第4話 榊 怜子
”あの子、またいる・・・”
榊 怜子は、駅前の交差点の向こうの手すりに座っている少年を見てため息をつく。
榊 怜子は警察官・・といってもなりたての新人。
研修を終えて配属されたのは、駅前の交番。
先輩に指導を受けながら業務を行っている。その業務の中に、交番の前に立って周囲を監視することも含まれていた。
その業務をするようになって、すぐに気づく。
交差点の反対側。
いつもそこに同じ少年が手すりに座っている。
平日は夕方から夜まで。土日は朝から夜まで。
毎日毎日、同じように座っている。
一度、先輩に聞いてみた。
「先輩。あそこにいつも同じ少年が座っているのですが、職務質問したほうが良いでしょうか?」
すると、先輩の答えはちょと変であった。
「あぁ、あの少年か。前に話したが人を探しているって言ってたな。まぁ問題ないだろう。」
何を持って問題ないというのだろう?
腑に落ちない。
道を覚えるということも兼ねて、周囲のパトロールついでにその交差点に行ってみる。
やはり、同じように少年はいた。
中学生・・中1くらい?
スタジャンにジーパン。ありふれた格好。不良という感じはしない。
「こんにちわ。ちょっといいかな?」
「こんにちわ、お姉さん。なんですか?」
にっこり笑う屈託のない笑顔。
「君、いつもいるね。学校はどこかな?学生証を見せてもらえる?」
すると、困ったように言う。
「今日は学生証を持っていないよ。」
鳶色の瞳が見つめてくる。
その瞳に吸い込まれるような感覚を感じた怜子は、丹田に力を込めた。
幼い頃から祖母に教わったやり方・・・
意識が戻ってくる。
その少年は、ちょっと驚いた顔をした。
「お姉さんすごいね。名前を聞いてもいい?僕は風間ヒロ。」
「私の名前?榊だけど・・・」
「榊・・・? あぁ・・榊家の・・」
少年はキシシと笑うと、手すりを降りた。
「今日は学生証を持っていないけど、今度持ってくるね。」
そう言って笑顔を見せると、駅の方に向かった。
「あ・・・ちょっと待って・・」
だが、少年は人混みに紛れて見えなくなってしまった。
ーーーー
次の日も、その交差点には少年がいた。
それには気づいていたのだが、怜子は交番から離れることができないほど忙しかった。
近くで通り魔事件が発生し、交番からも応援に駆り出されていた。
怜子は交番で留守番だった。
やがて、時刻は18時。本日の勤務の終了である。交代で着た先輩に引き継ぎをする。
「榊さん、おつかれ!まだ通り魔は捕まってないらしいから気をつけて帰ってね。」
「お疲れさまでした。ではお先に上がらせていただきます。」
怜子の住んでいる寮は、電車に乗るよりも少し離れたバス停からバスに乗ったほうが近い。
交差点を渡る・・もうあの少年はいないみたい・・。
大通り沿いに行くこともできるのだが、怜子はいつも近道を使っていた。
今日も、いつもどおりの道を使う。
路地を入り、神社の裏の公園を通り抜けて・・・・
ーーーー
だが、いつもと違ったことがあった。
公園にある街灯に照らされたニット帽に黒いジャンパーの男。165cmくらいの中肉中背。その容姿は連絡のあった通り魔の特徴と一致している・・・
思わず立ちすくむ怜子。
「なんだぁ・・なんか文句あるのか?
殺すぞ・・・」
その男はそう言いながら、ジャンパーのポケットからナイフを出してきた。
怜子のところまで、ほんの10メートルくらい。
”どうしよう・・逃げなきゃ・・・”
だが、恐怖で膝が震えている。立っているのもやっとだ。
”あぁ・・こんなことなら研修で護身術をもっと真面目にやればよかった・・”
などと考えた。
男は、一歩・・そしてもう一歩近づいてくる。
後ずさる怜子は石に足を取られて転んでしまった。
にやりと嫌らしく笑う通り魔。
その時、よく通るソプラノボイスが響いた。
「こんばんわ、お姉さん。何してるの?」
あの少年だった。
男の背後・・・・ほんの7〜8メートルくらいのところで街頭に照らされて笑っている。
「夜道の独り歩きは、危険だよ?」
通り魔は虚をつかれて、冷静さを失っていた。
「なんだてめえ! ガキが邪魔すんなよ! てめえから殺してやる!」
叫ぶ通り魔に対して、少年はニッと笑った。
「じゃあ、おいでよ。」
”え?何挑発しているの?”
怜子は呆然とする。
「てめえ!殺してやる!!」
走り出す通り魔に対し、少年はスッと公園の木の陰に入る。
先程まで、街灯に照らされていた少年の姿が、影に同化し判別つかなくなる。
走り寄る通り魔・・・が・・その時・・・
通り魔は何かにつまずいてダイブした。
ゴン!!
気持ち良いくらい見事に、木の幹に頭をぶつけた音が響き渡り、ぶつかった木はザザッと激しく震えた。
かなり激しくぶつかったようである。
通り魔は木の根元で大の字になっている。おそらく、気絶したのであろう。
唖然とする怜子の近くで、声がした。
「お姉さん、大丈夫?」
怜子の横にその少年が立っていた。
見上げる怜子からは少年の背後に街灯があり、まるで少年が後光に照らされているように見えた。
この子は一体・・・なんなの?
まるで、妖精のように消えたり、現れたり。本当に人間なんだろうか・・・
少年は手を差し伸べ、起き上がるのを手伝ってくれた。
「あ・・・あなたは大丈夫?」
それに対し、少年はニッと笑い、右手で電話をかけるジェスチャーをした。
まるで昭和の時代のようなジェスチャー。
「連絡したほうがいいんじゃない?」
「あ・・そうね」
「じゃ、僕は行くね・・・そうそう、僕はここにいなかった・・・ってことにしてくれないかな?」
と鳶色の瞳に見つめられる。
・・・・あぁ、そうしよう・・
と思ってしまった。
「うん・・・」
と答えた声を聞いて、笑顔で手を振る少年。
そして、さっきのように木の陰に入り・・影と同化し見えなくなってしまった。
あとには怜子と気絶している通り魔。
はっと・・怜子は我に返り、あわてて携帯電話で職場に連絡したのであった。
ーーーー
数日後。交番を出た怜子は交差点の少年のところに行った。
少年はいつものように手すりの上に座っている。
「こんにちわ、怜子さん」
「こんにちわ、今日は学生証あるかな?」
「あ・・今日も持ってないや。」
と言って、キシシと笑う。
「しょうがないわね・・・」
とため息をつく。
そして、真面目な顔になり言った。
「この間はありがと・・・命の恩人ね。本当に助かったわ。」
すると、いたずらっ子のようににやりとわらい、言った。
「なんのことかな?僕は何もしてないよ。」
「もう・・・でも、ありがとうね。」
そう言って、怜子は交番に戻っていった。
なお、怜子は自分の名前を少年には名乗ったことはないことに、気がついていなかった。
それから、怜子が交差点を見るたびにその少年は手すりに座っていた。
そして、怜子は少年に時々声をかけるようになったのであった。
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