25 いつの間にか体が動いてました

 結局、クロード様もレイナさんも、あまりいい案が浮かばないご様子だった。

 このままではウルティコさんは見つかり次第、隣国に引き渡されてしまう。その前に、なんとかレイナさんだけでも会う機会を作ってあげたい……。


「ではまた半月後に。その間に何か不具合があればまたいつでもご連絡ください」


 そう言って部屋を辞そうとすると、クロード様に引き止められた。


「待て。君には少し話しておきたいことがある」


 レイナさんはすでに応接室を出ていった後だった。

 クロード様は新しい義肢を、わたしの目の前に差し出しながらおっしゃられる。


「これは思った以上の出来だった……。ゆえに、いずれ君にはもっと大事な仕事を任せたいと思っている」

「大事な仕事、ですか? どういったことでしょう」

「それはまだ教えられない。だが近々ある者と引き合わせたいと思っている。レイナのようにな」

「はあ……」

「ともあれ」


 クロード様はわたしの手をとると、そこに茶色の封筒を乗せられた。


「これは?」

「今回の報酬だ。受け取っておいてくれ」

「え?」


 困惑しながら中を見てみると、なんと小切手が入っていた。

 しかもそこにはゼロのたくさんついた数字が書かれている。


「ええっ! く、クロード様、これ……」

「月々の報酬とは別だ。安心しろ」

「いや、そうじゃなくて。これじゃ多すぎます。そんなに高額じゃなかったんですよ、この素材」

「君の発想力、および行動力に相応しい額だ。それにそれは今後の軍資金ともなろう」

「軍資金……?」

「まあ、それはまた追々説明をする。此度はご苦労だったな、アンジェラ」


 そう言って、また天使のような微笑みを向けられる。

 わたしはその笑顔と、思わぬ収入にくらくらしてしまった。



 ◇ ◇ ◇



 その後、工房に戻って師匠に報告をした。


「そうか。なら、それはお前さんが持っておくべきじゃの」


 師匠はそう言い、臨時報酬はわたしが丸々もらえることになった。

 わたしの給料はいつだって月払いだった。ボーナスなんかもらったことなど一度もない。それでも、お昼をいつもごちそうになっていたから不満なんて全然なかった。

 だから、なんだかとても不思議な感じがした。

 それはそれとして、とても嬉しかった。


 そのあとは、お店に来たお客さんの対応をしたり、預かっていた義肢の修理をしたり、ファインセラミックスの今後の運用方法などを師匠と二人で議論したりした。


 そして、定時となった。

 工房のねじ巻き時計が六回鳴り、わたしは作業台の上を片付けはじめる。


「今日もお疲れさんじゃったの、アンジェラ」

「はい。ではまた明日。師匠」


 工房を出ると、わたしはいつものゴーグルを目元に装着した。

 履いていたジャンプブーツと同期させ、地面を蹴る。


 上に。上に。


 建物の壁、アーケードの屋根、幾重にも張り巡らせられた配管。

 それらを蹴って街の上に出ると、わたしのようにジャンプブーツを履いた労働者たちや、ホバースクーター、ホバーバイクに乗った人たちが移動していた。


 そのまま街の外れを目指す。

 上層地区の中心が一番高くなっていて、外れに行くほど低くなっている。坂の一番下には高層エレベーターの駅があった。


 わたしはふと振り返って、街の中心に浮かんでいるお城を見つめる。

 クロード様。

 わたしにこれ以上どんなお仕事を申しつけるおつもりだろう……。


 高層エレベーターの駅を通り越しながら崖を飛び降りる。一段下の配管に着地して、また飛び降りる。それを繰り返しながら、中層地区、下層地区へと下っていく。


 街の明かりがどんどん少なくなっていく。

 でも、みんな夕飯を作っているのか、いたるところから美味しい匂いが漂ってくる。


「ひさしぶりにお夕飯奮発しちゃおうかな」


 わたしは下層地区のスーパーに寄ることにした。

 そこは二十四時間、下層地区民向けの安い食材を売っている店だ。

 わたしはそこでめったに食べることのない野菜の缶詰や魚の加工品を買った。


 ホクホク顔で店を出ると、どこかから悲鳴が聞こえてくる。


「いやああっ、泥棒――っ!」


 あ、なんかこれ、見たことあるシチュエーションだぞ。

 声のする方を向くと、やはり空港と同じ光景が広がっていた。


 ジャンプブーツで狭い通りを駆け抜けてくる小柄な人物。

 今度こそわたしはそれを店長のフォローなしで避けた。すると。


「うわっ、わああああーーーッ!」


 なんとその人物は止まり切れず、下層地区の外れの崖からダイブしてしまった。

 えっ。これってかなりヤバイのでは……?


 この下にはあまり配管がなく、着地できるところが少ないのだ。

 そうなるとあとは谷底に真っ逆さまである。谷底には隣国からの廃水で汚染された川が流れている。そこに落ちてもどのみち毒を浴びてしまい助からない。


「……」


 現場を見ていたのはどうやらわたし一人だけのようだった。

 みんなすでに帰宅して休んでいる頃合いだった。


「ああもうっ、仕方ないなあ!」


 わたしは手近な配管を見つけると、そこにバックから取り出したワイヤーの先をフックで取り付け、間髪入れずに飛び降りた。


 しばらく降下していくと、空中でホバリングしている人物を見つける。

 ジャンプブーツは少しの間だったら空中に浮かんでいることができるのだ。しかし――。


 今いる位置から上昇するには足場がないと無理だった。

 それかわたしのように、ロープのようなものを使って体を引っ張り上げるしかない。


 その人物は下から吹き上げる風にあおられつづけていた。

 わたしは我慢ならなくなってついに声をかける。


「あのー! 大丈夫ですかー! もし良かったらお助けしますけどー!」

「そ、そんなこと言って、お前もボクを捕まえにきたんだろう! 誰がその手に乗るかッ!」

「でもー、そのままだといずれエネルギー不足で下に落ちますよー!」

「……くっ」


 この期に及んでまだ迷っているのか。

 わたしはため息をついた。


「あのですねー、こっちはもうお腹ぺこぺこなんです! つべこべ言ってないでさっさと助けられなさい!」

「なっ……!」


 わたしはさらに下降すると、その人の体を抱きかかえて、ワイヤーを巻き取るスイッチを押した。

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