を見つめ続けることしかできなかった。

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