31 交換条件
「条件、だと?」
居並ぶ関係者たちの前で、クロード様はしずかにわたしを見下ろしていた。
わたしはまた覚悟を決めて、口を開く。
「はい。畏れ多いこととはわかっております。しかし……そのように身に余るお役目を命じられるならば、わたしにもかなりの利点がなければお受けできません」
「ふむ」
クロード様はあごに手を添えられしばらく思案された。しかし、第二王子のステファン様と目くばせをしあうと、わたしにまた向き直る。
「わかった。言うだけ言ってみろ。金でも役職でも、可能な限り用意する」
「いいえ。わたしはお金も役職も望みません。ただひとつ――もしウルティコさんが見つかったら隣国に引き渡さず、この国でかくまってほしいんです」
「かくまう……だと?」
それこそ相手国にバレたら大変なことになる。
けれどもわたしは、もう二度とウルティコさんに辛い思いをしてほしくなかった。これが通らなければすべてを投げ出す覚悟である。
「いまだその者は見つかっていない……。それなのにアンジェラ、そのような嘆願をするとは。君はその者の居場所に心当たりでもあるのか?」
「――はい」
「なんと!」
わたしの迷いのない答えに、そばにいた師匠がうなるように声を漏らした。
王様も目を見開き、わたしを見つめている。
「なるほどな」
クロード様はそうつぶやくと、わたしにゆっくりと近づいてこられた。
そして、その青い瞳でじっとわたしの心の奥底を見透かすように見つめられる。
「期は満ちた。我々はもう後戻りできないところまで来ている。アンジェラ、君もそう言うからにはもう後には引けないぞ」
「はい。もとより……引く気はございません」
「では呑もう。代わりに君は、これから兵器開発者としてそこにいるオリバーと組んでもらう」
「かしこまりました」
わたしは返事をしてオリバーさんの方へ歩き出そうとする。
しかし、師匠によってぐっと腕をつかまれ引き戻されてしまった。
「アンジェラ」
「師匠……?」
振り返ると、そこには必死な形相の師匠がいた。
「駄目じゃ。お前さんは、お前さんだけは! そんなことをしてはならん!」
「師匠……」
「戦争にかかわると命を縮める。お前さんの父も、母も、ワシのたくさんの弟子たちも……みんな死んでしもうた。アンジェラまで、そのようなことをしては――」
わたしは師匠に向き直り、そっと微笑んでみせる。
「師匠。わたしはこの国で生まれ、両親を見て育ち、師匠に鍛えられてきました。そんな幸せな生活を送れたこの国が、とても好きなんです。でもこのままではきっと、いつかまた暗い未来がやってきてしまいます。そうならないために今、できることをしたいんです」
「アンジェラ……」
「すみません、師匠。師匠は何もしなくていいですから。だから……わたしにはどうかやらせてください」
「馬鹿者!」
ごつんと、師匠の硬い拳が頭に振り下ろされる。
わたしは慌てて脳天を両手で押さえた。
「痛いっ! な、なにするんですかあっ」
「あまりにも馬鹿げたことを言うからじゃ。まったく、そのようなことはせめて一人前になってから言え! 嗚呼、嗚呼、どこで間違えたのか。仕方ない。仕方ないからワシが……その『親善大使』とかいうお役目だけはお前さんの代わりに引き受けてやるわい」
「えっ……」
「国王陛下。そういうわけですので、その役目はアンジェラではなく、このジョセフめにお命じくださいませ」
「師匠……」
王様は、複雑な表情でうなづかれていた。
近く
わたしは申し訳ないと思いながら、師匠のその優しさに涙した。
両方はおそらくできない。
すでに王族の専属義肢装具士として働いており、市中の工房でも働いている。その上さらに仕事を増やすとなれば、わたしはせいぜいあと一つが限度だった。
「師匠……」
「アンジェラ、こちらは引き受けた。じゃからお前さんは精一杯、もう一つの仕事に取り組んでくるんじゃ。失敗は許されない。お前さんの働きにこの国の命運がかかっておる。しっかりとの」
「……はいっ!」
わたしは深くお辞儀をし、クロード様とオリバーさん、そしてステファン様についていった。
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