33 王城に引っ越し
翌日。
日が昇ったばかりの下層地区に王城のホバーカーがやってきた。
チャイムが鳴ったので出てみると、玄関先にオリバーさんと数体の蒸気機関式ロボットが立っている。
「おはようございます、オリバーさん!」
「アンジェラ・ノッカー、準備はできたか?」
「はい、どうぞ中へ」
部屋に通すと、そこにはすでに身支度を終えたウルティコさんがいた。
「話は、そこのアンジェラから聞いている。王城の方々に手間をかけさせてしまって申し訳ないね。だが、とても感謝している」
そういって朗らかに話しかけるウルティコさん。
しかし、オリバーさんは彼女から極力視線をそらして言った。
「いえ。自分は、上の判断に従っているだけですので……」
「ん? なぜ視線を逸らす? なにかボクは変な恰好をしているかな?」
ウルティコさんはそう言って首をかしげる。
別にウルティコさんは変な恰好じゃない。
以前はボロ布をまとっていたけれど、我が家で暮らすようになってからはわたしの服を着てもらっている。髪もシャンプーをして、オレンジ味の強い綺麗な赤髪になっているし、服装もシンプルなブラウスに細身のパンツ、ジャンプブーツという出で立ちだった。
ああ、そういえば――ステファン様がおっしゃってたな。この方は「女性が苦手」だって。不愛想すぎるのはどうかと思うが、彼には彼の事情があるのだろう。
しかし、ウルティコさんはどうも納得いかないようだった。
「むう。しかしなんでキミは敬語なんだ? ボクたちは初対面だろう? 別に組織的に上下の関係があるわけじゃない。普段通りにどうか話してくれたまえよ」
「いえ、貴女は……
「おいおい。そういうことは思ってても口に出すなよ。ボクは寛大だから許すけど、他のレディに安易に年齢のことを言ったらだめだよ、いいね?」
「……」
一瞬ピリッとした空気になってしまった。
わたしはかなりハラハラしたが、マイペースなオリバーさんはすぐに自分の仕事を思い出して、手元の四角い入力装置をすばやく打鍵しはじめる。
「荷物は思ったより少ないな……。ということは時間にして、十分程度か……うん。よし」
打鍵し終わると、彼からの指示を待っていたロボットたちが瞳を赤くした。
入力が完了した合図だ。
「では各員、事前に指定していた衣服、生活用品、その他もろもろを梱包して車に積み込め。あと、ウルティコ・ケリー氏を……あれに」
「あれ?」
ウルティコさんがオリバーさんの視線の先を眺める。
そこには、人が一人すっぽり入りそうな四角い木箱が置かれていた。
「なっ……! もしかして、あれにボクは入れられるのか?」
「ええ。できるだけ丁重に持っていきますんで。その辺はご安心を……」
「え~? いや、うん、わかってはいたけどね。なるほど。仕方ない、これもボクの罪滅ぼしの一環だ。早くレイナにも会いたいし、我慢しよう」
「そう言っていただけると助かります」
それからオリバーさんは淡々と作業を進めていった。
たしかにうちはそれほど荷物を置いていない。なので、オリバーさんの見込み通り搬出は十分程度で終わった。それ自体はいいことだった。だが、問題はウルティコさんだ。
おがくずの敷き詰められた箱の中にうずくまったはいいが、蓋を閉められるのを極端に拒否している。
「早くしないと近所の住人に不審がられます。いい加減蓋をしめたいのですが……」
とオリバーさんは困り顔だ。
「いや、わかっている! わかってはいるのだが、その……拉致されたときのことを思い出してしまってね」
「ウルティコさん……」
がたがたと震えている様を見ていると、いかに非人道的なことをされたのかと同情してしまう。しかし、オリバーさんはまったく共感していないばかりか、時間が押していることにイライラし始めているようだった。
「わ、わかりました。ではわたしもここに一緒に入ります!」
「え! 本当かい? アンジェラ」
「はい。二人なら、大丈夫ですよね?」
「ああ、ああ。助かるよ。ありがとう! やはりキミはボクの天使様だ!」
「天使様……?」
オリバーさんがいぶかしげな表情を浮かべているが、わたしは構わず一緒に箱の中に入った。
詰めればなんとか二人くらいは入りそうだ。
よし、じゃあ蓋をしめようという段になって、家の外から突然声が聞こえてきた。
「おーい、アンジェラ、いるかー?」
「あっ、あれは近所のベンだわ。どうしましょう」
「自分が対応しよう。その間君たちは箱に入っていてくれ」
「はい!」
オリバーさんが家の外に出ていく。
代わりにわたしはロボットに蓋を閉めてもらって、箱の中にうずくまった。目の前にはウルティコさんの気難しい顔がある。
「どうしました? ウルティコさん」
「いや、あいつ、アンジェラにはタメ口だったなと思ってさ」
「ああ、わたしはただの義肢装具士ですからね。あちらの――オリバーさんというんですが、オリバーさんの方が長くお城に勤めてらっしゃるようですし。なので、あまり気にされないでください」
「アンジェラがいいならいいんだけどさ」
「ありがとうございます。ウルティコさん」
「いや、礼を言うのはボクの方だよ。まさかキミにこんなに良くしてもらえるなんて」
「……」
わたしはしばらくその意味を反芻した。
良くして……あげられているんだろうか。
今は、だけかもしれない。今後はもっと大変な境遇になるかもしれない。だって、わたしはすでにその厳しい道を歩んでしまっているのだから。
「ウルティコさん。わたし、お礼を言われるようなことはなにもしてません。これが吉と出るか、凶と出るかは誰にもわからないんです」
「アンジェラ……」
「でも、それでも良かったら一緒にお城に行きましょう。そして、そこでどうしたいかは……あとはウルティコさん自身に任せます」
「うん。わかった」
そうはっきりと言って、ウルティコさんは目を閉じた。
がたんと箱がロボットたちによって持ち上げられていく。
玄関から外に出るとき、オリバーさんがベンと話している声が聞こえてきた。
「そういうわけで、アンジェラ・ノッカーは第一王子の専属義肢装具士になったんだ。そしてこの度、王子に見初められて引っ越すことになった。だから何も心配しなくていい」
「なんだとーーッ!! あの王族に!? そんなの逆に心配しないわけないだろうが!」
「では」
「待てー―ッ!」
ああ……。ベンは王族を良く思っていない市民のひとりだったからなあ。
しばらくもめた後、振り切るようにしてオリバーさんがホバーカーに乗り込む。
妙な誤解を近所に残してしまったなと思いながら、わたしたちは王城へと向かった。
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