26 大罪人(1)

「やっぱりエネルギー切れを起こしかけてましたね、これ。危ないところでした」


 ボロ布をまとった人物のジャンプブーツを、今わたしは手入れしている。

 それは合皮製の、適度に使い込まれた編み上げ靴だった。


 状態を確認し終えると、靴底にあるカートリッジを外し水を充填する。さらには、下からプラグを引き出して充電もしてあげた。


「充電し終わるまで、もう少しだけそこで待っててくださいね」


 そう声をかけると、相手は申し訳なさそうにダイニングの椅子に腰かける。


 ここはわたしの自宅だ。

 あのままこの人物と一緒にいるところを見られたら面倒だと思って、連れ帰っていた。


 相手は黙ったままこちらを見つめている。

 ボロ布を頭からすっぽりかぶっているので、表情は良く見えない。

 でも、顔の向きから、たぶんそうだといえた。


「えっと……。別に通報したり捕まえたりする気はないので安心してください。というか、それとは別にいくつか聞きたいことがあるんですけど……」


 そう言うと、相手は露骨にこちらを警戒した。

 急に椅子を引き、いつでも立ち上がれるような体勢になる。


「あああっ、そ、そんな身構えないでください! とりあえず、さっきも言いましたけど、わたしお腹がとっても空いているんです。だからいますぐご飯作ってもいいですか? えっと、あなたの分も作りますから」

「……」


 そう言うと、相手はまた無言で椅子に腰掛けてくれた。

 わたしは長く息を吐き、買ってきた食材をキッチンに運ぶ。


 鍋に缶詰の野菜を放り込み、そこに水とコンソメスープの素とケチャップソースを入れる。火にかけている間、その横で干物の魚をフライパンで焼く。


 ぐつぐつ、ジュウジュウと小気味よい音がする。

 頭上では換気扇がカラカラと回っていた。


 やがて室内にいい匂いが充満し、どこからともなく大きなお腹の音が聞こえてくる。


「うっ……」


 振り返ると、相手は恥ずかしそうにうつむいていた。

 わたしは思わず笑顔になる。


「あなたもお腹空いてたんですね。すみません。すぐにできますから」


 完成すると、わたしは二人分の料理をテーブルに運んだ。

 いただきますと言ってから相手にも勧める。


「さあ、熱いうちにどうぞ」


 わたしがそう言ってスープを口にすると、相手もおずおずと食べはじめた。

 ごくり。ひさびさにサプリではないビタミンを摂取した気がする。

 野菜の甘さにうっとりしていると、目の前の人物はそのままでは食べにくかったのか、被っていたボロ布を取り去った。


「ん……うむっ。美味い! あたたかい食事にありつけたのはいつぶりだろう」


 ひとさじひとさじ、しみじみと口に運んでいる。

 しかしその顔は……手配書の人相と、同じだった。

 右目の下の三つのほくろ。オレンジ寄りの赤い髪の毛――そして、二十代前半ともいえるほどの若々しい顔つき。


 そうじゃないかなとは、なんとなく思っていた。

 でも、空港では顔は見えなかったし確信は得られないままだった。


 わたしはスプーンを置いて単刀直入に尋ねる。


「すみません、違ったら違ったでいいんですけど……。あなたはもしかして、ウルティコさんという方じゃないですか?」

「……!」


 目の前の人物は、びっくりしたように立ち上がる。

 でも、逃げられる前に、これだけはどうしても言いたかった。


「あのっ、わたし、レイナ・コーディさんと知り合い……というかお友達なんです。あの方は、ウルティコさんって人のことをずっと探してるんですよ!」

「レイナ・コーディ、だと?」


 ボロ布をつかんで出て行こうとしたその人は、ぴたりと足を止めていた。

 それで確信した。

 やはりこの人が手配書の人で、レイナさんの探し人だったのだと。

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