32 後戻りはできない

 城の最奥――。その部屋の前には、二体の衛兵ロボットが門番のように立っていた。

 入り口の扉は厳重に閉ざされており、その中央には四角い入力装置が設置されている。


「ちょっと待っててください。いま開けますから……」


 機械工学博士だというオリバーさんはそう言って、入力装置をまるでピアノのようになめらかに打鍵した。すると中から歯車の回るような音が響いてくる。


「どうぞ」


 重々しく左右に開く扉。

 オリバーさんは一旦脇に避け、わたしたちを先に中へと誘導した。


 紺色のつなぎの上に、肘までまくった白衣。

 機械工学博士とは……いったいどんな職業なのだろう。この人と一緒に兵器を開発しろと言われたけれど、わたしはいったいどんな兵器を作らされることになるのだろうか。


 しかしわたしは、その部屋の中に入るなりすっかり言葉を失ってしまった。

 そこには見渡す限り「真鍮色の義肢」がぶら下がっていたのだ。


「アンジェラ、見てわかる通りこれは『義肢型の兵器』だ。誰もが装着し、使えるようにすることを目標としている」

「ぎ、義肢型の兵器……」


 そうか、このためにわたしを。

 クロード様は凪いだ湖面のような瞳でわたしを見つめている。


「蒸気機関式の銃、そして飛行装置はすでに完成している。しかしそれらを義手・義足の中に組み込むことがまだ課題でな」

「兄上、オリバーが完成させたこれでも十分戦えますよ。でも、その兄上が最近手に入れた『新しい義肢』が良すぎるんです」

「ああ、そうだったな」


 ステファン様の言葉に、うなづかれるクロード様。

 なるほど。

 つまりわたしは義肢装具士として、この兵器をもう一段良いものにしなくてはいけないらしい。


(蒸気機関式の銃に、飛行装置か……)


 それぞれはわたしにとって未知のものだ。でもそれを義肢の中に収めるのは、いつもの駆動機構を入れるのと似ているかもしれない。


「クロード様。ではわたしは、クロード様にお作りしたのと同じような義肢を、ここでもお作りすればよろしいということですね?」

「ああ。できるか」

「いつもと勝手が違いそうなので、そちらの――オリバーさんにいろいろと教えていただくことになるとは思いますが」

「そうだな。あとの詳しいことはやつに聞くといい」

「はい。オリバーさん。というわけですので、よろしくお願いいたします」


 オリバーさんはちらっとこちらを向いたが、またすぐに視線をそらしてしまった。

 そして眼鏡のブリッジを指で押さえつつ、ぼそぼそとつぶやくように言う。


「……アンジェラ・ノッカーというのだったか。こちらこそ、頼む……」

「すまないね、オリバーは少々女性が苦手なんだ。でも、悪い奴じゃないから安心して」

「ステファン様」


 オリバーさんのそっけない返事に、ステファン様があわてて弁解する。

 でも、技師というものはだいたいこんな感じではないだろうか。むしろ女性慣れしている人の方が少ない。わたしは何も気にしていないと答えておいた。


「アンジェラ、仕事の方の説明はそれくらいにして……例の条件のことなんだが」

「あ、はい」

「ウルティコ氏の……行方を知っているということだったが、改めて聞く。その者は今どこにいる?」

「ええと、実は……わたしの自宅、におりまして」


 そう告げるとクロード様はたちどころに眉根を寄せられた。

 ああやっぱり。こうなると思ってた。呆れられてる。

 でも、わたしは絶対にこの条件に関して引き下がる気はない。


「あのっ、クロード様。ウルティコさんのこと、本当にお願いいたします! このままじゃレイラさんが……せっかく長年探していた人に会えるかもしれないのに、また離れ離れになっちゃいます!」

「わかっている。交換条件だからな、約束は守る。だが非常に危険な橋を渡ることになるぞ」

「そんなの、こんな兵器を作っているのがバレても同じことですよ!」

「……そうだな。俺もそう思ったからこそ、君の話に乗ってもいいと判断した。しかしまずはどうにかしてその者をこの城に連れてこなくてはな……」

「はい。でもどうやって……」


 トランクケースのようなものにウルティコさんを入れて運び出す?

 でもそれはわたし一人の力では絶対に無理だ。

 工房には一台ホバーカーがあるが、わたしは車の免許を持っていないし、たとえ師匠に手伝ってもらったとしても、なぜそんな大きな荷物を運び出すのかと近所の人から不審がられる恐れがある。

 また、その荷物の行く先が城だというのも、奇妙に思われる一因になると思った。


 ちなみに、その目撃情報を隣国の軍人たちが手に入れたら、さらにまずいことになる。


「じゃあ兄上、こういうのはどうです?」

「ん? なんだステファン、何かいい案でもあるのか」

「ええ。アンジェラさんさえ良かったら、って作戦なんですけどね」


 ステファン様がそう言って、いたずらっぽく笑う。


「いっそのこと、この城に引っ越してきてもらったらどうでしょう」

「ええっ!?」


 なんというご提案。

 わたしは思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。


「兄上の専属義肢装具士ですし。それに……兄上から見初められた・・・・・・という体にしたら、もっと違和感がなくなるかと」

「なにを馬鹿なことを」


 クロード様は呆れていたが、ステファン様の目は真剣そのものだった。


「兄上。これは冗談でもなんでもありません。ウルティコ氏は医療の国メディカルカントリーでは有名な薬学者です。それは兄上もご存じでしょう? その薬学者をもし味方に引き込めたら……この計画は確実に前に進む。レイラさんに任せている我々の呪いに関する研究も、きっと進みます。僕らは、どんな手を講じてでもこれらの計画を遂行しなくては」

「ああ……」


 ここまできた彼らはもう立ち止まったり、後退してはならない。後には戻れないというのはそういうことなのだ。

 ステファン様はさらに続けられる。


「アンジェラさんの引っ越しの荷物に紛れさせれば、ウルティコ氏を安全に城に招くこともできると思います。あと引っ越し業者は民間ではなく、我々の所持するホバーカーと城のロボットを手配しましょう。兄上、それでいかがですか?」

「ああ。名案だ、ステファン」


 そう答えたのちに、クロード様はわたしを申し訳なさそうにご覧になった。


「勝手なことだとはわかっている。だが今のところそれしか安全な方法がない。君はどうだ? この方法でやってもいいか?」


 わたしは、思い出深い今の下層地区のあばら家を思った。

 でももう、わたしも後戻りはできない。顔を上げて力強く答える。


「はい、結構です。それでよろしくお願いいたします」


 そうして、明朝早くに引っ越しが決まったのだった。

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