第9話 榊 怜子とハロウィン

「こんばんわ、おねえさん。」

「こんばんわ、まだいたの?もう夜よ。」

「そろそろ帰ろうと思っていたところだよ。」

そう言って、キシシと笑う。

いつもの通り、少年は交差点の横の手すりに座っている。

ジーパンにデニムのジャンパー。中には白いタートルネックのニット。

怜子は・・思った。

”ちょっと昭和な感じ・・・?”

「お姉さんも、帰るところ?仕事終わったの?」

怜子は婦警の制服を着替えて、私服に戻っている。

「そ、帰るところよ。」

「ちゃんと大通りを通って帰ってね。」

「それ、私が言うセリフよ。」

年上の警察官に向かって、子供が言うセリフではない。

しかしながら、怜子はかつて少年に助けられている。そういう意味では、受け入れるしか無い忠告ではあるのだった。

怜子は、少年の横に立って街を眺める。

街は、ハロウィンの飾り付けがされている。

「はぁ・・・」

怜子は思わずため息をつく。

「お姉さんどうしたの?ため息なんかついて。悩み事?」

「悩みじゃないんだけどね、ハロウィンで警備に駆り出されることになっちゃってね。」

「へえ・・・駆り出されたんだ。どこに行くの?」

「渋谷よ。」

すると少年な、ニヤッと笑った。

「それは大変そうだね。たくさん人が集まるらしいね。」

「まぁ。その分警察官もたくさんだから大丈夫・・・だけどね。」

それでも、新人の怜子にとって大変な仕事になると思われる。

「そっか、気をつけてね。」

「ありがと・・・まぁ、怪我しないように頑張るわ。」

「ハロウィンって言うと・・・もう3日後だね」

「そ、だからその日は交番にはいないからね。」

「うん、わかった。じゃあ、そろそろ帰るね。」

「私も帰るね、じゃね。」

手を振る少年に見送られて、怜子は家路についた。


TVでかつて見た渋谷のハロウィン。

すごい人混みだった・・・。


”もみくちゃにされそう・・”

それが気が重い理由であった。


ーーーー

ハロウィン当日。

怜子が担当したのは、メインの通りからちょっとだけ離れた商店街の通り。

それでも、人は多かった。


2人一組で街頭に立ち、人の波を誘導していく。

逆走しないように、ゴミを捨てないように。

一緒に組になった先輩が拡声器を持って誘導していく。

”すごいなぁ・・私がマイクを持ったら何も話せないよ・・”

怜子は実は”あがり症”であった。

大勢の前でになると、緊張して何も喋れなくなる。

だからこそ、マイクを持って大声で整然と誘導する先輩を尊敬するのであった。

「はい、こちらを真っすぐ進んでください。立ち止まらないで、反対方向に進まないでください。ゆっくり進んで・・・ゲホゲホ・・立ち止まらないデ・・ゲホ・・」


あれ?


先輩が急に咳き込み始めた。

そして苦しそうに咳き込みながら小さな声で話しかけてくる。

「すまん・・ちょっと喘息の発作が起こったらしい、ちょっとだけ変わってくれないか。頼む・・」

差し出された拡声器とマイク。

「え・・でも・・私・・・」

「緊急事態・・・なん・・だ・・早く・・」

怜子は、緊張で真っ青になりながらおずおずとマイクに手を伸ばす。


そして、マイクを握り群衆を見た瞬間・・・頭が真っ白になってしまった。


その後の記憶はまったくなかった。

気がつくと、次の日の朝になっており、寮のベッドにいた。


ーーーー

その日・・夜になって見に来た少年は、離れた場所から怜子の姿を見て苦笑していた。

持っていたカメラで写真を取る。

「あらら、怜子さん。何やらかしちゃってんだか・・」

”ちょっとだけ言霊漏れちゃってるよ・・”



通りすがりの人がそのカメラを見て、ちょっと驚いた顔をしていた。

”えー?・・・使い捨てのフィルムカメラって、まだ存在したんだ。”

ーーーー

次の日、世間では渋谷のハロウィンが大きな話題になっていた。

『渋谷に新たなDJポリス登場。大きなアクションとマイクパフォーマンスで群衆を誘導する婦警さん』

怜子が記憶をなくしている間にしたことは、ニュースで取り上げられるほどの話題になっていた。

ネットでも。

『ちょいSな美人婦警が渋谷のハロウィンの渋谷に降臨!』

『あの婦警さんにまた会いたい。叱ってもらいたい。』

『オレも見たかった・・』

ものすごく、情報が拡散されていた。


「おはよう、お姉さん。」

「お・・おはよう。い・・いい天気ね。」

帽子で顔を隠して出勤する怜子・・明らかに不審人物のようである。

怜子は、朝のニュースを見て。まずは愕然として・・その後、呆然として・・・。

正直、仕事を休んでしまいたいほどであったが、仕方なく家を出たのであった。

「お姉さん、昨晩は大変だったみたいだね。」

「あはは・・TV見たんだ。・・恥ずかしいな・・」

キシシと笑う少年。

「TVも見たけどね・・これ、すぐに現像してもらえるところ探すの大変だったんだよ。」

「これ?・・・」

ニヤッと笑う少年が見せてきたのは・・・

昨夜の渋谷の街でオーバーリアクションで奮闘する怜子の写真であった。


ボッと、顔が瞬間的に真っ赤になった怜子は大声で叫んだ。

「きゃーーー!見てたのーーーー!?」

通行人はぎょっとしてみんな振り向いた。


ーーーー


京都にある、榊家。

ポツリとTVをみながら呟く。

「これは・・ちょっと様子を見に行かなあかんようやなぁ。」

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