30 もっと大事な仕事
「ふむ。たしかにこれは良いな……。まったく、今朝の今で間に合わるとは。流石だな、ジョセフよ」
「畏れ多きお言葉にございます。国王陛下」
ここは王城の応接室――。
新しい義肢を装着した王様は、そう言って満足そうに手足を動かされていた。
師匠はねぎらいの言葉をかけられ、嬉しそうに微笑んでいる。
わたしはそんな二人のやりとりを、すぐ近くで見守っていた。
そういえば、こうして師匠と登城するのは久しぶりである。
前に来たのは弟子になったばかりの頃だったから、もう数年も前のことだ。「こんな仕事をしているんじゃよ」とわざわざ見学させてくれて、大変勉強になったのを憶えている。今日は王様側からのご依頼でともに来ているが……いったいどんなご用命があるのだろうか。
王様は思うままに義肢を動かしていたが、やがて静かにわたしをご覧になった。
「それにしても……お主の弟子は本当に良いものを開発したな。クロードもあの義腕は使いやすいと喜んでいたぞ」
クロード様のお名前が挙がって、わたしは少しばかりドキッとする。
そんなに喜んでいただけたとは……。
職人冥利に尽きるお話を聞き、思わず嬉しくなる。
「はっ。我が弟子ながら、手柄をあげたと私も高く評価しております。近く、褒美でも与えてやろうかと」
「はははっ。クロードもそう言って、特別報酬を払ったそうだな。たしかに、これにはそれほどの価値がある。なんでも素材を
「はい。ファインセラミックスというもので、ゆくゆくはこれを市民の義肢にも使ってみたいと思うております」
師匠の言葉に、王様は目を丸くする。
「ほう。となると……今後はその方面で、彼の国との交易も盛んになるであろうな。そういえば先日、その
「書状、でございますか?」
「ああ。追加の発注はないかとの催促のようなものだった。向こうもこれに商機を見出しておるのだろう。これらの動きはひとえに、お主たち師弟の働きのおかげだ」
「先ほどから過分なお言葉にございます、国王陛下。私たちは、この国に貢献したいという一心で動いているだけにございますれば」
何度もお褒めにあずかり、わたしたちはより恐縮してしまう。
一方、王様は相も変わらず穏やかな笑みを浮かべられている。
「もし今後輸入量が大幅に増えるなら、国として援助もしようと思っている」
「援助、ですか?」
「そうだ。元手は多い方がなにかと動きやすかろう? それに、お主たちの後に続く者にも支援ができる」
「陛下、いったい何をお考えに……」
師匠が真顔で尋ねる。
これは何か裏がある、と思ったのだろう。美味しい話にはかならずそう言った別の意図が隠されているものだ。
案の定、王様はわたしたちに驚くべき提案をなされた。
「何、これを機に、彼の国との『同盟』を結べぬかと思ってな」
「同盟……」
なるほど。貿易を通じて
そんな利点が生まれるとは。
わたしはただ、より良い義肢を作ろうと思っただけだ。あの志の高いクロード様のために、少しでも良い義肢をと。
でも、それがこんなことになるなんて……。
「貿易とは、外交の一環だ。故にお主の弟子アンジェラには
「し、親善大使!?」
今までずっと大人しくしていたけれど、さすがに話が大きくなってきたので我慢できなくなってしまった。声を上げたわたしを王様はちらと見て言う。
「嫌なら無理にとは言わん。ただ、すべての始まりはそこにいるアンジェラだ。彼の国の協力を得るためには、力を貸してもらいたい」
「ええっ……」
王様から頭を下げられてしまい、わたしはうろたえる。
師匠を見ると、何を考えているかわからない表情で王様を見つめつづけているだけだった。
そんな。クロード様が言ってた『もっと大事な仕事』というのはこのことだったの……?
何もわからないまま、どう返事をしようか悩む。
そこへ、当のクロード様がやってきた。
「待ってください、父上!」
「クロード」
応接室に入ってきたクロード様は、王様とわたしの間に入って声を荒げる。
「父上、この者には俺が別の仕事を任せようと思っています。ですから、先走った真似はお止めください」
「お前も昨晩
「それはそうですが、何も親善大使の役をアンジェラにやらせる必要はないでしょう。彼女はまだ十代ですよ?」
「そうか……ではジョセフ、お主はどうだ? 引き受けてくれるか」
「そうですね」
師匠は急に振られて思案顔になる。
「お主も気が進まぬのか」
「いえ。自分はただの職人です故……そのような大役が務まりますかどうか。それにアンジェラもまだ、半人前でございますので。クロード様もなんのお役目を与えようとなさっておいでなのか、お聞きしてもよろしいですか?」
「俺も……これをアンジェラに頼んでいいものかどうか最後まで迷っている。しかし、やはりこの仕事を頼めるのは彼女しかいない」
そう言って、クロード様は真摯な瞳でわたしを見た。
「君には……兵器の開発に、携わってほしい」
「へ、兵器?」
物騒な言葉にわたしは頭が真っ白になる。
兵器。それは、わたしが普段作るモノとはかなりかけ離れていた。
どうして、どうして……。パニックに陥りそうになるわたしを、すぐ近くにいた師匠が抱き留める。
「アンジェラ、しっかりせい!」
「師匠。でも、だって……わたし……」
「クロード様、これはいったいどういうことですかな? 理由によっては、抗議いたしますぞ」
「すまない。ジョセフ氏。だがこれは、この国がふたたび自由を取り戻すために必要なことなのだ。ステファン」
「はーい」
部屋の外に声をかけると、廊下から第二王子のステファン様と思われる若い男性がやってきた。
王様やクロード様と同じ白銅色の髪を後ろで結び、明るい水色の瞳を細めている。その左手の手首から先は呪いによって義手となっていたが、その他は健康でおられるようだった。
そしてそのステファン様の後ろから、もう一人、茶髪で眼鏡をかけた男性が現れる。
「兄上ー。言われた通り、連れてきましたよ」
「ああ、ご苦労だった。紹介しよう。我が
「……どうも」
クロード様に紹介された男性は、言葉少なにそう挨拶をした。
わたしと師匠はともに顔を見合わせる。
「「軍事顧問!?」」
そんな、敗戦後に我が国の軍は解体されたはずなのに。
この国は反逆するための牙をことごとく折られた。警察以外の組織を持てなくされたはずだ。なのになぜ、いまだにそんな役職の者が……。
「表向きは、城にいるロボット衛兵どもの修理人だ。空中戦艦であるこの城のメンテンナンスも一手に引き受けさせている。しかし、その実態は兵器開発をする学者だ」
「……!」
わたしは、恐怖で声が裏返りそうになった。
「そ、そんなこと……隣国に知られたら、た、大変なことになりますよ!」
「ああ、わかっている。だからこそ、この作戦に失敗があってはならない。そしてその兵器開発には、アンジェラ……君の力が必要なんだ」
深い、青の瞳。
あの美しい目がわたしを見つめている。
ああ、綺麗なものには弱いのに。ダメだってわかってるのに、やはりどうしようもなく惹きつけられてしまう。
わたしは、肩に置かれた師匠の手をぐっと抑えて言った。
「わかりました。代わりにひとつ、条件があります」
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